第173話『明日への夜』
外からは生体認証のみで開くセーフルーム。しかし中からは楽に開けられる構造になっていた。
セーフルーム内は完全に完結したインフラ設備になっており、周囲に毒ガスが捲き散らかされても五日間は安全に避難生活が出来る。
そしてカメラと監視モニターが備え付けられており、入り口付近の様子をエルマ達は見続けていた。
瓦礫に埋もれて画面は真っ暗であったが、太陽とは違う人工的な光が差し始め、ついに救助隊員と思われる格好の人が扉の前へとやってきた。
出来ればすぐに出たいが、ネムラである可能性がわずかでもあってすぐに開けられずにいた。
そこで鳴り響いたのが九回連続での打撃音だ。
普通叩くなら三回前後だ。そうではなく九回連続であることが、カメラに映らずとも鳴らした相手がリィアまたはラビオト達であることがすぐに分かった。
九回の意図に気づいたエルマはすぐに小銃の後部で十二回天井を打ち付けた。
するとモニター画面にリィアの姿が見えて、セーフルームにいる人々は外に出る準備をする。
最初に出るのはエルマだ。
『エルマ、俺だ。中にいるのがお前ならドアを開けてくれ。ここに脅威はもうない』
防具を身に着けた状態でなんとか通れるくらいの大きさの扉を開け、エルマは外に出る。
出迎えてくれたのはリィアだ。
「リィア隊長、待ってました」
「よく耐えたな。ソレイ陛下は?」
「いますよ。ソレイ、大丈夫だから出てきて」
エルマは扉に向かって声をかけて手を伸ばすと、部屋から小さい手が伸びてエルマの手を握り、最重要保護対象であったソレイが出て来た。
注がれるライトの光で目を補足しながら出てくるソレイを見て、周囲から歓声が上がった。
この国で唯一王権を持つのだ。王室への好感度や年齢ともあってその喜びようはすさまじいものだった。どんな心情であれ、生還を喜ばれるとエルマもうれしくなる。
続いて出たのはラネス王太后だ。
セーフルームには六人避難しており、ラネスが出た後に共に抜け道を通ったシィンとメオスナが出て来た。
最後に出て来たのはエルマ達も予想外だった人物だ。
「あんたはフィルミ。あんたも避難してたのか」
リィアが驚くのも無理はない。エルマ達もセーフルームに来た時には驚いたものだ。
警護が入り口で見張っているのではなくフィルミが一人で、それも非武装で佇んでいた。彼は襲撃の報を受けてからすぐにソレイとラネスをセーフルームに避難させ、自分は入り口の前で囮として少しでも弾と時間を使わせようと待っていたのだ。
そこにエルマ達が来て、彼の考えが大きく狂うこととなった。
「避難するつもりはなかったんですがね。エルマ様達に無理やり押し込まれました」
「フィルミの思想を考えるとソレイに危害を加えることはありませんからね。私の責任で部屋に入れました。救えるなら一人でも救わないと」
「そうか」
フィルミが犯した大罪の動機はイルリハランと日本が密接な国交関係を持つことを危惧したからで、その密接な関係が出来てしまっては意味はない。国交樹立後に関係を断裂させる方法はいくらでもあれど、関係を持つ前と持つ後では国力や国際社会への影響、それらを鑑みると断裂に国益は無いことくらいフィルミは理解している。
なにより最後の王位継承者だ。国のために尽くしたフィルミが、最後の王位継承者であり未成年のソレイに手を掛けることは、日本が転移してくる確率よりも低いだろう。
だからエルマはすぐに避難させたのだ。今後の政治のサポートも含めても彼を死なせるにはあまりにも惜しい人材だからだ。
「……リィア隊長、ガンビは?」
「戦死した」
「そうですか……」
「リィア少佐、遠地から駆けつけてくれてありがとう」
簡易的な状況確認をリィアとしているとソレイが声をかけて来た。
「陛下、ご無事であられること、心より安堵いたしております。しかしながら、宮殿を守り抜くこと叶わず、誠に面目次第もございません」
「いえ、皆さんが来なければもっと酷かったから気にしないでほしい」
「寛大なお言葉、痛み入ります」
「ソレイ王から離れろ!」
安否を確認してようやくホッとできるもつかの間だった。場の空気が一瞬で張り詰め、上を見ると周囲を囲むようにして兵士がいて小銃を構えていた。
とっさにエルマはソレイの前に立って影に入るようにする。
ソレイには万一に備えてエルマのNichiを持たせているから、何の目的で銃を構えているとしても安全は確保できるだろう。
「フォン・ロー・ハーケット大尉? そんな尉官はいないと返答があったぞ!」
