四話 星の実 (1)
小春は松とともに宮の外へ出た。
昨日とは違い、身に纏っているのは淡い桃色の衣だ。
宮を出てしばらく歩いたところで、小春はふと辺りを見回した。
「あれ……?」
「どうなさいましたか?」
「今日は、みんな逃げないんですね」
道行く者たちは時折、小春を珍しそうに振り返る。しかし、昨日のように怯えて道を譲る者も、子どもを背に隠す者もいなかった。
「やっぱり、この服のおかげなのかな」
「ええ。少なくとも、物の怪と見紛う者はおりますまい」
「そんなに変だったんだ、私の服……」
小春は改めて自分の衣を見下ろしながら、松と並んで歩いた。
やがて道の先が開けると、そこには多くの者たちが行き交う市場が広がっていた。
道の両脇には色とりどりの野菜や果物、見たこともない木の実を並べた店が軒を連ね、威勢のいい呼び声が飛び交っている。
「わぁ……!」
小春は思わず声を漏らした。
井戸の傍では、水を汲みに来た女たちが楽しそうに話し込んでいる。そのすぐ近くでは、幼い子どもたちが鞠を追いかけて駆け回っていた。
「こっちだよー!」
「待ってよー!」
弾んだ鞠がころころと道を転がり、小春の足元で止まる。
「あっ」
小春が鞠を拾い上げると、追いかけていた子どもたちは足を止めた。
昨日なら怯えられていたかもしれない。そう思いながら、小春は腰を屈めて鞠を差し出した。
「はい、どうぞ」
子どもは少しだけ小春を見つめたあと、ぱっと笑った。
「ありがとう!」
鞠を抱えると、すぐに仲間たちのところへ駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら、小春は小さく笑った。
「……なんか、普通ですね」
「普通、でございますか?」
「はい。もっと神様の世界って、こう……不思議な感じなのかと思ってました」
市場の賑わいをもう一度見渡す。
物を売る者がいて、立ち話をする者がいて、笑いながら遊ぶ子どもたちがいる。
「ここにも、ちゃんと生活があるんだなって」
──私が暮らしている世界と、あまり変わらない。
市場には、小春が知る野菜や果物・肉や魚があれば、中には見たこともないものも並んでいた。
その中で、ひときわ小春の目を引いたものは、淡い黄緑色をした奇妙な果実だった。
「松さん、あれなんですか?」
「星の実でございます」
「星の実?」
「切ると星の形になることから、そう呼ばれております」
「へぇー……スターフルーツみたい」
「すたあ……?」
「あ、なんでもないです」
すると、小春は牛のような角が生えた恰幅のいい店主に声をかけられた。
「お嬢さん、ひとつ食べてみるかい?」
「いいんですか?」
「あぁ、いいとも」
店主は星の実をひとつ手に取ると、慣れた手つきで横に切った。
「わぁ……!」
現れた切り口は、名前の通り綺麗な星の形をしている。
「本当に星だ」
「ほら、食べてみな」
「いただきます」
小春は差し出された一切れを受け取り、口へ運んだ。
しゃくり、と瑞々しい果肉が歯の間で弾ける。
「……甘くてさっぱりしてて、おいしい! なんか桃と味が似てるかも」
「そうだろう、そうだろう」
店主は嬉しそうに腹を揺らして笑った。
「今朝採れたばかりだからな。よく熟れてる」
「へぇ……」
もう一度、籠に積まれた星の実を見る。
「見た目はスターフルーツそっくりなのに、味はちょっと違うんだ」
「小春様、その『すたあふるうつ』というのは、現世の食べ物でございますか?」
「はい。これと同じで、切ったら星みたいな形になる果物なんです」
「左様でございましたか」
すると、店主はごほんと咳払いした。
「それだけじゃないぜ、お嬢ちゃん」




