第176話『戦後処理①』
イルリハラン王国史上初の王位継承権以外の者に王位を貸与する。
ユースメミニアス式典会場爆破によって現王と次期王と同時に崩御し、第二位の王位継承権を持つ十三歳のソレイが即位した。
その後の全世界ブラックアウト事件に合わせてユーストル争奪戦。果てには王宮襲撃に半壊だ。
イルリハラン王国の内政に大打撃を受け、それを十三歳の子供が支えるのは困難だ。
そこで法の抜け道を利用し、王位を継承するのではなく一時的に貸与することでソレイの正当性を保ちつつその他の相応しい人に一任する荒業を決めた。
貸与される人は王室の中でもっとも政治に聡く、政争にも負けない強い精神力を持つエルマで、エルマはそれを受諾。
王位を時限的に貸与する特別法はすぐさま開かれた臨時議会で全会一致で左院と右院共に賛成となった。議員たちも現状を考えるとこれが最適解と政治的判断を下し、継承権に関する論争はなかったようだ。
王政の有無に関しても思う者はいるとしても、イルリハラン王国は半民主主義の王政だ。元首こそ固定であっても議会議員は選挙で選出されるため、そう大っぴらに王政撤廃を訴えることはないし、今すれば一連の出来事と合わさって辞職間違いなしの炎上案件だ。さすがに付け込むようなことはせず、皆現状の早期回復の判断を下した。
イルリハラン王国の議会は右院と左院と王の採択で法案が可決される。最後の王の決議も、ソレイ王の最後の判断で賛成となり、初の継承権を持たない王族から王が生まれた。
そして、一つ困ったことが出来た。
王位継承の儀である。
イルリハラン王国の王位継承は、現王が崩御された場合継承順位一位の王族が即位し、王位継承の儀を行う。つまり存命の現王から次期王に王位が継承することを前提としていないのだ。
だが、王位を貸与する事案自体が初なため、儀式内容をどうするべきか王宮は悩んだ。
なにせ前例がないから一切考慮もされていなかった。
だからと言って今から新しい儀式の内容を考えるわけにもいかず王宮は困ったのだ。
そこでエルマ代理王が案を出した。
そもそも国内が大変だと言うのに政治的印象しか与えない儀式を厳かにしている余裕などない。すれば王政に対して国民は不快感を抱いてしまうから、閣僚の引継ぎのように王位の引継ぎを簡素に行う提案をした。
閣僚が任期を終えて次期閣僚に引き継ぐ、引継ぎ式を引用する形である。
王としてそれは威厳がない意見が王宮から出るが、それが一番手っ取り早く予算が掛からない。威厳より速攻が大事とエルマが固持し、法案が決議し施行されるとすぐさま王位の引継ぎ式を行った。
閣僚の引継ぎと同じように引き継ぎ書を用意し、ソレイとエルマがそれぞれ署名をする。その場面をテレビ中継して終了だ。
あまりにも呆気ない引継ぎであるが、エルマ自身としてはとにかく楽だった。
そしてエルマはその日から王としての職務を始めた。
*
「エルマ様、自分自身が言うのもあれですが、この人事は本当によろしいのですか?」
王執務室として使っている客室の一室にて、フィルミが冷や汗を掻きながら訪ねた。
「私が参謀として起用していただくのは……」
「能力を見てのことだ。フィルミ、過去の罪はあれど貴方の能力は今のこの国に必要だ。もし罪を重く見るのならその仕事で償ってほしい」
エルマは最初の仕事として人事を行った。
基本的に閣僚は継続させた。新たに選出しても政策の停滞に繋がるから、経験を積んでいる閣僚をそのまま起用するほうが戸惑いがない。代わりに新たなポストとして宰相を作ることにした。
以前のフィルミは相談役としていたが相談役はあくまで相談しか出来ず、行政の指示を出すことはできなかった。その相談役のポストの格を上げて首長とし、行政に一部または全部の指示を出せることを決めたのだ。
「ですが、もしわたくしがポストを悪用すれば……」
「この国のために悪だくみをするなら完全犯罪にしてくれ。もしバレればもう命の保障は出来ない」
前回もフィルミは親友に国家のため毒を盛った。私利私欲ではなく国家のための犯行。断じて許容できる話ではないが、もし次に同じようにするならもっとうまくやれと皮肉を込めて警告をする。
「……承知しました」