周囲を囲む兵士の中にいた佐官が知らない名を叫んだ。
「ちっ、もう調べたか」
リィアの反応からエルマは大体のことを察した。
「リィア・バン・ミストリー、お前たちにはテロリストとしての容疑が掛けられている。この宮殿襲撃はお前たちが仕掛けたことじゃないのか!」
真相と経緯を知らず、チャリオスが仕掛けた工作を信じるならそういう考えに至る。
宮殿爆破も襲撃も自分たちが先導して仕掛け、王を救出する自作自演をした。味方が敵であれば王を殺すのはわけない、と。
「ソレイ陛下、ラネス様、その者たちから離れてください!」
「おい、俺たちがどれだけ苦労して……」
「お前たちは抵抗せず手を上げろ。さもなくば撃つ!」
セーフルームの上にいるヤリットたちが動こうとする前に銃を構えられる。多勢に無勢で動くのは勇敢ではなく無謀だし、味方同士で暴れても無意味とヤリットたちは両手を上げた。
「銃を下ろしてくれ!」
緊迫する空気の中、それを壊す若い声色が響き渡った。
ソレイが叫んだのだ。
「エルマ兄様やリィア少佐たちはテロリストじゃないんだ」
「どういうことでしょうか」
「その言葉のとおりです。エルマを始めリィア少佐はテロリストとは一切関わっていません」
追撃をするようにラネスも同じことを言う。
「リィア少佐たちは極秘任務をお願いしていたんだ。それでテロリストのレッテルを張る必要があって、チャリオスを調べていた別動隊にテロリストに関与したようにさせたんだ」
「エルマを始めリィア少佐たちは正真正銘イルリハラン王国の英雄です。ですが、国家のための嘘とはいえ国民を騙したことに違いはありません。極秘任務のため詳細を公表することは出来ませんが、この場を借りて国民の皆さんに王室としてエルマ達の身の潔白を宣言します」
これはセーフルームに避難していた時に話し合って決めた、エルマ達に掛けられた嫌疑を一気に解消する方法だ。
幸か不幸か嫌疑の発端は王室総会からで、そこが撤廃すれば自動的に国内外で嫌疑は晴れる。その撤廃の合理的な理由付けとして出たのが『極秘任務』だ。
嫌疑を掛けられたのが王室の一員であり、尚且つ軍人のエルマだからこそ後付けの言い訳として、裏切り者になるのを前提としなければならない任務を命令した、と出来るのだ。
極秘任務と銘打ってしまえば警察も軍もメディアも追及できない。非常に便利な言い訳だ。
どれだけの人々が疑うかは分からないが、王が宣言すればそれで終わる。
ある意味この戦争のきっかけとなったエルマ達の不名誉は払しょくされた。
「だからリィア少佐たちを捕まえてはだめだ」
「はっ! 承知しました!」
王の命令は絶対だ。王自らが嫌疑は嘘と断言し、拘束をするなと言われれば従うしかない。
が、一人大事な人のことを言い忘れている。
「ソレイ、あと彼女のことも言わないと」
「あ、そうだった。今の極秘任務のことで、もう一人いたことを忘れてた。エルマ兄様より少し前に不名誉除隊にしたルィル准尉も、エルマ兄様たちと同じ任務についてもらっていたんだ」
王として威厳を見せようとしてみまだ十三歳の子供だ。言わなければならないことをつい忘れてしまい、急いで追加でルィルの名誉も回復させる。
ついでと知ればルィルはどう思うかは分からないが、それでもこれで全員軍に戻ることが出来る。
素直に喜べないほど被害は大きいが、果たすべきことは出来た。声には出せずとも心の中で喜ぶなら罰は当たらないだろう。
「やりましたね」
「ああ、やったな」
助け出されるソレイとラネスを見て、エルマとリィアはそれぞれ背中を軽く叩き合った。
「リィア隊長、ラネスおば様から伝言です。騙されたとしてもテロリストと嫌疑を掛けて申し訳なかったと。機会を作って謝罪すると言ってました。早くこのことをルィルさんにも伝えたいですね」
「まあな。ともかく王が助かったことはラッサロンも日本にも伝わってるだろうから、俺たちの仕事はこれで終わりだ」
「くたびれた」
「だな」
「シャワー浴びたい」
「俺はたらふく飯食いたい」
「妻に会いに行きたいよ」
「お前結婚してたの!?」
「してらぁ!」
とメンバーたちは緊張の糸を解いていき、各々思ってることを口ずさむ。
まだチャリオス本島がどうなったのか分からない。
逃げたバーニアンは殲滅することできたのか分からない。
ユーストル戦域でグイボットがどうなっているのか分からない。
けれど、エルマ達の出来ることは終わった。もう出来ることはない。
だからあとは任せた。
