十四話 導きの声 (1)
「……大丈夫ですか?」
不意に声をかけられ、小春ははっとした。
顔を上げると、門を守っていた兵士の一人が心配そうにこちらを見ている。
「先ほどから、ずいぶん顔色が悪いようですが」
「あ……大丈夫です。少し、目が痛くて」
そう答えた、その時だった。
──ずきん。
「っ……!」
また、左目が疼いた。
けれど今度は、痛みだけではなかった。
目の前の景色が、ゆらりと揺れる。
「……え?」
兵士の姿が滲んだ。
白亜の宮殿も、水面も、青い空さえも。
まるで水面に映した景色を指先で掻き混ぜたように、ぐにゃりと歪んでいく。
「小春殿?」
彪基の声が遠ざかる。
そして──。
別の景色が映し出された。
「…………蒼瀾様?」
薄暗い部屋。
寝台の上に、一人の女が横たわっている。
長い髪は乱れ、顔色は青白い。
あの美しく堂々とした姿からは、想像もできないほど弱りきっていた。
「本当に……病気なんだ」
だが、景色はそこで止まらなかった。
ぐん、と視界が沈む。
「……っ!?」
床を抜ける。
さらに下へ。
宮殿の奥深く──光すら届かない地下へ。
そこで、小春は見た。
「……なに、これ」
巨大な水晶。
淡い光を宿しているはずのそれを、黒い靄がびっしりと覆っていた。
どくん。
水晶が、脈打つ。
その下から無数の光の筋が伸び、大地の奥へと広がっていた。
まるで──血管のように。
「これ……龍脈……?」
──ようやく、見つけましたね。
「……え?」
優しい女性の声が心の中に響いてきた。辺りを見回すが、それらしき人はいない。
「誰……?」
──まだ、素性は明かせません。あなたにお願いがあるのです。
「お願いって……?」
──あの黒い靄を払うのです。あなたの力で。あなたには、その力がある。
「私に……?」
小春は戸惑った。
そんな力が自分にあるなど、聞いたこともない。
「どういうことですか? 私、そんなこと一度も……」
──知らなくて当然です。
「え?」
──あなたはまだ、自分が持つ力を知らない。しかし、あの穢れに触れれば分かります。
小春は黒い靄に覆われた水晶へ目を向けた。
見ているだけでも、胸の奥がざわつく。
「……触るんですか? あれに?」
──ええ。
「いや、絶対危ないですよね?」
思わず素に戻った。
──…………。
「なんで黙るんですか」
──危険がないとは言えません。
「やっぱり!」
その瞬間、目の前の景色が大きく揺らいだ。
水晶。
そこから伸びる龍脈。
そして――寝台に伏す蒼瀾。
──このまま穢れが龍脈を巡れば、さらに多くの命が蝕まれるでしょう。
「……蒼瀾様も?」
少しの沈黙のあと、声が答えた。
──ええ。
小春は唇を噛んだ。
「……どうすればいいんですか?」
──水晶に触れ、願うのです。
「願う……?」
──救いたい、と。
あまりにも曖昧な答えだった。
けれど、不思議とその言葉だけは胸の奥へすっと落ちてきた。
「……それだけ?」
──それだけで十分です。
「どうして、そんなことが私にできるって分かるんですか?」
今度こそ、声は答えなかった。
「あなた……私のことを知ってるんですよね? 誰なんですか?」
長い沈黙。
やがて、女性の声が静かに響いた。
──今はまだ、素性を明かすことはできません。
「またそれ……」
──ですが。
声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
──ずっと、あなたを待っていました。
「……え?」