やろうと思えば出来る役職に就かせての警告だ。フィルミもそれを分かって否定せずに受け入れる。
「フィルミ首長は国内の復旧を任せる。貴方が罪を犯したことは公にはなっていないから閣僚たちも聞いてくれるはずだから指示をしてくれ。文句があるなら私に言えともな」
王の決定は絶対ではないが絶大だ。代理の新王であっても大っぴらな文句は言わないだろう。エルマにはそれだけの実績もある。
「畏まりました。大罪人フィルミ、誠心誠意貴方様にお仕えします」
「私ではない。この国に尽くせ」
「はい」
公人は人に仕えるのではない。国に仕えてこそ意義がある。国は国民だ。王や上司の評価のために働くのではなく、国であり国民のために働くべきなのだ。
少なくとも軍人はそのための組織で、それを第一に叩き込まれる。だからこそエルマは自分に忠誠ではなく国に忠誠をしてほしいと念押しをした。
「では仕事を始めてくれ」
「失礼いたします」
フィルミは頭を下げると王執務室から退室していった。
「……ふぅ」
王はこの国でトップだ。威厳ある態度を見せなければならないから、素とは逆を演じるのは疲れる。
「エルマ兄、お疲れ様……です」
そう声を掛けるのは、エルマの隣で物静かに新王の初仕事を見ていたソレイだ。
「ソレイもご苦労様。どうかな、王として振る舞えてたかい?」
「うん。すごくそう見えた。僕はまだだめだね。思い返しても恥ずかしくなる」
「それは俺も同じだよ。多分毎日寝るときに今日の事を思い返して悶えるんじゃないかな」
「エルマ兄も?」
「そりゃそうだよ。だからソレイは俺の生き恥を見て学んでくれ。沢山の成功と失敗を君に見せるから」
エルマはもう一つの人事として、ソレイに王見習いのポストを与えた。いくらソレイが大人になるまで王をしなくていいとしても、王としての仕事から全て切り離すこともない。
正当な王としてイルリハランを統治してもらうために、エルマは最も近い場所で王の仕事をしてもらおうと見習いであり補佐をしてもらうことにしたのだ。
ソレイには一切の政治的権限はないが、王のそばに常にいる権利を有する。
この先エルマは様々な大なり小なり成功と失敗をする。それを間近で見てもらうことで王としての身構えと覚悟を改めてもらうのだ。
「勉強します」
「よし、じゃあ仕事を始めようか。集まった報告書を読み上げてくれ」
「はい」
ソレイは元気に返事をして、イルリハラン各地から集まった政府判断が求められる報告書を読み上げさせる。
「一番上が重要度が高いから」
「分かりました。最初の報告書は防務省からです。それもラッサロン浮遊基地からで、えーと……チャリオスから手に入れたデータの開示が出来たとのことです」
「あのデータか」
司令部に突入した際に、ログイン中だった上級者権限のアカウントから手に入れたデータのことだ。
データ転送がカウントダウンの引き金になったから、転送自体が想定済みと危惧していたが無事に開けたようだ。
「開くにはチャリオス由来のコンピュータ機器が必要だったみたいで、最初は警告文が出たそうです。次にチャリオス由来のコンピュータ機器以外で開くと全データを消去すると。ですが、ルィル准尉が持ち帰っていたタブレットを繋ぐことで開示出来たそうです」
「タブレット……そうか、ペオの運用タブレットを持ち帰ってたのか」
ルィルがデータの開示方法を知っていたとは思えない。おそらく少しでもバーニアンの物を持ち帰ろうとしたのだろう。最大級の英断だ。
「開示できるのがタブレットだけなので、それを複製か解析をして他のパソコンで見漏れるようにするようです。データの中にはチャリオス製の製品だけでなく、バーニアンが設計した武器のデータもあるみたいですね」
「ペオの記述はある?」
「待ってください」
ソレイは視線を素早く動かしてペオの文字を探す。
「あ、ありますあります。ペオのデータも確認されてます!」
「そうか! よし、ペオを獲得できればすさまじい飛躍が出来るぞ」
「……エルマ兄……いえ、エルマ陛下、ペオを開発するんですか?」
ソレイにとってペオは暗殺に利用された悪の兵器だ。警戒するのも無理はない。
