第174話『エルマの思い』
希望を言えばすぐにラッサロンへと戻りたいところだが、残念ながらその手段がない。
システムが復旧しても、従来の物流が完全に途絶えてしまったため物資が各都市で不足していた。物流を再開しようにも個々の都市自体に物資がないから他の都市に輸送が出来ず、物を生産しようとしてもその原料がない。
あらゆる産業の起点は燃料だ。燃料が無ければ何もできず、浮遊都市を浮かすことも出来ない。なんとか人海戦術で浮遊都市を浮かすだけの燃料は運搬していても、どうにかして一次産業を回すのが精いっぱいだったらしい。
だからソレイ救出してから四日経っても、ロケット旅客機は愚かジェット旅客機の燃料すらまだ入ってはこなかった。
いくらソレイ王を救出し、チャリオス本島に潜入して任務をこなした功績としてゆっくり休めと言い渡されても、四日間も何もしなければ何かをしたくなるものだ。
エルマ達はイルフォルンにある高級ホテルに滞在している。
エルマは元々アウトドア派でインドア的に室内で何かを黙々とするタイプではなかった。ましてやホテルの一室では本当にすることが無い。
私用のパソコンもないからネットも見れないし、テレビを付けても一連の報道しかやっていない。外に出ても娯楽施設は開いていないのだ。プライベートで出来ることがほとんどなくて、テロ以前から忙しなく動いている身としては何かをやりたかった。
それはリィアたちも同じみたいで、所属が違ってもなにかをしようとイルフォルン基地へ出向いて何かしら仕事をしているようだ。
ならエルマもと思うが、そこは王室から待ったが掛かった。
エルマは今やソレイに次ぐ王室の中で知名度が高い。ましてや一連のテロに強く関与しているだけあって世間では愛好と憎悪が強く、良くも悪くも外に出ると騒動になるとのことだ。
そのため自由の身でありながら軟禁状態でホテルにいたのだった。
だから出来ることと言えば今後のことを書類に手書きで書き記すくらいである。
戦後処理に日本との関係、各国と我が国の関係調整など、この六年間で培った政治の経験を元に記す。別段誰かに渡すためではなく、自分自身で見つめ直すのと同時に暇つぶしだ。
思いのほか手書きで作業すると時間が過ぎていく。
そんな作業をしていた四日めの昼下がり。内線が響いた。
「はい」
『エルマ様、フロントでございます。ただいまお電話を差し上げてもよろしいでしょうか』
「大丈夫です」
『一三〇二号室にご滞在中のラネス王太后様より、エルマ様にお部屋までお越しいただきたいとのご伝言を承りました。恐れ入りますが、ご都合のよろしい際にお越しいただけますでしょうか』
「分かりました。すぐに向かうと連絡をお願いします」
『承りました。それでは、失礼いたします。何かございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ』
受話器を置き、ひと呼吸をする。
宮殿が半壊したことで私邸でもあったソレイ達は住む場所を失い、王室は全員このホテルに滞在している。事実上の宮殿機能をホテルに移転した形だ。
エルマは与えられた部屋を出て、吹き抜けを通ってソレイとラネスが寝泊まりしている一三〇二号室へと向かった。
宮殿機能をホテルに移転するにあたって襲撃事件から生き残り、尚且つ辞職や休職をせずに働いてくれている職員を目にする。
そしてペオによる奇襲から完全武装をしたイルリハラン兵が随所にいて、エルマの移動に合わせてボディガードが随行する。
エルマとしては不要と言いたいのだが、あらゆる肩書きと実績から警護は必須と言われてしっまった。
一三〇二号室の前に着くと、その扉の左右にはやはり武装を施したイルリハラン兵が待機していた。管轄的には宮殿の警護課が担当するのだが、警護課の武装では対応できないとしての緊急の配置だ。
「ラネス叔母上より呼ばれました。中に入れてくれますか?」
「確認します」
兵士は敬礼をすると無線に小声で話しかけた。
「どうぞ。皆様お待ちになっています」
「皆様?」
兵士はドアを開け、エルマは中に入った。
そして息を飲んだ。
最高級の客室ゆえに、フロアの四分の一を使って広い。王室のトップが住むのだから当然の大きさであるが、その広い客室に王室のメンバー全員が集まっていたのである。
フラッシュバックで、エルマに冤罪を掛けられた王室総会の記憶が蘇る。
あの時もエルマが呼び出されて、問答無用でテロの罪を着せられた。
「……もしかして、また私が何かやらかしら情報でも出ましたか?」
