第47話 整体院のいちにち③
一瞬にして徘徊おっさんもといダスさんをボコったその青年は、アサさんという名前だそうだ。
施術室に続くドアを開けて中に入る。サクラちゃんが、机にお茶を3つ用意して待っていた。待合室にお客さんがいたらお茶をふるまうことにしているけれど、最初のお客さんだったり、待合室に誰もいなくてそのまま入れたりするときには、みんなで施術室でお茶会するんだ。え?整体師がのんきにお茶してていいのかって?情報収集だよ、ずっと整体院にいると何もわかんないもん。ちなみに、お客さんが待ち始めた時には、サクラちゃんがお茶を持ってお相手しに行く。
「まずは、お茶でもいかが?これ、当院特製の、癒し効果のあるお茶なんですよ。」
「そうなんですか。……特製ということは、ここにレシピがあったということですか?」
……そう、情報収集や探り合いはお互いさま。こちらだって、探りを入れられることは当然ある。
「ええ、まあ。」
そういう質問で返答に困ったら、適当に受け流すに限るんだな。アサさんごめん。
「それから、施術中は武器などは置いてもらうようにお願いしています。もちろん、私は何も持っていませんが、急な不審者に対応するため、こちらの子は武器を持っています。それでもよろしいですか?」
初見のお客さんが、一番戸惑うのはここ。いくら私は何も持っていないとはいっても、さすがに丸腰をさらすのは気が引ける、という人も多い。でも、きちんと信用してくれたお客さんは、だんだんためらいなく武器を置いてくれるようになる。要は誠実さだよ。信用、信頼を勝ち取れるような。
アサさんは、そこで戸惑うことなく、「わかりました、そういうことなら。」と、あっさり両脇のくないを床に置いた。
「あ、別に、施術の邪魔になるってだけなので、今から捨てる必要はないですよ!」
「結局置くんですから、今でも後でも一緒ですよ。しかし……。」
クールに答えたアサさんは、傍らのサクラちゃんにちらりと視線を移す。
「その子、こんなに大きな剣を扱っているんですか?」
「はい、そうですけど……。」
「多分その武器、体に合ってませんよ。それでは本来の調子が出せません。」
「えー、大きい方が強いんじゃ、ないんですか?」
納得いかないように声を上げたサクラちゃんを、アサさんは軽くたしなめる。
「いいえ、どんなに大きい武器であっても、術者の力量に見合った大きさでなかったり、向いていない種類であったりすると、全く役に立たないのです。小さくとも自分に合った武器を使う人に、あっさりと倒されてしまうこともあります。事実、オレの武器は、あのように小さなものですが……。」
手で示したくないは、標準サイズどころかそれよりも一回り小さく、大きさがすべての世界だったら勝てるはずもない代物だ。
「個人戦闘のイベントのランキングでは5位、チームでのダンジョン攻略は1位を取っています。」
「ええええええーっ!?」
サクラちゃん、目玉が飛び出そうなくらい驚いている。私は、発するオーラとダスさんをけちょんけちょんにする速さから、かなりの強さを持つ人だって気づいてたし、そこまで驚くでもないけれど。
「……というわけで、大きいから強いという考えは、改めた方がよろしいと思いますよ。良ければ、施術の後すぐにでも、彼女を武器屋にお連れしますがいかがでしょう?」
「え?でも、いいんですか?お時間取らせちゃって。」
「いえ、オレはどうせ、一冒険者なので。むしろ、先生の方がお忙しいでしょう?」
「確かに、私は整体院を離れられませんね……。じゃあ、お言葉に甘えて。」
「了解しました。」
そこで、リーン、と、来客を告げる鈴が鳴った。
「あっ、お客さん。サクラちゃん、応対してきて。」
「わかりました!これ、そのままお持ちしても、大丈夫でしょうかね?」
サクラちゃんが、手つかずのカップを一つ、持ち上げる。
「……そうね、問題ないでしょう。」
「わかりました、行ってきます!」
サクラちゃんが、待合室につながるドアを開けて出て行ったあと。
「いくつか質問しても、よろしいでしょうか。」
アサさんが、会話の中での探り合いではなく、ストレートに問いかけてきた。
「ええ、いいですよ。」
「あのサクラという子……。」
言葉を探すように逡巡した後、続ける。
「あの子、いつ、どこで出会いました?」
サクラちゃんは、ゴールドベアと戦っていたところをアオバが見つけてここに連れてきた設定だから……。
「ここの常連さんの一人が、ひと月弱前、森の中で見つけました。ソロの冒険者さんだったので、ここしかアテがないって言って介抱してもらいに来て、ちょうど助手が必要になってきた頃だったので、ウチで引き取ったんです。」
「なるほど……。森の中では何をしていたかなどは、聞いていますか?」
「ゴールドベアと、瀕死になりながら戦っていたと聞いています。」
「……。」
アサさんは、この間のイベントで「ビーチ」のメンバーとしてランクインしていた。それに、以前ジョーさんから、個人戦闘イベントの5位と7位が「ビーチ」に在籍していると聞いた。つまり彼は「ビーチ」のメンバー。もしかしたら、サクラちゃんがリーダーに追い払われたのを見たのかもしれない。というか、この黙り込みようを見るに、その場に居合わせていて、何か思うところがあったのだろう。
「……そして、この茶。誰が淹れたものですか?」
「サクラちゃんですね。」
アサさんは軽くうなずき、カップを手にして、茶を一口飲んだ。
「おいしい……!」
そのクールな表情が、見る間にふんわりと和らぐ。その笑顔はまるで少女のようで、先ほどまでのシャープな雰囲気が信じられないほどに可憐だった。
「いやあ、うちのリーダーも惜しいことをしましたね。彼女、以前リーダーが門前払いを食らわせたんですよ。これほどのお茶が淹れられるということは、さぞかし調薬の才能があるのでしょう。それに、自分よりもはるかに強い敵に、何度でも立ち向かうその粘り強さ。ぴったりの武器と装備があれば、いくらでも伸びていきそうだ。もうこちらに来ることはないでしょうが、あの才能は、是非ともオレ個人で支援したい。」
「そ、そういう風に言っていただけるのは、とても嬉しいです。本人の意向も確認しつつ、ですね。」
急に食い気味になったアサさんに気おされつつ、私は施術台へ彼を促す。
サクラちゃん、確かに努力家なんだよなぁ……整体院の仕事が立て込んで、アオバとして接せる時間はなかなかないけど、今後はちょっと、稽古をつけるのも考えようかな。