「システムに善悪はないよ。使う人間の問題だから適切に管理と規則を設けて運用すれば問題はない。決して楽な道ではないけど、メリットとデメリットを天秤にかけるならメリットの方がはるかに大きいんだよ」
「世界が許しますか?」
「許さないだろうけど、我が国と日本が苦労して獲得した戦果なんだ。それに対して何もしてない世界にとやかく言われる筋合いはないよ。ペオが欲しいなら頑張って開発すればいい」
「強気ですね」
「世界と国は同格だからね。下手に出る意味はないんだよ。ソレイも自分の性格とは真逆の判断をするときが毎回起きるから、今のうちに見ておくといい」
「はい」
内政はフィルミに任せ、戦後処理をエルマ達が行う。
ユーストルは世界的にも重要度が高い。そこの処置を間違えることで中長期的に修正不可能になるから、戦後直後のごたごたに便乗する輩を排除するべく、エルマはそこを念頭に仕事を開始したのだった。
*
エルマは代理王の打診が来る前から、戦争が終わって平和になるとは全く思っていなかった。むしろこの混乱を利用すると確信しており、ソレイ救出直後から与えられていた休暇を利用して色々と考えてはいた。
その確信は早々に現実となってエルマに届いた。
「エルマ陛下、緊急の報告です」
チャリオスとの戦争が終わってから一週間後。エルマが王となった翌日のことだった。
首長、防務長官、外務長官、国家安全管理担当官が王執務室へと入り、フィルミ首長が報告をする。
「レーゲン共和国が警護を理由にユーストル近隣の基地から艦隊を出動。ユーストルに向けて進軍しています」
「来たか」
いつか来るだろうと思っていた事案に、エルマは冷静に受け取った。
「詳細を教えてくれ」
「はい。最初の報告はラッサロン浮遊基地から防務省に、早期警戒管制艦よりレーゲン艦隊の移動を確認。艦隊構成は戦艦級三隻、駆逐艦級四十隻、戦闘機級が二十です。五分おきの確認でユーストルに向けて移動していることから、目的地はユーストルと断定して防務省に報告。今は報告から十分過ぎています。レーゲンから警護を理由に移動している通達は、防務省からレーゲン共和国の国防省に確認を取るとその理由が通達されました。外務省が政府に問い合わせ中ですが、今のところ返事はありません」
「……防衛省が答えて政府はだんまりか。ラッサロンの反応は?」
「規定に従って艦隊がスクランブル発艦しています。数は戦艦アクワルドが一隻。駆逐艦が五隻の第一艦隊。あとは四十機の戦闘機です」
「私としては全隻の発艦を命じたんだが、ラッサロンの司令官がこれで十分と準備に留めると反論したんだ」
不満を漏らすのは防務長官だ。本来なら命令不服従として軍規違反となるが、全否定しているわけではないから現場の裁量権とのぶつかり合いになる。
「……ラッサロン司令官の判断を私は尊重する」
これではラッサロンが自由に動けない。エルマはその命令に上塗りのために、最高指揮官としてラッサロンの裁量に任せる判断を下した。
「エルマ陛下、戦力は七倍ですぞ!? それともラッサロンは先の戦争で六隻しか出せないほど被害を出していたと!? 私は聞いてません!」
「落ち着きなさい。防務長官たる者が動揺してどうする」
「しかしですな」
「ラッサロンは別にとりあえず発艦させたわけではない。六隻と四十機の戦闘機だけで撃退できると確信して出したはずだ」
「七倍の戦力差でどうやって撃退できるんですか。我々一隻につき向こうは六隻で攻撃するんですぞ。素人でも守り切れずに撃沈されてしまいます」
「いや、むしろ圧勝だろう。ラッサロンが被る損失は武器弾薬ばかりで、強いて戦闘機だ。浮遊駆逐艦らは一隻も落ちないよ」
「その根拠はなんですか」
「防務長官、あなたは先の戦争の経緯を把握していないのか?」
「あ、いや……もちろん読みましたよ」
その反応から碌に読んでないのが伺える。
「ラッサロンの艦船にはまだ日本が開発したコクーンが搭載しているはずだ。コクーンを持つ我が軍の艦隊と、コクーンを持たない敵艦ではどうなるかは想像しやすいだろう?」
日本が独自に開発したコクーンは、イルリハランに貸与する形で対チャリオス戦のため準備期間の三週間で可能な限りの乗り物に取りつけた。しかしあくまで貸し出す形なのでいずれは返すことになっている。
