出会いと覚悟
SNS文芸部4月のテーマ「嘘」で作品を書きました!
読んで頂けると嬉しいです!
ここは、王城のとある一室の前。深呼吸してから私がドアをノックすると、部屋の中から声が聞こえる。
「入れ」
ゆっくりとドアを開けて部屋に入ると、目の前には木製のテーブルが一つと椅子が二脚。奥にある方の椅子には、一人の青年が脚を組んで腰掛けていた。
この方の名はダニエル・バッハシュタイン。この国の第一王子だ。
ダニエル殿下は、不敵な笑みを浮かべて私に言う。
「何をしている、ユッタ。早くこちらへ来い。今日も酒に付き合ってもらうぞ」
「……承知致しました、殿下」
私は、静かに殿下の向かいにある椅子に腰を下ろす。テーブルの上には、ワイングラスが二つとチーズの載った皿が二枚。
私は、チラリと殿下を盗み見る。相変わらず、変わった方だ。
◆ ◆ ◆
私、ユッタは、元々貧しい農村で生まれた。八歳の時に、家の暮らしがどうにもならなくなり、両親によって奴隷商に売られた。
野外で開かれた奴隷市。私は、手枷足枷を付けられたまま、奴隷を吟味する商人や貴族を見つめていた。
私は、どんな人間に買われるんだろう。私のような無力な女の子をいたぶるのが好きな貴族だろうか。人を道具としか思っていない商人だろうか。
そんな事を考えていると、私の目に一人の少年の姿が映った。黒くてサラサラしたショートヘアに赤い瞳。とても綺麗な男の子だった。私より少し年上だろうか。
彼は、私の視線に気付かないまま、近くにいる体格の良い青年二人と話している。平民の格好をしているけれど、佇まいが他の商人達と違う。貴族の坊ちゃんのお忍びか?
そんな事を考えていると、私の目の前にコロコロと何かが転がって来た。見ると、私の足元には綺麗な青色の宝石の嵌った指輪。
……どうしよう。手枷に繋がれている鎖は緩いから、このままそっと拾って袖の下に隠すくらいの事は出来るけれど……。
私はしばらく考えた後、意を決して大きな声を上げた。
「だれかー、青い指輪を落とした人はいませんかー!?」
ザワザワとする会場。俺の物だと主張する者も数名現れ、町はパニック寸前になった。そこへ現れたのが、黒髪の少年と話していた男性二人。
その二人も平民の格好をしていたけれど、彼らが奴隷市の元締めに見せたのは、なんと王家の紋章の入った証明書。それは、彼ら二人が王家の近衛兵である事を示していた。
近衛兵の一人がハリのある声で言う。
「私は、この国の第一王子であるダニエル・バッハシュタイン殿下の護衛をしているアルミン・ゲルスター。その指輪の持ち主は、我が主・ダニエル殿下である! 指輪の内側に二か所イニシャルが刻まれているのがその証拠! 指輪はこちらに返してもらう!」
そして、近衛兵――アルミン様は、私の方に近付くと、穏やかな笑顔で言った。
「よくぞ指輪を見つけて下さいました。殿下に代わりお礼を申し上げ……」
「その必要は無い」
不意に、アルミン様の後ろから声が聞こえた。見ると、黒髪の少年が真っ直ぐな瞳で私を見つめている。
少年は、一歩間に進み出ると、深々と頭を下げて言った。
「私が、この国の第一王子、ダニエル・バッハシュタインだ。指輪を見つけてくれた事、礼を言う」
話を聞くと、当時十一歳だったダニエル殿下は、お忍びで街を見て回っていたらしい。王城でぬくぬくと育ったダニエル殿下にとって、奴隷市の風景は衝撃的だっただろう。
そして、奴隷市を見て回っている内に、指輪を落としてしまったらしい。
「この指輪は、二年前に亡くなった母上の形見なんだ。大事な物はむやみやたらに持ち歩くものではないな。今後気を付けよう」
私から指輪を受け取った殿下が、愛おしそうに指輪を見つめながら言う。
「……良かったですね、指輪が見つかって」
私がそう答えると、殿下は私をジーっと見てから聞いてきた。
「……お前、どうして指輪をこっそり自分の物にしなかった?」
私は、視線を宙に向けて考えてから答える。
