二話 神域 (1)
「帰ってきた……?それってどういう……」
その時、大地が大きく揺れた。
「えっ、地震!?」
小春は身を屈めたが、青年は遠くを見つめながら目を細めた。
「現世では、そうよばれているな──だが、これは違う。龍脈が動いた」
暫くすると揺れは落ち着き、小春は青年を見た。
「あの……私、帰りたいんですけど」
「帰りたい? ここが小春の居場所だ」
「はい……? いやいやいや、私の居場所はここに来る前の場所で」
「あぁ、現世のことか──残念だが、現世に渡る道は今の龍脈の動きで乱れてしまって、今は渡ることができない」
「渡ることができないって……じゃあ、どうやって帰ればいいんですか!! 友達待たせてるし、家族とお寿司食べに行く約束だってしてるし、それに学校だって……」
「いずれ、時が来ればまた渡ることができる。小春がそれを望めばだが」
「私はそれを望んでます!」
青年は懐から何かを取り出した。
「持っていなさい」
「えっ?」
「お守りだ」
細い組紐の先で揺れていたのは、淡い薄桃色をした勾玉だった。ただ、よく見る勾玉とは少し形が違う。魚の鱗を思わせる、不思議な形をしている。
小春は差し出された勾玉を恐る恐る受け取った。掌に触れた瞬間、ほんのりと温かさを感じた。
「あたたかい……」
「ずっと、それを渡すつもりでいたのだ」
「私に?──あなたは一体……」
すると、青年は優しく微笑んだ。
「白嶺」
「白嶺……。白嶺さん、あなたは何者なんですか?」
「白嶺でいい。俺は──」
その言葉を遮るように、遠くから複数の足音が響いた。
兵士のような装束をまとった者たちが駆け寄ってくる。彼らは白嶺の姿を認めるなり、その場で片膝をつき、深く頭を垂れた。
「主上!龍脈の乱れで、各地で異変が」
「あぁ。私も今、感じたところだ」
兵士の一人が小春を見る。
「主上、その者は」
「私の客人だ。丁重にもてなしなさい」
「はっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち去ろうとする白嶺の袖を、小春は慌てて掴んだ。
「私、客人になるなんて一言も言ってませんけど!」
「だが、今は帰れない」
「それはそうですけど……!」
「ならば、しばらくここで過ごすしかあるまい」
「そういう問題じゃなくて!」
「主上」
一人の兵士が、申し訳なさそうに声を挟んだ。
「東の村より、再び使いが来ております。泉の水が枯れ始めたと」
白嶺の表情から、先ほどまでの柔らかさが消えた。
「……わかった。すぐに向かおう」
「ちょ、ちょっと!」
「小春」
白嶺は袖を掴んでいる小春の手に、そっと自身の手を重ねた。触れた手は、人のものとは思えないほどひんやりとしていた。
「話の続きは、帰ってからだ」
「帰ってからって……私は帰りたいのに」
「ここがお前の帰る場所だ──心配するな、すぐ戻る」
その言葉に、小春の胸は微かにざわついた。
──この声、この言い方……どこかで。
小春が顔を上げた時に、白嶺は既に背を向けていた。
「小春を頼む」
白嶺に命じられた兵士と小春を残して、白嶺達は行ってしまった。
小春は戸惑いながら兵士の顔を見た。




