四話 星の実 (2)
「え?」
「星の実ってのはな、夜になると光るんだ」
「光る?」
「ああ。月の光を浴びるとな、星みたいに淡く光る。だから星の実っていうんだよ」
「へぇー! 見てみたい!」
小春は興味津々といった様子で、籠の中の星の実を覗き込んだ。
「じゃあ、一つください!」
「毎度あり!」
そこで、小春の動きが止まった。
「……どうした?」
「お金……」
財布なら持っている。だが、中に入っているのは当然、日本円だ。
恐る恐る財布から千円札を取り出す。
「……これ、使えます?」
店主は千円札をまじまじと見つめた。
「なんだ、こりゃ。こんな紙切れじゃ買えねぇな──銭じゃねぇと」
「ですよねぇ……」
「私がお支払いいたします」
「いやいや、駄目ですよ! 散歩に付き合ってもらって、そのうえお金まで──」
「いいって、お嬢ちゃん。一つ持っていきな」
「えっ?」
「そんな嬉しそうに食ってくれたんだ。こっちも悪い気はしねぇよ」
店主はにっと笑い、小春に星の実を手渡そうとした。その時だった。
小春の目の前を、黒い影が横切った。
「えっ──」
一瞬のことだった。
店主の手にあったはずの星の実が、忽然と消えている。
「……ない」
「あん?」
小春は辺りを見回した。
すると少し離れた道の端に、黒く細長い小さな獣がいる。
鼬によく似たその獣は、前足でしっかりと星の実を抱えていた。
小春と黒い獣は目が合った。
「……それ」
小春が星の実を指さした。
「私のじゃない?」
獣の耳が、ぴくりと動いた。次の瞬間──星の実を咥えて一目散に駆け出した。
「こらぁ! 煤丸!」
店主の怒鳴り声が市場に響いた。
「また盗みやがって!」
「あっ、待って!」
小春は反射的にその後を追いかけた。
「小春様!」
背後から松の声が飛んでくる。
「すぐ戻ります!」
「小春様──!」
買い物客の間をすり抜け、煤丸を追う。
しかし、小さな身体は人の足元を器用に潜り抜けていき、なかなか距離が縮まらない。
煤丸はちらりと後ろを振り返った。
小春がまだ追ってきていると分かるや否や、露店と露店の間にある細い路地へ飛び込んでいく。
「あっ、そっち!?」
小春も後を追って路地へ入った。
先ほどまで耳を満たしていた市場の喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。
「ちょっと……速すぎ……!」
慣れない衣では思うように走れない。裾を踏みそうになり、慌ててたくし上げる。
それでも、角を曲がるたびに黒い尻尾がちらちらと見えた。
「もう……絶対、追いついてやるんだから……!」
いくつ目かの角を曲がったところで、煤丸の姿が消えた。
「……あれ?」
小春は足を止め、肩で息をしながら辺りを見回した。
いつの間にか家々は疎らになり、市場の賑わいもほとんど聞こえなくなっている。
「どこ行ったの……?」
その時、道の先で黒い尻尾が揺れた。
「いた!」
煤丸は邑の外れにぽつんと建つ、一軒の廬へ駆け込んでいった。