「えっと……もし私が指輪の持ち主だったら、指輪を失くしたら悲しいなーと思ったから……ですかね」
すると殿下は、一瞬キョトンとした顔をした後、大声で笑った。
「ハハハッ!……そうか、指輪の持ち主の気持ちになってみたのか。こんな所で奴隷として売られているから、どんな荒んだ心の持ち主かと思ったが、大したもんだ。……お前、名前は?」
「……ユッタです」
戸惑いながら私が答えると、殿下は右手でクイっと私の顎を上げた。そして、私に顔を近付けると、不敵な笑みを浮かべて言う。
「そうか。……ではユッタ、お前、今日から私――いや、俺のものになれ」
それから、私は王城に連れて行かれ、まず風呂に入れられた。ボサボサだった灰色の長い髪はツヤツヤになり、体臭もほとんど消えた。
そして、ボロボロの白いワンピースはメイド達に捨てられ、代わりに青いドレスを着せられた。私の青い瞳に合わせたわけでは無いだろうけれど、とても素敵なドレスだ。
着替えが終わると、私は広い食堂へと案内された。食堂には国王陛下、王妃殿下、そしてダニエル殿下がいて、なんと、私と一緒に夕食を取るとの事。
私は緊張して、豪華な肉料理の味も、何を話したのかも全く記憶に残らなかった。
翌日から、私はダニエル殿下専属の使用人として働き始めた。と言っても、難しい事は無い。ダニエル殿下の執務室にお茶を運んだり、殿下の寝室を掃除したり、殿下の着替えの用意をしたりするだけだ。
普通は掃除などの仕事は役割分担するものらしいけれど、私の場合は一人でダニエル殿下の身の回りの世話をしている。異例の事だと誰かが言っていた。
私は、特に他の使用人に意地悪される事も無く、充実した毎日を送っていた。お腹一杯になるまでご飯を食べさせてもらえるし、殿下には感謝をしなければいけない。
……まあ、一人で着替えられるはずの殿下が、わざと私の前で服を脱ぎ、上半身裸になるのはいかがなものかと思うけれど。
◆ ◆ ◆
そして現在。十九歳になった私は、殿下の寝室で殿下と向かい合って座っている。私が十八歳になった頃から、私は夜に殿下の寝室に呼ばれるようになった。
と言っても、いやらしい事をするわけでは無い。殿下の晩酌に付き合うだけだ。
乾杯をした後、殿下は一口ワインを飲むと、リラックスしたようにフウと息を吐いた。そして、私の方に視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべて聞く。
「ユッタ、何か困っている事は無いか?」
私は、静かに首を振って答えた。
「いえ、何も困っておりません。使用人の皆様にも良くしてもらっています」
「そうか、なら良かった。……このチーズ美味いな。明日の晩酌でも一緒にこのチーズを食べよう」
私は、その言葉を聞いてズキリと胸が痛んだ。本当に明日もこういう風に二人で晩酌が出来たら、どんなに良いだろう。でも、その夢が叶わない事は、私が一番よく知っている。
私は、真っ直ぐと殿下の方を見ると、凛とした声で言った。
「殿下、お気を付け下さい。宰相のレンナルト様があなたのお命を狙っております。……あなたのお陰で、私は充実した日々を送る事が出来ました。今までありがとうございます。私がいなくなっても、お元気で。……さようなら、ダニエル殿下」
そして、私は自身が着ているメイド服のポケットから薬包紙を取り出し、その中の粉薬を一気に口に入れる。
「待てっ、ユッタ……!!」
殿下が目を見開いて私の方に手を伸ばすけれど、私はすぐに自身のワイングラスを手に取り、ワインで粉薬を飲み込む。
恐らく殿下も気が付いただろう。この粉薬は、毒薬だ。もう私が殿下と一緒に晩酌をする事は無い。でも、最後に殿下の顔を見ながら逝くのも悪くないな。
そんな事を思いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
後半も読んで頂けると嬉しいです!




