↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/40

十二話 旅立ちと天翔車 (1)

 そして、出立の時──

 瑞穂の都には、まだ朝靄が薄く残っていた。

 城門の前には、旅支度を整えた小春と彪基、そして煤丸の姿がある。  少し離れたところでは、二頭の天馬が白い息を吐きながら、馬車の出発を静かに待っていた。


「……本当に、行くんだ」


 小春はそう呟いて、振り返った。

 見慣れ始めていた瑞穂の街並み。

 初めて目を覚ましたあの日から、決して長い時を過ごしたわけではない。

 それでも今は、不思議なくらい名残惜しかった。


「小春」


 聞き慣れた声に顔を上げる。

 白嶺が、そこに立っていた。


「白嶺様」

「身体には気をつけるのだ」

「はい」


 小春は小さく頷いた。

 白嶺はそれ以上、何も言わなかった。

 ただ金色の瞳で、小春の姿をじっと見つめている。

 その眼差しが、いつもより少しだけ寂しそうに見えた。


「……白嶺様?」

「なんだ」

「寂しいですか?」


 不意に問われ、白嶺はわずかに目を細めた。


「寂しくないと言えば、嘘になるな」

「……私もです」


 そう答えると、白嶺の大きな手が伸びて小春の頭をそっと撫でた。


「だが、お前が決めたことだ」


 髪を梳くように指先が滑る。


「ならば私は、お前の帰りをここで待とう」

「……はい」

「何かあれば、すぐに戻ってこい。旅を続けることだけが正しいわけではない」

「はい」

「無茶もするな」

「はい」

「知らぬ者について行くな」

「……子どもじゃないですよ、私」

「私から見れば十分に子どもだ」

「もう……」


 思わず頬を膨らませる。

 しかし、不思議と嫌ではなかった。

 むしろ、いつもの白嶺らしくて。

 少しだけ、安心した。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ、気をつけて」


 小春は白嶺に背を向け、馬車へと歩き出した。

 彪基に手を借り、馬車へ乗り込む。煤丸もその後を追うように、ひょいと荷台へ飛び乗った。


「おいら、こんなの初めてだ!」


 煤丸は落ち着かない様子で、馬車の中をきょろきょろと見回している。

 やがて御者が手綱を握った。


「では──参ります」


 二頭の天馬がゆっくりと歩き始める。

 車輪が回り、馬車が城門を抜けていく。

 小春は窓から身を乗り出すようにして、後ろを振り返った。

 白嶺は、まだそこにいた。

 遠ざかっていく小春を、ただ静かに見つめている。


「白嶺様ー!」


 小春は大きく手を振った。


「行ってきます!」


 白嶺が、ほんの僅かに笑った。


「──行っておいで、小春」


 その声は、もう小春の耳には届かなかった。


 それでも小春は、いつまでも手を振っていた。

 白い姿が、見えなくなるまで。


「この馬車はどこまで行くんですか?」

「大渓谷の近くにある、天翔車(てんしょうしゃ)乗り場に向かいます」

「天翔車……?」


 聞き慣れない言葉に、小春は首を傾げた。


「天馬が牽く馬車ですよ。大渓谷を越えるための」

「空を飛ぶ馬車ってことですか?」

「ええ。四国を行き来するには、大渓谷を越えなければなりませんから」

「へぇ……」


 小春は窓の外へ目を向けた。

 瑞穂の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。

 見慣れた桜の色も、白嶺のいる都も、もうずいぶん遠くなっていた。


「大渓谷って、そんなに大きいんですか?」

「底が見えぬほどに」

「……えっ」


 思わず、彪基の顔を見る。

 けれど彼は冗談を言っている様子もなく、いつもの落ち着いた顔で座っている。


「怖くなりましたか?」

「……ちょっとだけ」


 正直に答えると、足元にいた煤丸がひょこりと顔を上げた。


「大丈夫だって! 落ちなきゃいいんだろ?」

「煤丸、それ全然安心できない」

「そうか?」


 煤丸は不思議そうに首を傾げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。