十話 銭 (3)
「また来るって……。私たち三日後には旅に出るんだけど」
「水鏡国、烈陽国を巡った後、一度瑞穂国へ戻られるのでしょう?」
彪基の言葉に、小春は「あ」と声を漏らした。
「……もしかして、その時?」
「玄霄様なら、あり得るかと」
「幽冥国で待ってればいいのに……」
「俺もそう思うぞ」
煤丸が小春の肩の上で頷いた。
「……清真さん、大変そう」
三人は、遠ざかっていく二人の背中を見つめた。
「さぁ、日が暮れる前に買い物を済ませてしまいましょう」
「はい!」
彪基に促され、小春は再び市場の奥へと歩き出した。
「まずは何を買うんですか?」
「旅装を揃えましょう。長旅になりますから、動きやすいものがよろしいかと」
「旅装……」
小春は自分の着物を見下ろした。
「確かに、このままじゃ歩きにくそう」
「水鏡国へ向かう道中には、険しい場所もございます。履物も丈夫なものに替えた方がよいでしょう」
「小春!」
突然、肩の上の煤丸が声を上げた。
「なに?」
「おいらのは?」
「煤丸の?」
「旅装!」
小春は煤丸を見つめた。
「煤丸、何着るの?」
「んー、知らん!」
「じゃあいらないでしょ」
「なんでだよ!」
昼を過ぎた市場は、なおも多くの人で賑わっていた。
通りの両脇には木造の店が軒を連ね、軒先から下げられた色とりどりの布が、風を受けてゆらゆらと揺れている。
籠いっぱいに野菜を抱えて歩く者。店先で銭を数える者。
荷車を引きながら威勢よく道を開ける者。
あちらこちらから聞こえてくる話し声や笑い声が重なり、市場全体がひとつの大きな生き物のように息づいていた。
「小春、いい匂いするぞ」
肩の上で煤丸が鼻をひくつかせる。
少し先では、串に刺した肉を炭火で焼いていた。表面に塗られた甘辛いタレが火に落ちるたび、じゅっと音を立て、香ばしい匂いが辺りに広がる。
「ほんとだ……美味しそう」
思わず足を緩めた小春を見て、彪基が苦笑する。
「食べ物は後にしましょう」
「……はい」
「なんでだよ!」
煤丸だけが不満そうな声を上げた。
さらに通りを進むと、食べ物を扱う店は次第に少なくなり、代わって反物や履物、装飾品を並べた店が目立つようになった。
風に揺れる布の間を抜けながら、小春は物珍しそうに辺りを見回す。
淡い桜色、深い藍色、鮮やかな紅色――店先には様々な色に染められた反物が積まれ、陽の光を受けて柔らかく色を変えていた。
「こちらです」
彪基が一軒の店の前で足を止めた。
他の店よりも少し大きな造りで、軒先には仕立て上がった衣が何着か吊るされている。
その中には、小春がこれまで見てきた着物とは少し違う、袖や裾を短く仕立てた動きやすそうな衣もあった。
「ここで小春殿の旅装を揃えましょう」
「ここで……」
小春は並べられた衣を見上げた。
三日後。
これを着て、自分は瑞穂国を出る。
そう思った途端、ただの買い物だったはずなのに、胸の奥がほんの少しだけ高鳴った。
「行きましょう、小春殿」
「……はい」
小春は煤丸を肩に乗せたまま、彪基に続いて店の中へ足を踏み入れた。




