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贈る言葉 -雷鳴-

 場所を変えた先はもちろん、数学準備室。私たちは対面になって作業を続けながら、話の続きを聞いた。それは、あまりにも残酷な影だった。九組のように真っ直ぐとした時間を送る者たちもいれば、表裏一体の闇に堕ちてしまう者もいる。無論、タバコや酒、そして同意のない行動など許されるものではない。ましてや他人を巻き込むなど言語道断だ。


「......ちゃんと対処しようと思えば警察とかにも言えるんだけど......」


「そうじゃないんだよね」


 私も怒りに任せれば、大人の権力を使うこともできる。しかしきっと、篠原さんはそれを求めてない。今までとは違う距離になっていようと、篠原さんにとって木島さんや三田さんは大事な友達に変わりはなくて、複雑に絡まったツルを力技で簡単に解くことが最善ではなかった。


「私は、私の道を歩くようになって、逃げられた。おかしいって思えた。でもそれは、私の世界の答えで、いままでは美咲や弥生に併せた世界だったから、その世界の答えが二人にとって最善になるのは確かで......でも今の世界の答えは、二人にとっての最善なのかなって......」


 抽象的な言葉になればなるほど、彼女の本音に近づいている気がした。複雑な本心に上手い言葉は重ねられない。恐らく今の吐露が、彼女の今抱いている気持ちだ。だとしたら、きちんと向き合おう。たとえ厳しい言葉でも、それが現実である限り、理想論は並べられない。


「篠原さんは本当に優しいよね」


「先生、その、優しいってなんなんですかね。この前、沢村に言われて、私も薄々気づいてたんだけど、私が美咲や弥生にかける優しさって、なんなんだろうって......」


 外はどうやら雨が降り出したようだ。雨足はあっという間に本降りに変わっていく。私が篠原さんに贈る言葉は、先ほど脳裏に過った、先輩との会話に繋がっている。


――優しさは、見ないふりして、逃げることじゃない。


「どんな時も優しく」


 私がポツリと呟いた言葉は、まるで呪いのような言葉だった。篠原さんも拍子抜けしている。


「篠原さんの優しさはそういう優しさ。でも本当に優しくありたいならさ......」


――きちんと想いをぶつける。等身大にぶつかるの。


 遠くで雷鳴が鳴って、私は言葉を贈った。


「......怒らないと」


 それはただの怒りではない。先輩が教えてくれた、あの答えが含まれている。低く太い天の音が、拍子抜けする篠原さんに私の言葉を深く刻み込んだ。







 文化祭もいよいよ明後日に控え、校内の装飾も始まった。この高揚感は教師になった今でも、好きな感覚だった。私は仕事を終えて、教室の様子を見に、教室棟の方へ向かった。すると、ちょうど生徒会室の方から、一人走ってくる者がいた。


「あ、嵯峨君! お疲れ様」


 嵯峨君はぼーっと私を見て、反応しない。すぐに異変を察知したが、その前に彼は床に倒れ込んだ。


「嵯峨君! 嵯峨君!」


 近くにいた先生方に協力を仰いで、すぐに彼を保健室へと連れて行った。

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