表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/87

熱が帯びるを待つ

 体育祭も終わり、これから期末試験までの間は、校内の空気も落ち着きが戻ってくる。生徒からしたら少し退屈な時期ではあるが、私たち教師からすれば、あっという間に試験問題の作成がやって来て、落ち着くのも束の間であった。


「はいじゃあ、ここまで。号令」


「きをつけー、れーい」


 四限終わり、私は篠原さんを呼び止めた。


「ごめん、この後職員室来てもらっていい? お昼ご飯持ってきてもらっていいから」


 篠原さんは承諾して、私が戻ってから十分後くらいに職員室へやって来た。しかし、よく考えたら今は試験期間で生徒は職員室に入れなかったので、私は数学準備室に場所を変えた。


「よし、座っていいよ。私もお弁当持ってきたから、一緒に食べよう」


 私は篠原さんを対面に座らせ、それぞれの弁当を広げた。私は時間が無く、タッパーに詰めた白米に冷凍食品の総菜、それから昨日の夕飯の残りのコロッケ。バスケ部現役の時と変わらないボリューミーなラインナップだった。一方の篠原さんはカットサラダにスムージー。炭水化物は見当たらない。私としては食事がエネルギーチャージの一大イベントなので、篠原さんのメニューを見ると心配になった。


「篠原さん、それで足りる? 私なんて弁当に、昨日の残りのコロッケもあるよ」


「樹里ちゃん食べ過ぎでしょ」


「私現役の時、もっと食べてたからね」


 ちょっとした雑談で笑いが起こり、場の空気は和んだ。すると、篠原さんの方から話を切り出した。


「それで、なんで私呼び出されたんですか?」


 篠原さんに言われて、私はついうっかり話の腰を折ってしまっていたことに気づいた。口に入っていたコロッケを飲み込んで、私は箸を置いた。


「そうそう、篠原さんだけ面談の予定がまだ出てなくてさ。都合、まだわからなそう?」


 その時の篠原さんの反応を見て、私は予想が確信に変わった。その後、篠原さんは言いづらそうに語尾を濁したが、私の察した様子を見たのか、すぐに降参した。


「まだ、進路が決められなくて......でも、美咲や弥生はもう決まってるみたいで。二人とも専門行くって言ってて、私もって思ったんだけど、私特にやりたいこと決まってないし、それに......」


 篠原さんはそこで言葉を止めた。彼女の心の中に今、本音が綴られている。篠原さんの目は、この前の文化祭の担当決めの時と同じ目をしていた。詰まった彼女に変わり、そこからは私がバトンを受け取る。


「なるほどね......。そしたらさ、大学に進学してみたら?」


「え、私が進学? ......だって予備校とか行ってないし、私には......」


 確かに、三年生のこの時期、受験組は予備校や受験勉強をとっくに始めている。しかし、それが進路決定の理由になっていいのだろうか。それは決心ではなく、諦め。今いる狭い世界から抜け出して、自分が傷つくのも承知で、ひとりで新しい世界へ踏み出す。その相当の勇気をせっかく振り絞った彼女なら、世間体とか一般的とかそういうものに縛られることはない。


「篠原さん、一個聞きたいんだけどさ」


 私は本音が宿った、篠原さんのその胸に問うてみた。


「私には似合わないって、そのレールは誰が決めたの?」


 惜しくも、ちょうどそこで予鈴が鳴ってしまい、その答えは聞けなかった。しかし、篠原さんには確かに、その問いが伝わっているようだった。彼女の今囚われている世界が揺らぎ始めている。あとは一つ、花を添えてみよう。


「文化祭の挑戦、かっこよかったよ」


 準備室を後にしようとした篠原さんはドアに手をかけたまま、振り返る。目を大きくして、なんだか初めて本当に目が合った気がした。きっと彼女は知っている。彼女自身のこと。そしてその者は今、変わりたいと願っていること。その叫びは、熱が帯びるのを待っていた。


「わかってるんでしょう? 篠原さんに必要なのは、答えじゃない。覚悟を持つための、勇気」


 それから微笑んで、ふわりとした言葉で彼女の背中を押した。


「私は、応援するよ。篠原さんの覚悟」


 きっと誰かに見つけてもらいたかったのだろう。変わろうとしている自分を。それを私は見失ってはいけないと心得た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