約束を果たすべく
沈黙の中、隼人はあてもなく日記をめくった。皆、心ここにあらずで、何も先生にしてあげられなかった悔しさに打ちひしがれている。その時、隼人は手を止めた。
「これ......」
鈴木は、この時が来ることを信じていた。彼らが、この言葉を見つける時を。きっと、彼女のいる暗闇に光を差せるのは、この子たちだから。隼人の声に集まるように、皆はあるページに目を凝らした。そこに刻まれていたのは......。
――10年後、あの子たちと会う。どんな私であっても。
再会の約束。ただそれだけだった。それだけなのに、その刻まれた言葉が、未だにエネルギーを帯びている。
「ねえ、みんな......」
隼人は立ち上がり、ノートを閉じた。そして、あの日を思い返す。卒業式の日、自身が作った約束。あの時は、とんだ冗談だったのかもしれない。でも今、目の前にその約束が形になりかけている。あとは、あなただけ。
「この約束は、今日で終わりじゃない。やっぱり、先生は先生じゃなくっちゃ......俺は、もう一度会いたい。この約束果たして、伝えたい。いや、贈りたい......」
皆、目を閉じて、思い返す。自分を自分でいさせてくれた。本当の優しさを教えてくれた。痛みを分かち合ってくれた。今の背中を教えてくれた。本当の心を大切にしてくれた。見るべき景色を教えてくれた。そんなあなたに、会って、贈りたい。
「......言葉を」
潮騒が響き、鈴木が一筋の涙を流す。あの時何もできなかったけれど、今、あなたの大切な教え子が、あなたを救おうとしている。必死で約束を果たそうとしている。今日、ここに来たのは、約束を今日で終わらせないため。
「一個提案があるんだけどさ」
茜の声に皆は耳を傾ける。
「今度、陽川高校は隣の駿河高校と統合して、校舎も名前も変わるんだって」
茜は来る前に学校で聞いた話をする。零士などは既に知っていたようだが、知らないものもいるようだ。ここ最近は少子高齢化が一層進み、県内の公立学校も縮小傾向にある。その統合の動きに、陽川高校の名も挙がってしまったのだ。
「それで今度の卒業生が事実上の最後の卒業生で、今の校舎は廃校になるんだけど」
老朽化の進む陽川高校の校舎は、新たな学校の校舎にはならず、そのまま閉校となることになった。廃校ではないので、何か特別に式などは催されないようだが、今年度で校舎には入れなくなるらしい。
「わたしたちでもう一度、先生を教室に帰ってこれるようにするのはどう? 最後にもう一度、あの校舎で」
茜の提案は、実に秀逸だった。今、あの一件から時間も経ち、先生の傷も前よりは癒えているはず。しかし、一度暗闇に落ちれば、なかなか上がってこれない。その暗闇に、我々が手を差し伸べてあげられるのは、それしかない。もう一度原点に返ってもらう。その先は先生の心の向くまま。我々はただ言葉を贈る。先生の明日に。
「それじゃあ、決まり。日程合わせられたら、手続きとかは俺がやる」
隼人がそう言うと、昴も手を挙げる。
「俺も手伝うよ。隼人ひとりじゃ大変だろうし」
「ありがとう、助かる」
「そしたら、私が香坂先生に説得しよう」
「それじゃあ隼人と昴以外は、今日来れなかった人に連絡。三年九組全員集合だよ」
数刻前は重苦しい沈黙が漂っていた丘に、再び活気が舞い戻る。その活気は十年前と同じ。いつでも香坂が帰ってこれるような、家のようだ。
「先生、待っててね」
隼人は香坂のノートを手にしっかりと握り、顔を上げる。それに倣うように、丘にいた者たちは空を見上げ、星に願った。この約束が果たされますように、と。