返却期間は脅威が去るまでと曖昧にしているが、戦争終結から一週間で返却をしろとはさすがに言わないだろう。言っても一ヶ月後だ。
だからラッサロンが少数で出撃したことで、まだコクーンが搭載されていることをエルマは察したのである。
「防務長官、レーゲンのバスタトリア砲搭載特務艦はどこに配備されている?」
「特務艦の配備は国家機密ですので正確な配置は把握できていません」
「そんなことは分かっている。それを含めて調査をするのが防務省の情報部ではないのか?」
一ヶ国に一門しか持つことが出来ないからこそ、どこの基地に配備されているのかを知られると戦略上の不利になる。だからどの国も通常の駆逐艦に偽装して配備しているのだ。
「確証はありませんが、レーゲンのバスタトリア砲搭載特務艦は南方のサーガン浮遊基地に配備されているそうです。ユーストルから全力で移動しても三週間は掛かります」
答えたのはフィルミ首長だ。
「そんな遠くに配備されているかもしれないのか? てっきりユーストル奪取を狙って近隣の基地に配備していると思ったが」
「ウィスラー前大統領の采配と思われます。ユーストルが国際条約で保護されるにあたって侵攻は困難と判断されたかと」
政治的理屈は通るが、確信はない。
「ならば今からでもラッサロンに全艦発艦の命令を出してください」
防務長官は再度上申する。
「いや、それを熟考しての判断だろう。現場の判断に任せる」
エルマ達政治家が考える軍事は戦略だ。どう終結させるのかを前提に考え、どう戦うかは現場に一任する。ここで逆にしてしまっては現場が混乱するだけだ。
先の戦いでラッサロンはバスタトリア砲を速射砲のように使うチャリオスと戦った。主に戦ったのは日本だが、それでも実戦を間近で見続けた。
そんなラッサロンが、コクーンを積んでいるだけでその考えをせずに少数で出したとは思えない。バスタトリア砲の有無を加味しても勝てると確信して出したのだ。
ならばその考えを尊重して戦果を待つだけである。
「外務長官はレーゲンに対する罰則を考えてくれ。落としどころでは賠償金になると思うが、向こうが戦争に発展してまで戦おうとするなら断交してあらゆる制裁をする」
「畏まりました」
「あと声をかけたいからラッサロンに繋いでくれ」
「すぐに繋ぎます」
「エルマ陛下、国民への発信はいかがいたしましょうか」
「レーゲンが正式に政府発表をするならそれに合わせてするが、しないなら発信はしないほうがいい。無駄に反レーゲン感情を育てる必要はないからな」
隣国とは離れることが出来ないのだ。政治的付き合いを続ける上で国民感情は除外できない。向こうが内々に通達してきたのに、こちらが公表をすれば国交に支障が出てしまう。
そして内々に通達したことからレーゲン大統領の思惑も分かる。
「ラッサロンの司令官と繋がります。手持ちのパソコンです」
調整をした防務長官が発言し、エルマは閉じていたノートパソコンを開けた。初期画面だった画面が遠隔操作によって通信ソフトが立ち上がり、画面の中に司令部であろう場所にいるラッサロン司令官が映った。
ラッサロン司令官はすぐさま敬礼をする。
『エルマ陛下、陛下とお話しできることを光栄に思います』
「ありがとう。しかし堅苦しい挨拶は結構。レーゲンの情報は聞いた。迅速な出撃ご苦労である」
『そう言っていただき感謝します』
「司令官、これだけは守ってほしいが、レーゲンから攻撃を受けるか、またはユーストルに侵入するまでは攻撃はしてはならない。意図は分かるな?」
『警護を名目として進軍しているレーゲン艦隊を攻撃をすれば、それを大義名分として我々をユーストルの脅威として排除に動くからです』
「そうだ。ラッサロン艦隊は進路妨害に徹して警告。向こうからの攻撃か、警告を無視しての侵入をした場合、領土を守るべく攻撃を許可する。以後の戦闘指揮の裁量権は貴官に任せる』
『心得ました』
「その代わり、軍事的、政治的責任は私が受け持つ。存分にやり給え」
『陛下からの下命、しかと聞きました』
「もし司令官の考えが私の考えと同じであれば六倍の戦力差でも圧勝以外ないと思うが、バスタトリア砲搭載特務艦が万が一いたら話は変わる。いないとの報告だがくれぐれも慢心した戦闘はしないようにしてくれ」
