表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/40

十一話 旅支度 (3)

「あれ? もしかして『正午』の午って、この午?」

「しょうご?」

「現世では、昼の十二時を正午って言うんです」


 今度は白嶺が僅かに目を見開いた。


「午の刻が、日の最も高くなる頃だから……」


 小春は神具と白嶺を交互に見る。


「同じだ……」

「現世にも残っているのだな」

「なんだか変な感じですね。違う世界なのに」


 小春はそう言って、もう一度神具を覗き込んだ。


「じゃあ今が未の刻なら……やっぱり午後二時くらい?」

「おそらく、そのくらいなのだろう」

「ちょっと分かってきました!」

「そうか」


 白嶺は頷いた。


「……分からなくてもよかったのだが」

「なんでですか」

「私に聞けばよいからな」

「白嶺様……」


 その時、コンコンと書院の扉を叩く音が聞こえた。


「入れ」

「主上」


 書院に来たのは彪基だった。


「小春、すまないが席を外してくれるか」

「あ、はい……」


 突然そう言われ、小春は少しだけ首を傾げた。

 しかし、何か大事な話なのだろうと思い、それ以上は尋ねなか


「煤丸、行こ」

「おう」


 煤丸を肩に乗せ、小春は書院を出る。

 戸が閉まる音を確認すると、白嶺は彪基へ視線を戻した。


「それで、何があった」


 先ほどまで小春に向けていた穏やかな表情は、すでに消えていた。

 彪基は白嶺の前で片膝をつく。


「水鏡国へ向かう道について、ご報告がございます」

「……申せ」


「大峡谷付近にて、異変が確認されました」


 白嶺の金色の瞳が僅かに細められる。


「異変?」

「はい。御天師からの報せによれば――」


 彪基は一度、言葉を切った。


「龍脈が、乱れているとのことです」


 書院に沈黙が落ちた。


「旅立ちは三日後。小春殿をお連れしてよいものか、ご判断を仰ぎたく」

「そうか」


 白嶺は静かに目を伏せた。

 そして──。


「このことは、小春にはまだ話すな」

「……御意。それと、もう一つご報告が……」

「なんだ」


 彪基は珍しく言い淀んだ。


「本日、市場にて……玄霄様とお会いいたしました」

「玄霄と?」


 白嶺の眉が僅かに動く。


「はい」

「あれが瑞穂にいることは知っている。それがどうした」

「その……」


 彪基は視線を伏せた。

 言わなければならない。

 しかし、できることなら言いたくなかった。


「申せ」

「……玄霄様が、小春殿の頬に口付けをなさいました」

 白嶺は何も言わない。

「……主上?」

「彪基」

「はっ」

「もう一度言え」

「……玄霄様が、小春殿の頬に口付けを」


 書院の空気が、僅かに震えた。

 机の上の刻環。その水面に、小さな波紋が幾重にも広がっていく。


「…………そうか」


 白嶺は静かに立ち上がった。


「主上、どちらへ」

「玄霄のところだ」

「すでに幽冥国へお戻りになりました」


 再び沈黙が落ちる。


「……そうか」


 その声は、先ほどよりも低かった。

 彪基は何も言わず、深く頭を下げた。

 ──お戻りになっていて、本当によかった。

 誰に対してそう思ったのか、彪基自身にも分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