つい皮肉めいた問いをしてしまう。
「あの時の事、思い返すだけで自分の愚かさに地面に伏したくなるわ。ごめんなさい」
皮肉に答えたのはラネスだった。その後ろめいた表情から後悔しているのが分かる。
ただ、いくらエミエストロンによって正規の証拠が捏造されたとはいえ、過去の実績を無視して首謀者にされてしまっては寛容なエルマも二つ返事で許すことは出来ない。
「それで、王室が全員……王室総会を開いてどうされたんですか?」
エルマはラネスに返答せずに用件を尋ねた。
「貴方を呼んだのは……」
「母上、それは僕が話すよ」
話そうとするラネスをソレイが遮った。
「……エルマ兄様、これはみんなと話し合って決めたことなんだけど、僕の代わりに王様をしてほしいんだ」
いくつか来る途中で呼ばれた理由を考えていたが、一番低くで一番厄介な要求をしてきた。
「…………とりあえず理由を話してくれます?」
ここで反射的に思ったことを言っても場を乱すだけだ。話を進めるにしてもまずは全部言わせる。
「先のテロ事件で、私たちは王権の中核を失いました」
さすがに語るのはラネスのようだ。ソレイが説明するには言葉を探すのが大変だろう。
「王位を継承したソレイは、まだ王として活動できるとは言えません。これまで王になろうと努力してきたものの、あらゆる面で経験も力も不足しています。私を含め、王室の者たちはこれまで政治に直接関与してきませんでした。しかし、エルマ、あなただけは違います。あなたは全権大使として長年にわたり外交に携わり、政治の実務経験を積んできました。また、軍人としての経歴から精神的な強さも備えています。そのため、あなたに一時的に王位を預かっていただきたいのです。そして、ソレイが王としてふさわしい年齢と能力を身につけるまでの間、国を治めていただけないでしょうか」
テロとユーストル争奪戦に関する後始末。その後の日本との外交。世界同時ブラックアウトからの国際的復旧作業。各国の国力の変遷への対応。アルタラン再建と、イルリハラン王がすることは多数にある。
確かに全てが未熟のソレイがするには荷が重すぎる。
「話は分かりました。けど、知っての通り王位継承権は男子直系のみです。私は王室で男であっても直系ではないのに、どうやって王位を預かれと?」
知っての通り、エルマは母親がハウアーの姉だ。血としては近くとも男子直系からは外れていて王位継承権が生まれながらにない。
「それは法務長官に確認を取りました。前例はありませんが、一時的に王位を貸与することは憲法上でも問題ないそうです。憲法で定めているのは『継承』であって『貸与』に関しては言及していません」
「法の抜け道ってことですか」
「もちろん禁止していないだけで可能ではないので、別途法制定は必要です」
「……全員その考えを支持してるわけですか?」
全員が頷いた。直系ではないにしても王室には男性があと二人といるが、自分自身は成るつもりはないようだ。王と言う頂点の地位に立てる立場であっても、成った後のことを考えると自薦はしたくないのだろう。
王と言っても好き勝手出来るわけではない。ブレーキ役として議会があるし、法を無視できる勅令も監査委員会で止められてしまう。
国を私的に使うことが出来ない仕組みにしてあるから、王権欲しさに我こそはと言いたくないのだ。どちらかと言うと面倒ごとばかりが圧し掛かってくる。
「エルマ、不本意であることは重々承知しています。ですが、客観的に考えて王としての器を持っているのは王室の中で貴方だけです。王位継承者が受ける帝王学を学んでいなくとも国を思い、国民を守るために動いたエルマの王位貸与に反対する人は議員を含めていません。イルリハラン王国のため、王位を預かってください」
ラネスは深々と頭を下げた。少し遅れてソレイ以外の王室メンバーも頭を下げる。
ソレイが頭を下げないのは対応する願望を持っても現王だからだ。王は同格の者以外には頭を下げてはならないから、決して傲慢からではない。
「……具体的にはいつまでですか?」
「エルマ、貴方は今三十歳よね?」
「はい」
「貸与期間はソレイが今の貴方と同じ三十歳の誕生日を迎えた日までです。王位貸与を可能とする特別法にも期間は明記して、必ず王位を返還するように期間延長は認めず改正に関しても国民投票を条件に盛り付けます」
つまり、エルマが王として君臨し、期限を迎えても王を続けるには議会だけでなく国民も味方につけなければ不可能と言うわけだ。大抵、欲を持って王をするとなると支持率は低くなるから、よほど国民に愛される王となり、尚且つ自分自身が王をする意思を示さなければ十七年で王位は返還することになる。