『ご心配には及びません。特務艦がいる前提での発艦でありますので、いようといまいと艦隊の動きに支障はありません』
「それを聞いて安心した」
『それでは僭越ながら失礼させていただきます』
「任せた」
『はい』
そして通話は切れて通話ソフトも閉じる。
「あとは現場判断に任せるとして、日本とも連絡を取る必要があるな」
ユーストルはイルリハランと日本で警護することになっている。集団的自衛権が自動的に機能するから、レーゲンの情報は手に入れているだろう。
「日本にも協力を願うのですか?」
外務長官が訪ねる。
「いや、日本は先の戦争で疲弊している。ここは我々に任せてもらおうと連絡をするんだ」
「分かりました。準備をしてまいります」
日本となれば担当が外務省だ。外務長官は携帯電話を取り出して通話を始める。
「……ソレイ、どうかした?」
一通りに指揮を執り、椅子に深く体重を乗せるとソレイがエルマをじっと見つめていることに気づいた。
「いえ、思っていた以上に王様と思って……僕は比べるとなんかこう……威厳がないなって」
「十三歳で出せたら逆にすごいよ」
「僕もエルマ兄と同じ年になったら出せるのかな」
「これは歳と言うより経験だね。学校生活だけじゃなくて社会生活をやって、もみくちゃにされながらもめげずに立ち続ければ次第に身についていくよ」
さすがに軍人となって多くの危険を潜り抜けたエルマとは、同じ年齢になっても見せる顔は違うだろう。しかしそれで構わない。先代ハウアーもエルマとは異なる正当な筋道で王位を継いだ。
エルマが特殊なのだからソレイがそれを引き継ぐ必要はない。
「君は君の王を見定めればいいんだよ。私がハウアー叔父上と同じようなことが出来ないようにね」
「何を謙遜なさいますか。今の指示はまさにハウアー様でしたよ」
「褒めるなフィルミ」
「陛下、日本との通話が可能です」
「繋いでくれ」
エルマの仕事は続く。
*
結論から言えば、レーゲン艦隊に対してイルリハラン艦隊は圧勝どころか一方的に勝利を収めた。収めてしまった。
日本が転移してくる以前では艦隊同士の戦闘はほぼなかった。参照するデータがないため訓練や公表、調査などで推算するしかないが、同数であれば相打ちか辛勝、数隻の差で勝敗が大きく変わるとも出ている。
その中で戦力差が六倍ともなれば、数で勝るレーゲン艦隊が勝って当然と言うのが世界の共通の認識であっただろう。
ラッサロンと日本が人類の命運をかけた戦争をしていなければ、だが。
レーゲンはユーストルで何が起きたのかをほとんど知らない。
ブラックアウト後、レーゲンはなんとかアナログの旧世代艦をかき集め、裏取引をしていたにも関わらず裏切ったチャリオスに一矢報いろうと待ち構えていたが、バスタトリア砲によって生き残りなしの全滅。衛星も使えないからユーストルの状況も分からなかった。
唯一分かったのは、回復後のイルリハラン王国軍ラッサロン浮遊基地と日本軍が共闘でチャリオスに勝ったと言う報道だけである。
日本は利敵行為防止から、指定の情報はあらゆるメディアで報道することを自粛するよう総務省より通達があり、それによって戦場の映像は少ない。日本を守るために国家総動員で用意した『鉄甲』と『コクーン』は隠しようがないから報道しているものの、自ら規制したことによってレーゲン共和国はその二つのゲームチェンジャーとなる装備を知らなかった。
このご時世、ネットを検索すれば検閲されていない情報は引き出せる。当然日本のネット内では『試験地中潜航型潜地艦』は国民すら知られていないが他の二つはあふれ出ており、アクセス出来れば知ることは出来た。
しかし、日本のネットへのアクセスは日本側に決定権があり、日本が許可しなければネットへのアクセスは出来ないのだ。今現在アクセスできるのはイルリハラン王国の政府関係者のみである。ゆえにレーゲンはシステムが復旧しても規制された情報しか得られなかった。
もちろんレーゲン艦隊に慢心は無かった。
何をしたにせよ、世界ブラックアウトを引き起こしたチャリオスに勝利した事実は変わらないから、何らかの方法で勝ったとみて全力でユーストルを警護と言う名目の実効支配を狙った。
