六月某日
六月某日、梅雨に入るか入らないかの微妙な時期。クラスは文化祭の出し物決めに勤しんでいた。担任だった鈴木が急遽、長期の休みに入り、副担の香坂が担任になった。香坂は端の椅子に座り、学級会の行く末を静かに見ていた。代わりに前で指揮をとるのは学級委員の隼人。隼人は一時、あらぬ噂が流れて、登校が不安定になった。しかし、ある日を境に、自信を取り戻して帰ってきた。ともに前で板書をとるのは、同じ学級委員の水野。この頃、少し元気が無いように見える。部活のエースでキャプテンでもある彼女だから、きっと背負うものもたくさんあるのだろう。
「高瀬の実家、レストランじゃなかった? 食材とか安く仕入れられそうじゃね?」
話を振られたのは、実家が和食料理屋の高瀬。席替えをして隣になってから、話すようになった。英語が得意なので、試験勉強の時とかにたまに頼ったりする。
「高瀬。無茶じゃなかったか? 今のお願い」
この前に話の流れで、実家とはそこまで仲良くないという話を聞いた。すると、高瀬は平気そうな顔をして、「全然大丈夫」とあっさり答えた。彼女がそう言うなら、と零士もそれ以上はそっとしておいた。
「そしたら、申請は零士よろしくな」
零士は頷き、書類に記入事項を書き込み始めた。クラスは次に、担当決めに移った。篠原が、演劇部の二人組の班に立候補するなど、予想外の展開に盛り上がっていた。春の陽気が、この教室だけ続いているかのように、平和なクラスになっているのは、やはり前で静観している香坂の存在のおかげなのだろうか。
香坂はすごく真っ直ぐな新米教師だった。担当の数学の授業が分かりにくいわけでもないが、時々ミスもある。それでも、きちんと向き合ってくれている姿勢が伝わってきて、皆気を置いて生活ができていた。受験期でもあるこの最後の年に、このような平和な基地で生活できるのは、喜ばしいことだった。
放課後、掃除を済ませて、零士は先ほどの書類を持って生徒会室に向かった。文化祭までの期間、例年通り、文化祭実行委員の拠点は生徒会室になる。
「おつかれさまー」
零士は扉をガラリと開けると、生徒会室にはまだ誰もいなかった。零士は書類を所定のボックスに入れ、パソコンを開いた。起動してから少しして、以前のファイルが自動で開いた。
「やりっぱなしだったのかな......」
すると、遠くからにぎやかな声が聞こえて、それがどんどんと大きくなってきた。
「あ、おっつー」
「おう、お疲れ」
入ってきたのは新井。それと、その友達たちだった。
「新井、これってもしかして全体企画書?」
新井は今、思い出したかのように目を丸くして、それから顔の前で手を合わせた。
「うわ、ごめん。まだやってなかったわ」
「あー、そしたら俺今日やっていっちゃうよ。他にやることもあるし」
その言葉を聞いた瞬間、申し訳なさそうな顔をすぐに変え、光を取り戻したような表情を浮かべた。
「まじ? たすかるわー。俺この後練習もあってさ」
「そっか、そろそろ大会もあるもんね。了解」
そして新井は数回、感謝を述べ、連れとともに生徒会室を後にした。零士は、重ねる度に薄っぺらくなった感謝の言葉が浮かぶ中、ひとりで黙々と新井の作るはずだった書類を作成し始めた。
それから一時間して、企画書が作り終わった。これでやっと、今日のスタートラインになった。時計は五時を回っている。
「ふわあ」
飲み切ったペットボトルをゴミ箱に入れようとした時、零士は燃えるごみの箱に入ったお菓子の箱を見つけた。ふと横を見ると、生徒会室に誰かが置いていったトランプが、乱雑に置かれているのを発見した。そしてすぐに、零士は気づいたことに後悔した。そして、SNSを見る。実行委員になって交換した新井のアカウントが更新されている。
「あ、先輩、お疲れ様です!」
零士がその投稿を開こうとした瞬間、ひとり後輩が、生徒会室にやって来た。クラスの企画を提出しに来たらしい。彼は書類を提出して、もう一度零士に挨拶してから去っていった。
「あいつ......」
彼は確か、サッカー部だった。新井と同じサッカー部。そしてそれ以上、零士は考えることをやめた。気づけば、生徒会室が真っ暗になっていて、パソコンの明かりだけが光っていた。零士は電気のスイッチを押し、もう一度パソコンに向かって手をキーボードに置いた。それから無心に、手を動かした。




