夢の道、儚く散りて
二週間の時が過ぎ、三年生の生活も体に馴染んできた。桜が散るのとともに、浮ついた心も落ち着き始め、この先の進路について各々が動き出す時期だった。
「実行委員は今日集まりあるんだろ?」
「ああ、ホームルームの後な。なんかあった?」
すると虎治郎は怪訝な顔を浮かべた。
「今年の一組の実行委員に、サッカー部の新井が立候補したらしくてさ。どうやら、先生たちも新井に実行委員長とかやらせたいらしいんだよ。あいつ、推薦狙ってるでしょ? それに部活でも結構活躍してるから、先生に推されてるっていうか」
零士は、少し悪寒がした。昨年、実行委員に尽力し、教師や先輩にもそれを評価してもらった。順調にいけば、今年実行委員長になれるはずだった。しかし、その未来に、どうやら暗雲が立ち込めているようだった。
「俺は、零士に委員長やってもらいたいけどなぁ。去年だってめっちゃ頑張ってたしさ。でも、委員じゃないから何もできないし」
「いや、ありがとな。虎治郎。頼もしいよ」
虎治郎とは別れて、零士は委員会の会場へと向かった。教室の戸を開けると、既に半数以上が集まっていた。
「お、零士君。やっぱり実行委員なんだね」
早速話しかけてきたのは、虎治郎の言っていた一組の新井君だった。彼とはあまり話したことはない、顔見知りにも及ばない程度の関係である。
「新井君も、今年からやるって決めたんだね」
零士の口調は、下手に回っているようだった。彼の視線、態度、言葉ではない何かが、零士には感じられ、対等な土俵を見失った。サッカー部で、人望も、敵わない。
「俺さ、今年、実行委員長やろうと思ってるんだよね」
それを聞いて、零士はしまったと思った。これは、彼からの宣戦布告で、牽制で、先手を決められた。彼の目は、いかにも自分を嘲るようなものだった。
「そ、そうなんだ」
「零士君も、もしかしてやりたかった?」
分かってただろう。でも敢えて言ってきた。どうも好きになれない。しかし、何も言い返せないのも事実だった。ちょうどその時に、担当の教師が入ってきたので、その話はうやむやに終わった。
「それじゃあ、まずは実行委員長を決めて、それから委員長中心に進めていく形でよろしく。それじゃあ、今年委員長やってくれる人」
言った瞬間、一番前の列の男が真っ直ぐ手を挙げた。新井君だ。それに遅れること数秒後、零士も手を挙げる。しかし、それはゆっくりで、少し腕は曲がっていた。
「新井と......嵯峨か。二人だけか?」
それからしばらくしても、それ以外に手が挙がることはなく、そこで立候補は打ち切りとなった。新井君との決選投票。零士は唾を飲む。
「じゃあ、二人前に出てきて、一言アピールしてください」
こうなることは、百も承知だった。さて、ここからどうやって算段を立てていくか......。話す順番はもちろん、一組の新井君からだった。
「はい! 三年一組の新井です! 普段はサッカー部の部長なので、人をまとめることには自信があります! あとは、んー、元気! 笑顔溢れる文化祭を、最後にみんなと作りたいです! お願いします!」
実に、からっとした彼らしい演説だった。拍手の音も、彼を見るみんなの顔も温度があった。
「えーっと、三年九組の嵯峨零士です、自分は去年も......」
順番通り、零士も話した。そして、話し始めてすぐに悟った。この勝負は、初めから勝てっこなかった。いくら言葉を並べても、空気が、みんなの心が自分ではないものを掴んでいる。人望とは、こういうことなのか。それから、零士はどんな言葉を並べたのかあまり覚えていない。最後に、彼と同じく「お願いします」と言って締めたことだけは覚えていた。その後の投票の結果も、見なくとも分かった数字だった。
「みなさん、ありがとうございます! 実行委員初めてなので、皆に頼りっぱなしだと思うけど、英一杯やるので、よろしくお願いします」
再び拍手が起こる。なるべくしてなったかのように、彼もまた自身に満ち溢れていた。先ほどまで、候補が二人いたことは、もうなかったことになっていた。
ふと横目に、窓を見る。花曇りの夕方。今日の夜は雨らしく、残り少なくなった桜も、今晩で終いになるだろう。零士は、ひとり、温度のない拍手を周りに併せて送った。