いくら一企業がしでかした戦争でも、世界ブラックアウトを引きこす組織だ。ラッサロンも日本もかなり疲弊していていると予測を立てた。そして全力で叩く。
そうすればどうやって勝ったにせよ、七倍の戦力差であれば物量で沈められる。平時の感覚から必勝とレーゲン艦隊の艦隊司令は確信した。
それをラッサロン艦隊は簡単に覆したのだ。
まず最初にラッサロン艦隊は警告を発した。
『貴隊はユーストルに無許可で侵入しようとしている。イルリハラン国内法及びユーストル条約に則り、侵入を続行するなら武力を持って防がせてもらう』
この警告を先に打つことによって、ラッサロンは武器の引き金に指を掛けられるようになった。自他ともに正当性はイルリハラン側にあるので、先に言ってしまえば世界からの同意も得られる。
『ユーストルは非常に危うい状態にある。貴隊と異星国家は先の戦争で疲弊しているため、我が国が代わりに警護を引き受ける』
『ユーストルの警護がユーストル条約に則り、我が国と日本が共同で行う。貴国の警護は含んでいない』
『ユーストルは世界的に重要な地域であり、我が国の聖域でもある。我が国の恩意を無碍にするなら排除もいとわない』
『元来の守り手を排除して居座る行為を侵略と言わずに何と言う。これが最終警告だ。我が艦隊に攻撃をするか、またはユーストルに侵入した場合、実力を持ってこれを排除する。以後貴隊と交信はしない』
イルリハランからすれば一方的で図々しい愚か者と交渉も譲歩もする義理がない。それ故に向こうが一方的に言って来るならこちらも一方的に言って対話を撃ち切り、あとの責任はすべて向こうにあるとして各艦の艦長に戦闘準備を指示した。
そして両国艦隊は、ユーストルの円形山脈を挟んで百キロの距離で留まった。
仕掛けたのはレーゲンだ。
数に物を言わせる物量攻撃で、四十隻のレーゲン艦隊は誤爆しないギリギリの間隔で対空、対艦ミサイルを発射した。
その後にレーゲン艦隊の戦闘機もユーストルに向けてジェットエンジンの出力を上げる。
狙うはラッサロン艦隊旗艦の戦艦アクワルドと周辺の駆逐艦で、確実に一隻ずつ落としていく作戦だ。ミサイル同士は互いが近いと誤認して同士討ちをしてしまうが、ギリギリ同士討ちをしない間隔で飛行して円形山脈を超える。
ラッサロン艦隊は対空防御をしない。
身を守る素振りをしないことから、レーゲン艦隊は戦争で武器弾薬を使い切ったのかと推測する。現代戦の知識しかないのだから、進行を防ぐために艦隊の体だけを揃えて戦闘能力はないと判断するのも無理はない。
しかし、その推測は早々に打ち砕かれる。
レーゲン艦隊から発射されたミサイルは全弾目標に到達した。距離的にレーダー上でしか確認できないものの、命中すればレーダーの輝点は消失する。
するはずが、全弾命中しても輝点は健在で撃沈の表示がされなかったのだ。
撃沈確実の攻撃が通じなかったことに、艦隊司令を含め各艦の戦闘指揮所は動揺する。
なぜ通じないのか複数の可能性が過るが、悩む前に次にするべきことは追撃だ。
レーダーに輝点があるならターゲットは健在であるなら、どんな状況なのかを確認するべく二十機の戦闘機を最高速度にまで加速して向かわせる。
少なくとも迎撃ミサイルは発射されていないから、目視できる距離まで近づけられるだろう。さらにそこから攻撃をすれば、未知の迎撃システムがあっても対処する前に命中する算段も含んでいる。
二十機のレーゲン戦闘機は円形山脈の頂を越えてユーストルに侵入し、合わせて滞空していたラッサロン艦隊の戦闘機が動いた。
レーゲン戦闘機が射程圏内に入ったラッサロン戦闘機にレーダー照射。ロックオンすると同時に各機五発ずつの計百発もの対空ミサイルを発射した。
平時であればターゲット側の戦闘機は迎撃するために対空ミサイルや欺瞞弾を発射して回避行動を取るが、ラッサロンの戦闘機は何もせずに時速七百キロを維持する。
二回目の攻撃も回避行動を取らないことにレーゲン軍は不安を抱く。あまりにも常識外れの軍事行動だからだ。
そして二回目の飽和攻撃も全て着弾した。
レーゲン戦闘機のパイロットはキャノピーの外とレーダーを交互に見る。百発のミサイルがそれぞれ全弾命中したのだ。いち戦闘機が撃墜出来ないはずがない。
