『欠落の教室、偽りの日常』
屋上での激戦から一夜明け、俺は鉛のように重い体を引きずって登校した。右腕は灰色の痣に覆われ、感覚がまるでない。だが、それ以上に深刻なのは、胸の奥にある「空洞」だった。あんなに煮えたぎっていた憎悪が、凪のように静まり返っている。教室の扉を開けると、そこにはいつも通りの、吐き気がするほど平和な光景が広がっていた。「よお、昨日は休みか? 塾のやりすぎじゃねえの」クラスメイトが能天気に声をかけてくる。彼らの頭上には、昨日と同じ無機質なウィンドウが浮いている。【個体識別:一般市民C/期待値:正常】設計者は、昨夜の致命的なエラーさえも、一晩で「なかったこと」に修復したらしい。「……巴先輩のことは、やっぱり誰も覚えてないんだな」俺の呟きは、誰に届くこともなく雑談の中に消えた。自分の席に座り、ノートを広げる。ふと視線を感じて顔を上げると、教室の入り口に「彼女」が立っていた。第6話で戦った、魔法少女007。昨夜の戦闘服ではなく、この学校の制服を着ている。だが、その表情は以前のような人形のそれではない。酷く怯え、何かに縋るような、あまりにも人間らしい目。彼女の頭上には、バグを示すノイズが走っていた。【個体識別:不明/状態:エラー/廃棄処理待機中】「……転校生の、白雪です。よろしくお願いします」彼女の震える声。設計者が彼女を「処理」するために用意した、最後の舞台。教室内が新しい女子生徒に沸き立つ中、彼女は真っ直ぐに俺の席へと歩み寄ってきた。すれ違いざま、彼女の唇が微かに動く。『……助けて、バグ(おにいさん)』その一言が、俺の空っぽだった胸の奥に、再び黒い火を灯した。設計者は、彼女を餌にして、俺というバグを完全にデリートするつもりだ。俺は灰色の右腕を隠すように握りしめ、前を見据えた。日常を演じるのは、もう終わりだ。学校という名の檻の中で、俺たちの「二度目の反逆」が始まろうとしていた。