「十七年……王をやれと」
「はい」
「……ソレイ陛下、貴方はそれを望んでますか?」
まだソレイの気持ちを聞いていないエルマは静かに尋ねた。
もしかしたら周りから言わされて、本音ではやりたいのにそうされてるかも知れないからだ。そうだとしたら周囲は王と言う肩書を軽んじてることになる。
「うん」
ソレイはまっすぐエルマの目を見て答えた。言わされたり意に反しての表情ではない。
「伯父上と父上が亡くなって、いきなり王様になって、悲しんでる時間もないまま王様として頑張ったけれど、分からないことだらけでこれでいいのかってずっと悩んでた。母上や周りの人たちに教わりながらしたけど、自分で決めることより周りに言われたことばかりで、これって僕が王様をする意味あるのかなっても思ってたんだ」
幼いゆえに国家を支えるにはその小さな肩では荷が重すぎる。政治なんて特に特殊性が高いから一般教養の、それも中学生レベルであるソレイには異世界過ぎた。が、ソレイ以外に継承者がいないのも事実でそうなるしかなかった。
「だからもっと勉強をして、色々なことをやって、自信を持ってもう一度王様をやりたいんだ」
「王をやりたくない気持ちはないんですか?」
「うん。ずっと前から父上から言われてたし、そうなるんだって分かってたから。けど今は王様をしても迷惑しか掛けないから……ブラックアウトが起きてからもほとんど自分で決められなかった。だから大人になったらちゃんと自分で決めたい」
ソレイはソレイなりに王に即位してから今日まで悩んでいたようだ。
「……分かりました。引き受けましょう」
エルマは一択しかない選択肢を考えて考えて返答した。
この選択肢に対して拒否はそもそも出来ない。王を含む王室総会が決めた決定事項を、同じ王室であるエルマに伝えているのだ。お願いをされていてもテロの主犯と断定されたときのように確定事項であり、拒否したとしてもそれが通ることはない。
ではなぜ考えに考えたたのか。それは返答に対してでも、返答後のシミュレーションでもなかった。
エルマの返答にソレイやラネスは安堵の表情を見せる。これで重荷から解放できる、とでも思ってるのだろう。
「王位貸与は引き受けますが、私の想いを言わせてもらってもいいですか?」
普段温厚と自負しているエルマであるが、部屋に入ってからは微笑みすら見せていない。ハトコのエミリルは異様な雰囲気に気づいたのか許諾を聞いても眉をしかめたままだ。
「想い、ですか」
「この王位貸与を非常事態下の国家のためなどと大義名分……私にしか出来ないような美談のような口ぶりで仰ってましたけど、結局は一連の責任と面倒を私に丸投げしてしまおうってことでしょう?」
まさかエルマの口からそのような否定的なセリフが出ると思わなかったのか、王室の皆からどよめきの声が漏れた。
「男子直系ではないにしても、キルツ様とハン様が名乗り出ないのが何よりの証明だよ。一回りも年下に国家危機の責任を押し付けようとしているんだから」
「おいエルマ、それは言い過ぎだ」
「何も考えてないとでも思ってるのか!」
名指しで非難されて王室の中でエルマ以外で唯一男性王族であるキルツとハンが反論する。
「では王をしてください。年齢的にはお二人が適任なんですから」
すると二人は黙り込んだ。
「これが答えですよ。王に成れても共にやってくる責務は負いたくない。これで丸投げ以外どう言えと?」
「エルマ、不満は分かりますがそれは言い過ぎです」
「ラネス叔母上にだけは言われたくありません。私の活動を無視してデジタル証拠のみを信じ、矛盾があるにもかかわらず私をテロの首謀者にして、それだけでなく共に行動してくれたリィア少佐たちも共犯にしたのですから。はっきり言って、貴女は現場をめちゃくちゃにしただけです」
「それは……反省してます」
「結局のところ、王室と言う揺り籠にいて王位とは無縁だから品性さえ保てれば責任なんて負わなくていい。それが考えることをやめて私に丸投げする理由ですよ」
ここぞとばかりにエルマは王室そのものを非難する。
エルマは王室であっても、王室の仕事である行政のお目付け役をせず、肩書きを無視するよう徹底して軍の新兵から成り上がって来た。
エルマだけは王室を客観的で一般人目線で見て来たのだ。それ故に王室の危うさを見ていた。