常識から離れないレーゲンパイロットは、自身の常識通りの現象が起きることを期待する。
が、次の瞬間、レーゲンパイロットの目の前に現れたのはラッサロンの戦闘機だった。
二百発近いミサイル攻撃を受けても一機も墜ちない現実に、レーゲン兵は思考が止まってしまった。
一瞬間を開けて思考が再始動する頃には、レーゲン戦闘機にラッサロンの戦闘機は正面衝突した。最初の爆炎から瞬く間に同空域で二十の爆炎が生まれ、その爆炎を突き抜けるようにして無傷のラッサロンの戦闘機が抜け出た。
ラッサロンの戦闘機四十機が円形山脈の頂を超える。
この時点でレーゲン艦隊は異常事態と悟った。理由は分からないがラッサロンに攻撃が効かないどころか、ミサイルを撃つこともなく自軍の戦闘機を落としてしまうのだ。
レーゲン艦隊は対応を迫られる。
光学的な情報がないからどうやって攻撃を防いだのか不明なのだ。戦艦に艦載している戦闘機を出撃させるか、駆逐艦から攻撃をするか。
各艦の艦長は攻撃をしつつ回避行動を取ることにした。
レーゲン艦隊は四十三隻と言う大艦隊だが、その数故に各艦の距離は五キロは離れ、立体的に配置している。そのため緊急の回避行動を取っても衝突する心配はない。
訓練に従って艦を動かし、味方に当てないようミサイルを発射する。
ラッサロン戦闘機とレーゲン艦隊までの距離が三十キロを切り、四十機になるラッサロン戦闘機編隊は散開した。
迎撃ミサイルはやはり通じない。散開した四十機のラッサロン戦闘機は、レーゲン艦隊一隻につき一機向かう形を取る。
サシでの勝負を仕掛けたのだ。
これまた以前の常識であれば、戦闘機によって軍艦を攻撃するのは手段の一つである。強固な防御システムを突破して対艦ミサイルを当てなければならないから、戦闘機にしろ軍艦にしろ先手を取り、かつミサイルへの対処を遅くする必要があった。
だがラッサロンの戦闘機は、最初からレーゲン艦隊に捕捉されながらも攻撃を無視して接近していた。
一隻の駆逐艦が有視界で発射したミサイルが、向かって来る戦闘機に命中して爆炎を上げる。爆炎は渦を巻いて上部に噴き出す現象を見せ、すぐさま無傷の戦闘機が飛び出た。
戦闘機は搭載している円環ミサイルを発射する。同時に発射は出来ないから連続での発射だ。駆逐艦はすぐに対応して電波妨害、ミサイルと機関銃による近接防御を取る。
しかし駆逐艦が同時に対処できる数には限度があり、距離にして数キロでの発射だ。戦闘機が立体的な軌道をしての攻撃ともあって補足が遅れ、発射したミサイルの半分が駆逐艦に命中した。
発射したミサイルは全弾対艦ミサイル。重量がある代わりに爆薬が多く積まれ、一発でも命中すれば墜とす威力を持つ。
それが数発と命中すれば駆逐艦だけでなく戦艦も致命傷になる。
同時多発的に爆発音が同空域内に轟き、空気を震わせて地面の草をなぶった。
戦艦クラスも駆逐艦より強度があるとはいえ、バイタルパートを狙われれば一たまりもない。
特にミサイル発射管に命中すれば終わりだ。装填してあるミサイルに誘爆し、弾薬庫にも引火して一気に吹き飛ぶ。
ラッサロンは先の戦争で知ったのだ。
敵の攻撃を迎撃して防ぐより、シールドことコクーンを展開して攻撃を防ぐ方がはるかに効率的であることを。
対チャリオスでは相手もコクーンを装備していたから苦戦したが、片方にだけコクーンがあればまさに一方的に攻撃をすることが出来る。相手がコクーンの存在を知らなければ猶更な上、存在を知っていてもコクーン発生パネルを狙わなければ突破は出来ない。
まさにゲームチェンジャーの名にふさわしい装備をラッサロンだけが身に着けていたことで、七倍もの戦力差のあったレーゲン艦隊との戦闘は一方的な勝利となった。
もっと言えばラッサロンは戦闘機のみを出すだけで勝っていたから、よほど慢心した運用をすればその差はさらに開いた状態で勝っていただろう。
レーゲン艦隊の一報がエルマ王に届いてから、わずか三時間での決着であった。
*
「やっぱり圧勝か」
ラッサロンより勝利の一報を受けたエルマは、特に喜ぶ素振りもなく淡々と感想を述べた。
現在ラッサロン艦隊は撃墜したレーゲン艦隊から脱出したレーゲン兵の救助活動をしている。いくら敵とは言え戦えない人間を見殺しにするわけにはいかない。
