痛いほどに
「はい、じゃあこれ解けた人から今日の授業は終わりにします」
間もなく四限も終わるので、私は最後の時間を演習時間にあてた。新学期が始まって二週間、授業にも慣れてきた。
私はチョークを置いて、教室を見渡す。しばらくしてチャイムが鳴った。昼休みをそれぞれの時間に充てようと生徒たちは各々動き出す。茜たちは昼練だろうか、弁当バッグを持って体育館の方へ向かった。藤代君は男子たちに囲まれ、先ほどの問題の解法を教えている。ひとまず、目立った変化はなさそうだ。それ以外にも、弁当を持ち寄って会話を弾ませたり、終わっていない課題を片付けている人などがいる。こうして見ると、一度止まった学校の「時」もかつてのように動き始めたのを実感できた。
部活の方もかなり慣れてきた。私の作ったルーティンもきちんと部員たちは遂行してくれて、深い所でのつながりが、日に日に増しているように感じる。
「次、1on1」
茜がチームを仕切る姿も様になっている。後輩たちから憧れの視線を向けられ、背負う者も多いはずの彼女は、それ以上に輝いていた。私はそんな彼女の様子や、その他のチームメイトの様子も事細かくノートに記した。気づけばそのノートも、半分以上埋まってきている。
「樹里ちゃーん、それ何のノートなの?」
「えー、まだ教えないよ」
「えーなんでよ。教えてくれてもいいじゃんね」
きっとこのノートの出番は今じゃない。いつか、役に立つ時が来る。私はそう信じて、改めて眩しすぎるほどの光を見た。
今日は委員会があり、放課後は少しバタバタする。基本生徒たちで運営するものだが、初回なので、担当の先生は顔出しに向かわなければいけない。私は風紀委員の担当だったので、その会に顔を出した。会も終わり職員室に戻ると、鈴木先生が電話を取っていた。
「......はい、あ、少々お待ちくださいね。今ちょうど見えたので、変わりますから」
そして鈴木先生は私に向かって手を振った。
「香坂さん! 和泉学園さんからお電話!」
和泉学園と言えば、女子バスケの名門校。いったい何の用だろうと不思議に思いながら、私は電話に出た。
「お電話変わりました、陽川高校女子バスケ部顧問の香坂と申します」
「あ、香坂さん。初めまして、和泉学園女子バスケ部のコーチを務めております、木村と申します。今回お電話させていただいた件なのですが、今度うちの学校主催でスプリングカップを開くことになりまして、県内の学校で選抜して開こうと思うんですけど、その大会に陽川高校さんも参加して頂きたいと思いまして......」
スプリングカップ、それは私の現役時代もあった有名な大会。県内で選抜された学校が春頃に集って戦う和泉学園主催の大会だ。その大会に今年遂に、陽川高校が呼ばれたということだ。私は一瞬驚いたが、快く引き受けた。
「......はい、はい。はい、よろしくお願いします。失礼します」
私は受話器を置いて、軽くガッツポーズをした。OGとして、そして監督として、このチームが評価されたことが心の底から嬉しかった。
「練習試合の申し込みですか?」
そういえば、鈴木先生が電話に出てくれたんだった。鈴木先生に声をかけられ、私は少し頬を赤らめた。きっと鈴木先生も私のガッツポーズを見て朗報だと確信したのだろう。
「あ、いや。春の大会にお誘いいだだけて」
「おー、それはすごい。和泉学園って女バスの名門校でしょう?」
そうこう話していると、委員会が終わったのか生徒たちが委員会の活動報告を持って職員室にぞろぞろ来始めた。
「失礼します、三年九組の早川です。日誌を置きに来ました」
「あ、咲! ちょっと来て」
私はちょうど日誌を置きに来た咲を呼び止めて先ほどのスプリングカップの件を伝えるべく、茜を呼んできて欲しいとお願いした。
咲が茜を呼びに去って間もなくして、一件メールが送られてきた。和泉学園の木村さんからで、当日の詳細やトーナメント表が添付されていた。私はトーナメントに目を通し、陽川高校の名を見つける。それから近くの対戦相手になるであろう学校たちを確認した。そしてひとつ、勝ち上がると当たる可能性がある学校に目が止まった。
「......梓西高校」
私はこの名に少し引っかかるものがあった。確か、ここは去年のインハイ予選で敗れた相手、そして私の頃から続く常勝校だ。そして私の知る限り、うちとの相性があまりよくない。私はふと、ここ最近の練習の様子を思い出す。そして彼女たちが梓西と戦う姿をイメージする。そのイメージが膨らむほど、嫌な予感がした。今の彼女たちは新しい風が吹き始めて、輝く。その輝きが、痛いほどの光に変わってしまうような気がした。
「失礼します」
ちょうど茜がやって来て、大会の件とトーナメント表を確認させた。すると、案の定、茜も何かを感じているようだった。何か、言葉をかけるべきであろうか。しかし、その時タイミング悪く職員会議に呼び出され、茜の後ろ姿を見ることしかできなかった。彼女の背中は、老いた星のように見えた。




