十一話 旅支度 (1)
店の中へ足を踏み入れると、そこには色とりどりの旅装や装備が陳列されていた。
壁際には丈の短い上衣や袴が並び、その隣には革で作られた丈夫そうな履物が置かれている。奥には雨具らしき外套や、旅人が荷を背負うための袋まで吊るされていた。
「わぁ……」
小春は思わず声を漏らした。
衣服を売る店と聞いていたため、現世の洋服店のようなものを想像していたが、どうやらここでは旅に必要な装備も一通り揃うらしい。
「いっぱいありますね」
「旅人がよく利用する店ですから。ここでしたら、小春殿に合うものも見つかるでしょう」
「小春! あれはなんだ?」
煤丸が肩の上から身を乗り出した。
視線の先には、壁からいくつもの小さな革袋が下げられている。
「私に聞かれても分からないよ」
「食いもん入れるやつか?」
「たぶん違うと思う」
「なんだ……」
「なんで残念そうなの」
そんな二人のやり取りを聞きつけたのか、店の奥から一本角が生えた一人の女が姿を現した。
「いらっしゃいませ。旅支度でございますか?」
「ええ。こちらの方の旅装を一式お願いしたいのですが」
彪基が小春を示した。
「まあ」
女は小春を頭から足元まで眺めると、にこりと笑った。
「でしたら、ちょうどよいものがございますよ」
そう言って、店の奥へと歩いていく。
小春はその背中を追いながら、もう一度、店内に並ぶ衣へ目を向けた。
三日後には、この中のどれかを身に纏って瑞穂国を発つ。
そう考えると、いよいよ旅立ちが現実のものになってきた気がした。
「こちら、いかがでしょう」
女が広げたのは、淡い桜色の上衣だった。
今、小春が身に着けている着物よりも袖は短く、腕を動かしやすいよう細身に仕立てられている。襟元には白い布が重ねられ、華やかさの中にもどこか落ち着いた印象があった。
「かわいい……」
思わず、小春の口から声が漏れた。
「こちらと合わせるのがよろしいかと」
続いて女が取り出したのは、深い臙脂色の袴だった。
しかし宮で見かけるものとは違い、裾は左右に分かれ、足を大きく動かしても邪魔にならないよう作られている。
「これ、ズボンみたい」
「ずぼん?」
「あ、いえ。こっちの話です」
小春は慌てて首を振った。
「山道を歩かれるのでしたら、裾の長い衣よりこちらの方がよろしいでしょう。それから――」
女はさらに棚から一足の履物を取り出した。
黒に近い焦茶色の革で作られた、足首まで覆う丈夫そうな履物だった。前には細い紐が幾重にも通されている。
「……靴まである」
「お気に召しませんか?」
「いえ! むしろ見慣れてる形に近くて安心しました」
小春が嬉しそうに手に取る。
「小春!」
「なに?」
「おいらのは?」
「まだ言ってたの?」
「小春だけずるいぞ!」
その声に、女が煤丸へ目を向けた。
「まあ。この子も旅を?」
「はい。一緒に水鏡国まで」
「でしたら――」
女は何かを思いついたように笑うと、再び店の奥へ消えていった。
「……え?」
小春はその背中を見送る。
「煤丸の旅装、本当にあるの……?」
「あるってよ!」
煤丸は得意げに胸を張った。
「まだ何も言ってないよ」
女が戻ってくると、手の中に臙脂色の小さな風呂敷があった。
「こちらはいかがでしょう」
「……風呂敷?」
小春が首を傾げる。
女は風呂敷を広げると、器用に端と端を結び始めた。やがて出来上がったのは、煤丸の身体にちょうどよさそうな小さな包みだった。
「旅をするのでしたら、自分の荷物くらい持ちたいでしょう?」
「おおっ!」
煤丸の目が輝いた。
「おいらの荷物入れか!」
「ええ。背負ってごらんなさい」
女が煤丸の背に風呂敷を掛け、胸元で結び目を整える。
煤丸はその場でくるくると身体を回し、自分の背中を確認しようとした。
「どうだ、小春!」
「似合ってる。ちゃんと旅人みたい」
「だろ!」
煤丸は得意げに胸を張った。
「これなら食いもんもいっぱい入るぞ!」
「入れるのは自分の荷物だからね」
「食いもんも荷物だ!」
「そこは譲らないんだ……」
小春が呆れている横で、彪基が風呂敷を見つめた。
「あまり詰め込みすぎて、歩けなくならないようにしてくださいね」
「大丈夫だ! おいら力持ちだからな!」
「さっきまで小春殿の肩に乗っていたような……」
「それとこれとは別だ!」
すると女は小春の方を見た。
「お次は、あなた様ですね」
「私?」
「ええ。せっかくですから、先ほどの衣を合わせてみましょう」
女は桜色の上衣と臙脂色の袴を小春へ差し出した。
「奥に着替える場所がございます。こちらへどうぞ」
「はい」
小春は衣を受け取り、店の奥へと向かった。




