14 前を向こうと思います
「婚約披露の夜会が開かれることになったよ」
そう言われたのはいつもの勉強の帰りのお茶会でのことだった。
今日の私たちはサンルームにいた。ガラス越しに差し込む光が、静かな部屋を満たしている。
その空間にいるだけで、時間が緩やかにほどけていくようだった。
まるで世界から切り離された小さな楽園のように静かに輝いていた。
言われた言葉に胸がどきどきした。
淑女の演技をする日がついに来たのだ。
「夜会ですか」
「心配しなくてもローズは私の傍で笑っていれば良い。離れては駄目だよ。ローズが私の婚約者だと知らしめるのだから」
ウイル様の傍を離れるなんて怖くて出来ない。
「頼りにしていますね」
隣に座っているウイル様の手にそっと自分の手を添えた。直ぐに繋ぎ直された。それだけで安心してしまう。
「ダンスもたくさん練習しただろう。大丈夫だから」
座り直しもう一方の大きな手が頭を撫でてくれた。
お顔を見るとウイル様の目の下に隈ができていた。お忙しいのに私とのお茶の時間を取ってくださる優しい方だ。
「ウイル様ここへ頭を乗せてくださいませ」
私は膝を指差した。
ふにゃりとウイル様の顔が緩んだ。
「膝枕か…嬉しいな」
サラサラの黒髪が綺麗だ。頭を乗せられると手櫛で梳かすように撫でた。
ウイル様が気持ちが良さそうに目を閉じた。なんて長い睫毛なの。肌なんて毛穴一つない。直ぐに寝息が聞こえて来た。お疲れだったのね。
こうして癒して差し上げる存在でいたい。
この方の隣に立つ。そう決めると真っすぐ前を向いていられる気がした。
きっと嫌がらせは言われるしされる。
泣くのはこの方の腕の中だけにする。他では泣かないと決めた。
得意な分野でお力になりたい。それなら最初は刺繍かしら。
ハミルトン公爵家の家紋は火の鳥だ。いつか正装に刺せるようになりたいがまずはハンカチからだろうか。
ローズマリーは少しずつ歩み始めることにした。
「ウイル様落ち着いたら墓参りに行きたいです」
「そうだね。遅くなったがご両親に挨拶をさせていただこう」
「何年も行けていませんでしたので、草の中に埋もれているかもしれません。お墓がちゃんとあるのか心配です」
「ウインザー伯爵家の墓だよ。きっと大丈夫だ。侍従に見て来させよう。草が生えているようなら下働きの者に行かせるから心配しないで」
「お任せしてすみません。今まで気持ちに余裕がなくて会いに行けていませんでした。両親は神様の庭で寂しく思っていると思います」
「見守るしかできないご自分たちを歯がゆいと思われていただろうと思うよ。幸せになった姿を見ていただこう」
いつでも欲しい言葉をくれるウイルフリードに胸が温かくなるローズマリーだった。
両親の墓は教会の中にあった。先に見に行ってくれた侍従によると綺麗な状態だったらしい。
誰かが手入れに来てくれているのだろうか。
生前母が好きだった赤い薔薇の花を供えた。
後で教会に行き寄付をして、手入れのお願いをしなくては。
ウイル様と私は両親の墓の前で手を合わせ報告をした。
「お父様お母様ご縁がありウイルフリード様と結婚をすることになりました。幸せになるので見ていてくださいね」
「初めましてウイルフリードと申します。お嬢様は私が必ず幸せにしますのでご安心ください」
祈りを捧げた二人は晴れやかな気持ちになり教会へと足を向けた。
神父は真っ白なお髭のおじい様だった。金貨の入った重い袋を献金し墓のことをお願いした。
「ウインザー伯爵のお嬢様ですか。昔お母様と来られたときは小さなお子だった。大きくなられましたね。墓の手入れは身内の方が来られているとばかり思っておりました。年配の御婦人ですよ」
「ご存知の通り私には身内は残っておりません。その方にお会いできればいいのですけれど」
「きっとご両親が会わせてくださいますよ」
私達は神父様にご挨拶をして教会を立ち去ろうとした。
その時扉を開けて入ってきたのは昔私を守ってくれた侍女長だった。
いくぶん老けているが、彼女に違いない。
「侍女長!」
「えっ!?その名で私を呼んでくださるのはお嬢様ですか?
ああ、お綺麗になられましたね。 あの時はお守りできず申し訳ありませんでした」
彼女は深くお辞儀をした。
「何を言っているの?あなた達のためならどんなことも我慢するつもりだったのに、守れなくてごめんなさい」
「お嬢様はお小さかったのですから。大人である私達がやれることがあったのではないかとあれから後悔ばかりでございます。でもお元気そうで良かったです」
泣き笑いのような顔だった。
「屋敷の主人に逆らえるはずがなかったのだから気にしないで良いのよ。こちらはウイルフリード・ハミルトン公爵令息様よ。もう直ぐ結婚するの。侍女長は今何処に勤めているの?」
「ハミルトン公爵令息様お初にお目にかかります。
メリーサーと申します。お嬢様を見初めていただきありがとうございます。どうぞお嬢様を末永くよろしくお願いします。お嬢様私は街の商会で家庭教師のようなことをしております」
「幸せなの?」
「あの時お嬢様を置いて出るしかなかった私共数人を拾ってくださったのが今のご主人です」
「良い人に拾われたのね。路頭に迷っていなくて良かった」
「ご自分のことより私達の心配をされるお嬢様が生きていてくださって嬉しいです」涙声だった。
話を聞いていたウイルフリードが声をかけた。
「良ければローズマリーの専属侍女になってくれないだろうか?」と。
驚いた二人は「えっ!」と同時に声をあげた。
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