そんな気持ちで、エルマ達は空に立つこともやめて瓦礫の上に座り込んだのだった。
*
日本、東京、首相官邸、総理執務室。
二十時。
羽熊は職員の案内で総理執務室と札のある部屋の前へとやってきた。
職員はノックをして羽熊が来たことを伝える。
「どうぞ」
職員は大きくドアを開けて羽熊は執務室の中へと入った。
「羽熊さん、すみませんお呼び立てして」
代理とはいえ総理大臣だと言うのに、若井は羽熊を見ると威厳さを感じさせない態度で話しかけて来た。
「いえ、もう私にできることは何もありませんからね」
前もって来るように言われてなければ義実家に帰るつもりだった。戦闘開始からずっと情報収集センターにカンヅメで、妻の美子や娘の亜紀とも会っていない。だから早く帰りたかったが友人の誘いも断れない。
いまから一時間前に若井は総理としてチャリオスとの戦闘が終結したことを正式に表明した。
チャリオスが転移して消えたのは午後二時前だが、ソレイ王の安否が分からないため表明を後回しにしたのである。
「若井総理、お疲れさまでした」
「お互い様ですね。これでようやく肩の荷が下せます」
戦闘中は総理だった顔も、友人の前ではその仮面を外して年相応の顔をしている。
「どうぞ座ってください」
若井は執務室中央にある応接セットのソファを指した。ドラマとかでしか見ない格式の高い人たちしか座れないソファである。
まさか自分が本物のソファに座るとは思いもしなかったが、羽熊は一言礼を言って座り、若井は上座に座った。友人同士であっても場所が場所だけに肩書きは外せない。
羽熊はそんな些末なことは気にせずに思うことを口にする。
「あの決死の核爆弾を撃ちだす作戦から、一気に好転して終わらせられましたね」
「怒涛の、間違いなく人生で一番濃い六時間でしたよ」
日本が持つ核兵器をイルリハランのバスタトリア砲で撃ちだし、電磁パルスでエミエストロンを破壊する。
そこから六時間で一挙に戦闘は終了へと向かい、午後七時に若井は日本及び世界に向けてチャリオスとの戦闘行為が終了した会見を行った。
若井は指折りで事案を呟く。
「チャリオス本島の確認。ムルートの対応。グイボットの駆除。ルィルさん達の救助。ソレイ王救出の確認。特にグイボットの駆除は堪えましたね。一体すら残さずに絶滅させないといけないんだから。天自の人たちはやってくれました」
五つの事案の中で最優先でしなければならないのがグイボットの駆除だ。
「本当かどうかはともかく、空飛ぶグイボラを野放しにすることだけはフィリア社会のためにも出来ませんからね。ラッサロンの援助もありましたが駆除は出来ました」
「もう一体も残ってないんですか?」
「レーダー上では残ってませんが、地上スレスレでは分からないこともあるので今後一週間は厳戒態勢をラッサロンの艦隊と共同でし続けます」
一体でも残れば一年後には何千万となって帰ってくる。月に三個を五年間産み続け、すぐさま埋めるようになるのかは、そもそもバーニアンの主張で生物学的根拠はなにもない。
しかし、リーアンの天敵であるグイボラに飛翔能力を持つのは脅威でしかないのだ。繁殖能力に関わらず駆除する理由となる。
「さすがに軍事力の前にグイボットはどうにもできないですね」
「リーアンの天敵と言っても獣ですからね。エミエストロンで統制の取れた動きをしなければ勝てます。ムルートもギリギリでした」
グイボットは対人兵器では効果は少なくても、対物兵器であれば致命傷になる。対人より対軍の兵装を持つ国防軍やイルリハラン軍を相手にすれば生かしてはならないただの動く的だ。
チャリオスが転移した時はまだ六百体以上いたが、日イが共同で駆除に乗り出すとわずか五時間ほどで全滅させてしまった。
まだ若井が言ったように、レーダーに映らないように隠れてる個体もいるかもしれないから当面は監視し続ける必要がある。
しかし裏切り者のレッテルを張ってまで敵地に侵入したルィルたちも、先ほど天自の護衛艦が救助してラッサロンへと送り届けられ、無事イルフォルンに転移したエルマ達によってソレイ王も助けられた。
ムルートに関しても、グイボットを積極的に狙って捕食しているのと、ムルートを処理する前にチャリオスが転移したことでしばらくは放置し、後に誘導してユーストルから出すこととなった。
以上を持って式典会場爆破から始まったテロ事件は終わったのだ。
「ただ、まだバーニアンの子孫がどこかで生き残ってる可能性があるので、逮捕は出来なくても居場所は突き止めねばなりませんが」
