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八話 白胎殿 (1)

 白嶺と小春は来た道を引き返し、白胎殿の扉の前までやってきた。

 小春は、その扉を見上げた。


「……ここ」


 間違いない。先ほど、滝の音と男の声が聞こえてきた場所だった。

 白嶺が扉に手を(かざ)すと、石造りの扉がゴゴゴ……と左右に開いた。

 その隙間から、冷たい空気が流れ出した。

 同時に──轟々と響く水の音が、小春の耳を打つ。


「……この音」

 

 小春は息を呑んだ。

 夢の中で聞いた、あの音だった。

 白胎殿には長らく人が立ち入っていないのか、石床の隙間から青々とした草が伸び、古びた柱には蔦が絡みついていた。

 しかし、不思議と荒れ果てた印象はない。

 むしろ、長い眠りについているような静けさがあった。

 白嶺は白胎殿の中央にある古びた台座へと向かった。

 台座の上には何もない。

 ただ、その中央だけが何かを載せていたかのように、僅かに窪んでいる。


「小春、こちらへ──」


 小春は白嶺の隣まで歩み寄り、台座を見下ろした。


「……ここに、あの卵が?」

「ああ」

「あれは……何だったんですか?」


 白嶺は答えなかった。

 ただ、静かに小春を見つめている。


「触れてみなさい」

「……これに?」

「ああ」


 小春が台座に触れると、突然目の前が白い光に包まれた。

 その(まばゆ)さに、小春は思わず目を閉じた。


 ──水の音が聞こえる。


「……また、この音」


 恐る恐る目を開くと、そこに白胎殿はなかった。

 代わりに広がっていたのは、深い緑に囲まれた巨大な滝だった。


 ──あれは、雨じゃなくて滝だったの……?


 轟々と流れる水の音。

 間違いない。夢の中で聞いた音と同じだった。

 小春は辺りを見回そうとした。

 しかし、身体が動かない。


「……え?」


 声を出したはずなのに、自分の声さえ聞こえなかった。


 ──どうして……?


 その時、何かが小春の視界を覆った。

 真っ白な鱗だった。


『今日もいい天気だ』


 ──この声……。


 巨大な白龍が、ゆっくりとこちらへ頭を垂れた。金色の瞳が、優しく細められる。


 ──白嶺様……?


 小春は呼びかけようとした。

 しかし、声が出ない。


『今日はしばらくお前の傍にいよう』


 白龍はそう告げると、何かを慈しむように、その場へ静かに身体を伏せた。


 ──え?


 小春はようやく気づいた。

 白龍が見つめているのは、自分ではない。


 いや──違う。


 自分が、あの卵の中にいる。


 ──嘘……。どうして私が、卵の中にいるの……?


『もう少しだ』


 白龍が、愛おしむように卵へ鼻先を寄せた。


『もう少しで、お前に会える』


 ──私に……?


 小春の胸が、大きく脈打った。


「白嶺」


 不意に、男の声が響いた。

 滝の向こうからだった。


 ──誰……?


 白龍がゆっくりと顔を上げる。その視線の先に、一人の男が立っていた。

 長い黒髪に、銀色の瞳。


「玄霄……」


 小春は息を呑んだ。

 玄霄は白龍へ一瞥をくれただけで、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。


 いや──こちらではない。


 桜色の卵へ向かっていた。

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