嘘の終わり
毒薬を飲んで死ぬかと思われたユッタですが……。
……目を閉じたのだけれど、数秒経っても何も起きない。変だな。この毒薬は即効性だと聞いていたのだけれど。
私は、恐る恐る目を開ける。すると、目の前には脚を組んだまま不敵な笑みを浮かべた殿下。殿下は、悪戯が成功した子供のように言った。
「お前、その粉薬が毒薬だと思ったろ。でも残念。それは毒薬ではなく、ただの小麦粉だ」
「こ……小麦粉……?」
困惑する私を見ると、殿下はフッと笑って、椅子から立ち上がる。そして、私の側に来ると、私の顎に手を掛けて言った。
「大体の事情は分かっているが、お前の口から聞きたい。何故レンナルトが俺の命を狙っていると知っていた? 何故自ら死のうとした? 話せ」
……ああ、この人には敵わないな。私は苦笑すると、殿下に全てを話した。
◆ ◆ ◆
今から一か月程前。私が王城の廊下を歩いていると、一人の中年男性に声を掛けられた。レンナルト様だ。
レンナルト様は、私を誰もいない会議室に連れ込み、こう切り出した。
「お前には、ダニエル殿下を亡き者にしてもらいたい」
やられた、と思った。レンナルト様の思惑を聞いた時点で、暗殺を引き受けようが断ろうが私の命はない。この腹黒宰相が口封じをしないわけが無いのだから。
レンナルト様がダニエル殿下を亡き者にしようとする理由は容易に想像出来る。レンナルト様は、優秀なダニエル殿下ではなく、第二王子に王位を継いでほしいのだ。第二王子の方が傀儡にしやすいから。
どうせ死ぬのならはっきりと断ろう。殿下には拾ってもらった恩もあるし。そう思った私だけど、ふと考え直す。
私が断っても、この宰相は他の暗殺者を雇うだけだろう。殿下が危険である事に変わりはない。それならせめて、私が暗殺を引き受けたフリをして何とか時間を稼げないか。
そして、私はゴクリと息を呑むと、レンナルト様にこう答えた。
「承知致しました」
これが、私がダニエル殿下の命を狙う「暗殺者」となった経緯だ。
暗殺者となった私に、レンナルト様は液体の毒薬を渡した。晩酌の時にこれを飲ませろという事だ。
ダニエル殿下には優秀な護衛が付いているし、殿下自身も剣術に長けている。食事の時も毒見係がいるし、晩酌の時くらいでないと殿下の暗殺は難しいだろう。
しかし、私は毒を殿下に飲ませず、こっそり捨てた。「何故殿下はまだ生きているんだ」とレンナルト様に聞かれる度に、私は「殿下は毒に耐性があるんじゃないですかね」と答えていた。
暗殺依頼の事をダニエル殿下に打ち明けようと思った事もあった。でも、レンナルト様が私に暗殺を依頼したという証拠を提示出来るとも思えない。結局私は、ただ時間稼ぎをする事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆
そして今日の昼。とうとう痺れを切らしたレンナルト様が、私に粉の毒薬を渡してきた。以前私に渡した毒より強力な毒らしい。
誤魔化すのも限界か……。まあいい。殿下は着実に王太子としての地盤を固めている。私がいなくても殿下は暗殺を免れると信じよう。
そう思っていたのだけれど……何故か私は生きている。
「どうして……」
私の呟きを聞いた殿下が、また不敵な笑みを浮かべて答える。
「一か月くらい前から、お前の様子が変だったからな。何かあると思って、アルミンに探らせていたんだ。そしたらどうだ。レンナルトがお前に俺の暗殺を依頼していたというじゃないか。だから俺は、レンナルトが暗殺を依頼した証拠を集めさせていたんだ」
そうか……。でも、まだ分からない。私が死ぬ覚悟だった事は予想出来たとしても、いつの間に毒薬と小麦粉をすり替えたのか……。
私の心を読んだかのように、殿下が言う。
「お前、今日の昼、会議室でレンナルトと暗殺の話をしてただろう? その会話を、ドア越しにアルミンが聞いてたんだよ。それで、粉の毒薬を使うと知ったアルミンが、薬包紙をすり替えたというわけだ」
そう言えば、私が晩酌の為にこの部屋に向かう途中、アルミン様とすれ違った。あの時、メイド服のポケットに入れた毒をすり替えたのか……!!
ダニエル殿下は、私の顎から手を離すと、呆れたように言う。
「それにしても、お前、もう少し俺の事を信用しても良かったんじゃないのか? ここ最近、俺は晩酌の度に言っていたはずだぞ? 『何か困った事は無いか』と」
確かにそうだ。でも、殿下が宰相より私の話を信じてくれるとは思えない。だから、私は毎回「困っている事はありません」と作り物の笑顔で答えたのだ。
「……申し訳ございません、殿下。もっと早く、殿下に相談すべきでした……」
私がシュンとして言うと、殿下は私の頭をポンと叩いて告げる。
「そうだ、お前はすぐに俺に相談すべきだった。何せお前は、将来俺の妻になる女なんだからな」
……ん? なんだか、とんでもない事を言われたような気がする。
「あの、殿下。今、妻と言う言葉が聞こえたような気がするんですけど、気のせいですよね?」
すると、殿下はニコリと笑って言った。
「いや、気のせいじゃ無い。お前を養女にしてくれる貴族が丁度見つかった所でな。そろそろお前と正式な婚約をしようと思っていた所だ」
「ええええええ!!」
聞くと、殿下は最初会った時から私に惚れていたらしい。そして、私を自分の側に置く為に、両親である国王夫妻を説得した。
そして、一度私と食事を共にした国王夫妻は、「良い子そうだし将来婚約者にしても良いよ」とあっさり承諾。
私が周りに嫉妬されないように使用人として扱いながら、殿下は私を養女にしてくれる貴族を探していたらしい。さすがに王族と平民の結婚は前例が無いから、私を貴族籍にする為に必死だったとの事。
私は、呆然として言った。
「私のどこに惚れられる要素が……」
すると、殿下は私の頬に手を当てて言った。
「お前の思いやりのある所に惚れた。奴隷として売られているのに他人の事を考えられる人間なんて、お前が思う程多くは無い。お前を専属の使用人にしてからも、お前は真面目に働いてくれて、更に惚れ直した。……改めて言う。ユッタ、愛してる。俺と結婚してくれ」
どうしよう、どうしよう。顔が熱い。心臓がバクバク鳴っている。私は、殿下に何て答えたら良いの?……ああ、駄目だ。私は殿下に釣り合わないと思うのに、お断りする言葉が口から出ない。
……ああ、そうか。私は、ずっと前から殿下の事が好きだったんだ。王子様なのに使用人を対等な人間として見てくれる所。たまに優しい笑顔を見せてくれる所。そんな所が、大好きなんだ。
私は、フワリと笑って殿下に答える。
「……私も、殿下を愛しています。至らない所もあると思いますが、これからもよろしくお願い致します」
すると、殿下は一瞬目を見開いた後、私をギュッと抱き締めた。そして、優しい声で言う。
「……ありがとう、ユッタ。絶対幸せにする」
どうしてこんな展開になったんだろう。私は死ぬ覚悟だったのに。作り笑顔で「困っている事はありません」と嘘を吐くのは今日で最後だと思っていたのに。
まあ良いか。私は今、すごく幸せだ。
読んで頂きありがとうございました!
ちなみに、レンナルトは後に逮捕されます。