王室はイルリハラン王国の看板だ。王室の振る舞いがイルリハラン王国の評価となるため、下手に就職させて痴態をさらすようなことは出来ない。そのため他国への外遊や国内のイベントの参加など、見栄えさえよければよい公務以外では、行政のお目付け役として座すだけで言い要職を与えられていた。
一般人は毎日苦労して働き、汗水流して金銭を得てるが王室はぬるま湯の世界で生きて来た。つまるところ責務とは無縁で、楽に生活をしてきた。
ハウアーやリクトは王位継承権を持っていたから、成人になると帝王学を学んで国を統べる準備を進めていた。国を統べる者。品性を保つ者。その考えの違いが責務の受け取り方に大きな違いを産んだのだ。
「エルマ兄、それはさすがに言い過ぎよ」
エミリルが反論する。
「私達だって王室としての責任はあるわ。言葉一つで国の品格を落とすんだから、王位継承者以外は無責任な言い方はしないで」
「ならこのテロが起きてから『王室』は何をしたんだ? ブラックアウトが起きてから皆は何をしてた? 詳細は聞いてなくても王室は宮殿から出ていないって聞いてるぞ」
「それは……外は危ないからと……」
「国が大混乱しているからこそ精神的支柱に立つのが王室の役目じゃないのか? 治安が不安定だから王家が率先して動いて安心感を与えるのが『王室』の責務じゃないの?」
宮殿として王室が万一暴徒に襲われたらと危惧して外での活動を禁じたのは理解している。しかし、現代社会の基盤となるネットシステムが停止して国民は何も見えない暗闇に晒されたのだ。せめて政府や王室は国民に寄り添っていることを見せるべきだった。
テレビを見ると多くではないが王室に対して不信感を示す言葉をいくつか見られた。
情報統制か素の割合なのかは分からないし、王室を無条件で信じる人が全員とは考えていない。だが、混乱しているからこそ王室にしか出来ない仕事をするべきではないかと、エルマは王室の行動を聞いて思っていた。
「それは貴方は世界を守って、私たちは無能にも引き籠っていた嫌味ですか?」
「平時なら今のままでよくても、もうそんな時じゃないってことを分かってほしいだけです。このまま私が何も言わずに王位を貸与されたら王室は何も変わらない。自分たちは責務はないから王位継承者に任せて、自分たちは王室のガワさえ守ればいいって保守的な考えを続ける。王位継承者がソレイだけで、しかも今はまだ早いけど自分たちがやろうとせず、総会にも参加させずに私に任せようとする。その考えがダメなんだと分かってほしいんです」
平たく言えば無責任なのだ。王室と言う権威に甘やかされ、王室を守ると言う体を見せつつも建て前だけで結局は王を頂点とする行政に丸投げ。そしてその王が危うくても、王室はさっさと適合者であるエルマにさらに丸投げした。
これではいずれ尻ずぼみして王政そのものが崩壊してしまう。
それも時代の流れなのかもしれないが、怠慢で崩壊するのは許せなかった。
だからエルマは想いを告げた。長年続いた制度ゆえの現実であるが、その制度が今回崩壊したのだ。法は変えられずとも意識は変えるべきなのが、日本との交流を六年以上異星国家と外交をして持ったエルマの考えだ。
「……エルマは私達に何を望むの?」
「認めてください。私に王位を貸与するのは責任の丸投げだと」
王の器だの国のためなどと美談的なことを言っても、根底の思惑はそこだ。
そこを決定した王室総会が認めなければ、エルマの王としての進みは始まらない。
ソレイ達に無能を認めさせると恥を掻かせるが、これは必要な儀式だ。
「その代わり、その責任は全力で背負い、先代たちに恥じない王としての職務を遂行することを誓います」
エルマは自分の胸に手を当てて宣言をした。
恥を宣言させるのだ。エルマも相応の重荷を背負う。
「……エルマ兄ちゃん、何もできない僕らの代わりに王様をやってください」
ソレイ王が頭を下げた。
「エルマ、国内外の問題を丸投げする無責任な決定を許してください」
続いてラネスが頭を下げ、他の王族も頭を下げた。
決して優越感は覚えない。これによってエルマは王と言う大きな権威と権力を持つと同時に、国を支えなければならない義務を負った。
「請け負いました。王位貸与法制定後、ソレイ陛下より一時的に王位を預かり、期限までの間は全身全霊で王を務めさせていただきます」
イルリハラン王国の歴史上例を見ないやり取りだ。
しかし、新たな幕開けでもある。
エルマはソレイに近づいて手を差し出した。
「ソレイ、これまでご苦労様。がんばったね。あとは君がちゃんとした王になるまで肩代わりをするよ」
「ごめんなさい。それとお願いします」
「うん」
ソレイも手を差し出し、現王と代理王は握手した。




