九話 どちらも、お前だ (1)
「全て視たのか」
「……はい」
白嶺は何も言わなかった。
小春も、すぐには次の言葉を口にできなかった。
目の前にいる白嶺と、今しがた視た白龍の姿が重なる。
「あの卵……私、だったんですよね」
「ああ」
やはり、そうだった。
分かっていたはずなのに、白嶺の口から告げられると胸の奥がざわついた。
「じゃあ……私は、人間じゃないんですか?」
二人の間に沈黙が流れる。
白嶺はすぐには答えなかった。
その金色の瞳は、どこか迷うように小春を見つめている。
「……お前は、人だ」
「え……?」
「人として生まれ、人として十七年を生きてきた。それを否定するつもりはない」
白嶺は一度言葉を切った。
「だが、それがお前の全てではない」
「私の……全て?」
「お前には、人の魂と──龍の魂が宿っている」
小春は息を呑んだ。
「二つの……魂?」
「ああ」
思わず、小春は自分の胸元へ手を当てた。
鼓動はいつもと何も変わらない。
それなのに、自分の身体が急に知らないものになってしまったような気がした。
「だから、あの卵の中にいたのも……私?」
「そうだ」
「現世で生きていた私も……私?」
「ああ」
白嶺は迷うことなく答えた。
「どちらも、お前だ」
「……だったら」
小春は俯いた。
「どうして、私を呼んだんですか?」
白嶺は答えなかった。
「お父さんも、お母さんも、友達もいるんです。私には、あっちで生きてきた十七年間があるんです」
言葉にするほど、胸の奥が苦しくなった。
「それを全部捨てて……ここが本当の居場所だからって、そう思って生きていくしかないんですか?」
「……違う」
白嶺が静かに口を開いた。
「私は、お前に十七年を捨てろと言った覚えはない」
「でも、帰してくれないじゃないですか」
白嶺の表情が僅かに強張った。
「だったら、どうして私を呼んだんですか?」
白嶺はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと目を伏せる。
「……人として生きたお前の姿を、この目で見たかった」
小春は白嶺を見つめた。
「そして──誓いを果たしたかった」
「誓い……誓いって、あの時の?」
「それだけではない」
「……他にもあるんですか?」
「ああ」
白嶺はそれ以上、何も語ろうとはしなかった。
「誰との誓いなんですか?」
白嶺の金色の瞳が、僅かに揺れる。
「……今は、まだ話せない」
「また、それですか」
思わず、声が強くなった。
「白嶺様はいつもそうです。何か知ってるのに、何も教えてくれない……。私は、自分のことなのに何も知らないんですよ?」
「……すまない」
あまりにも素直に謝られて、小春はそれ以上何も言えなくなった。
責めたいわけではない。
白嶺が自分を大切にしてくれていたことは、もう分かっている。
だからこそ、苦しかった。
「……私は、これからどうしたらいいんですか」
白嶺は静かに小春を見つめた。
「それは、私が決めることではない」
「でも……」
「今すぐ答えを出す必要もない」
白嶺は僅かに目を細めた。
「お前が答えを見つけるまで、私は傍にいる」
そして、僅かな沈黙のあと、白嶺は続けた。
「それに──こちらから現世へ渡るためには……小春、お前の力が必要だ」
「……私の?」
「ああ」
小春は戸惑いながら、自分の両手を見つめた。
「私に、そんな力があるんですか?」
「ある」
白嶺は迷うことなく答えた。
「かつて、お前を現世へ送ったあの歪み──あれは、私が生み出したものではない」
「えっ……」
「あれは、お前が生み出したものだ」
「私が……?」
「ああ。お前が神域へ戻ってきた時には、まだその力が残っていた。だが今のお前には、現世へ渡れるほどの力がない。それに、神域を巡る龍脈も乱れている」
小春は自分の手を見つめた。
あの歪みを、自分が生み出した。
そう言われても、まるで実感がない。
「どうすれば……戻るんですか?」
「四つの国を巡る」
小春は顔を上げた。
「瑞穂国を発ち、水鏡国、烈陽国、幽冥国──四国を巡り、お前の力を取り戻す」
白嶺は真っ直ぐ小春を見つめた。
「それが、小春──お前が現世へ帰る方法だ」
小春はようやく、白嶺が言っていた言葉の意味を理解した。
白嶺は、自分を帰したくないのではない。
帰したくても、帰せないのだ。
「私は国を治める立場にある。本来なら同行すべきなのだが、別の者を手配しよう」
「別の人……?」
「ああ。お前一人で国を巡らせるわけにはいかない」
小春は少し考えてから、白嶺を見上げた。
「煤丸は?」
「……あれも行くだろう」
「あれって……」
すると、白胎殿の入口から足音が聞こえた。
「ようやく帰れるのだ、小春。少しは喜べ」