「失礼ながら陛下、七倍の戦力差でその感想はどうかと……」
「コクーンを突破できるのは三パターンくらいしかない。レーゲンがコクーンの存在を知らなければ勝ちは揺るぎないさ。多分ラッサロン在任の兵士たちも同じ感想だろう」
まだ概念更新が出来ていない防務長官をよそにエルマは戦果を分析する。
「そこまでの代物ですか。コクーンは……」
「これがなければチャリオスとの戦いでは一方的に負けていた」
「まさに戦争を一新する兵器ですぞ」
圧倒的勝利の実感が今頃来たのか、防務長官は気持ちが昂ぶった様相で語る。
「ああ。だからこそ慎重にならないといけない」
なにせ個人携帯ですら出来るほど優れた防御装置だ。メリットは絶大だが同時にデメリットも絶大にある。アルタランが不能状態になったから今後次第だが、チャリオスとの戦争とレーゲンとの戦闘で、必ずコクーンの扱いは国際規模で協議される。
差し当って全世界に共有して均等に割り振るか、使用を禁止するかだ。間違いなく日本が独占してイルリハランがライセンス契約等で所持することには文句を言うだろう。
「いやいや、これだけ優れた兵器ならすぐに全ての基地に配備するべきでしょう。七倍……いえ、戦闘機だけで敵の駆逐艦を一方的に屠れるならメロストロもシィルヴァスでも戦えます」
「コクーンの権利は全て日本にある。我が国で独自開発したのならまだしも、現状コクーンは借りている状態だから調べることは許されない」
コクーンのブラックボックスはソフトウェアだ。ハードそのものは通常のレヴィロン機関だが、ソフトウェアによってコクーンのシステムが付与できる。
しかしソフトに関しては日本とフィリアでは大きな違いがあるし、セキュリティもしっかり組み込んでいるから日本製のパソコンと繋いでもアクセスが出来ない。
だからイルリハランがコクーンを手に入れるには自国開発するしかないのだ。
なぜそれを知っているかと言うと、コクーンの開発に参加した陸自の雨宮一尉から教えられたからである。
「ですがそれでは我が軍の防衛力は日本に強く依存することになるではありませんか」
「いや、チャリオスから押収したデータにコクーンの情報があるから、それを解析すれば独自保有は出来る。あくまで日本産コクーンが装備できないだけで、チャリオスのデータを解析して手に入れれば問題ないからな」
「ならばすぐにラッサロンから防務省にデータを移送しましょう」
「まだ精査中だ。移送はその後になるし、扱いに関して関係各所と協議する必要もある」
「……分かりました。精査が終わりましたら」
「レーゲンからなにか反応はあったか?」
「今のところはまだです」
答えるのは国家安全管理担当官だ。
「公にしてないなら、責任は国ではなく進軍を指示した司令官にするのだろう。この混乱に乗じて現場が暴走したと釈明すれば国の体裁は一応守れる」
「自分たちから大軍を引き入れて責任逃れをするつもりか」
「もちろん無罪放免とはさせないさ。向こうから連絡をよこさないならこちらからする。レーゲン大統領府に繋いでくれ。応じないならそちらが何をしたのかを全て公表して、今後レーゲンへのフォロンの輸出は禁止すると脅してな」
「畏まりました」
落としどころはレーゲンの侵略を秘匿する代わりに賠償金を支払わせる。その額は消費したミサイルの三倍ほどだろう。またはユーストルへの永久的要求の禁止。
艦隊が全滅したとなればレーゲンにとって大きな損失だ。インフラ被害がないから比較的穏便に終わらせるならこれが妥当だろう。
「まったく、戦後処理はやることが多い」
レーゲンが敗北したことは公にせずとも噂は世界各国に広がる。さすればユーストルを狙ってちょっかいを出してくる国はいなくなるだろう。
だからこそコクーンの扱いの議論が起きるだろうが、自力獲得した技術について他国からとやかく言われる筋合いはない。日本と連携を取って厳正に対処するまでだ。
「陛下、レーゲン大統領が電話会談応えるそうです」
さすがに大艦隊がやられては電話会談に応えないわけにはいかない。
「……大統領、大変でしたね」
国家安全管理担当官の返事に合わせて受話器を手にし、皮肉交じりの挨拶をしたのだった。