「それは私も思ってました。五十年以上も時間を掛けていて、バーニアンを一か所に集めるようなことをするはずがないって」
「ええ、万が一負けた時の保険として子孫を世界各地に残しておいて不思議じゃありません。エミエストロンを使えば戸籍も資産も思いのままですし」
準備期間が短期間ならその心配は低くても、バーニアンが生まれたのは七十年以上前だ。それだけの準備期間と、エミエストロンがいれば全く痕跡を残さずに仲間を世界のどこにでも住まわせることが出来る。
しかも元来は発光しない頭髪を発光させる医療技術もあれば、外見で特定するのも難しいだろう。
いやらしいのが確証がないことだ。エミエストロンを探すのと同じように、規模が世界中となると不可能と言えるし、関与していなければ現時点では何もできない。
人種差別になるし、罪も犯してないのだから。
「そこは早いうちに世界規模での連携が必要になりますね。敵のエミエストロンが手に入れば探しやすいんですが」
「今は深海の底ですからね」
ここで話してもこればかりはヒントがゼロではどうしようもない。
若井は話題を変えた。
「羽熊さん、この後車には乗りますか?」
「いえ、家まで送ってくれるので乗りませんが」
「ではこれを飲みましょう」
そう言って若井は執務机の後ろにある棚の一つを開けると、そこには小型の冷蔵庫があった。小型冷蔵庫を開けると中には瓶が入っており、二つのコップも持って戻って来た。
「勝利の美酒です」
「日本酒ですか」
持って来たのは芳醇旨口で有名な日本酒だった。若井の私物なのか備え付けなのかは分からないが、執務室にお酒があるとは意外だ。
「総理と言うのは知っての通りストレスとは切っても切れない仕事ですからね。逃げ口ってわけじゃないですけど、歴代総理もこうした嗜好品を忍ばせてたそうです」
「バレたらやばいんじゃありません?」
「基本的には終業したあとに一人で飲んでます。誰かと飲むことはしないので晒されることもないですね。それにちょっとした背徳感もありますし」
若井はそう言って悪そうな笑みを浮かべた。
「……まあ、今回くらいは大目……に見られるかは分からないけど、炎上には付き合いますよ」
もし総理と二人で酒を飲みかわす写真を撮ってネットに挙げれば、犠牲に遭った人たちがいるのに何事かと炎上してしまうだろう。
総理も一人の人間だ。制度によって総理となり、苦悩に苦悩を重ねて得た勝利に対して祝杯を挙げてなにが悪いと言い返したいが、その他大勢の人々はそれを無視して各々の価値観で攻めてくる。
もちろん写真を取るつもりもなければネットに書き込むつもりもない。
ただただ戦闘が起きて勝利し、その祝杯を友人と上げる。そのつもりで羽熊はコップを受け取った。
「今だけは総理と議員と言う肩書は忘れてください」
「……分かった。そうするよ」
互いに畏まった態度はやめて、ただの友人として酒を注ぎ合った。
「この日本酒さ、転後に作られたものなんだ」
「へぇ。国土転移してから六年も経てば転後のお酒も出来るか」
「相当大変だったと思うけど」
注がれた無色透明の日本酒をのぞき込みながら羽熊は呟く。
転後直後の経済は悲惨の一言だ。国交樹立して物資の輸入をしなければ干上がるが、そうでなくてもレヴィアン問題で物流や事業が停止して、それだけでも世界ブラックアウトのような被害を出した。
そこから六年でレヴィアン問題以前の五分の四まで回復したのは、普通に戻そうと国民全員が努力した成果だ。
「では勝利に乾杯」
「乾杯」
カン、とコップを当て合って一口飲む。
一口含むと、まろやかな甘みと奥深い旨味が舌の上に広がり、鼻へと抜ける芳醇な香りが心を満たす。ほんのりとした酸味が後味を引き締め、余韻がゆっくりと続く。
「うん、旨い」
「普段飲むのと今のじゃ、全然味が違うな」
「そりゃあ、この四週間、特に若井さんはめっちゃ神経すり減らして、普段とは全然違う日本を回してたんだもんな。そっから解放されたら、そりゃおいしいに決まってるよ」
「ようやく総理代理としての責務も終われるよ」
「……辞任するのか」
「もちろん。元々官房長官だったのが、総理と副総理が死去したことで代理として務めてただけなんだ。テロが解決したのならもう総理代理をする理由もない。辞任表明をして次の総理を決めなおすよ」
「そっか。この二ヶ月お疲れ様」
「ありがとう。私がここまで頑張れたのも羽熊さんや泥船でも支えてくれたみんなのおかげだよ」
「泥船って……まあ他の議員からすればそう思うか」
「ズバッと言うな」
「けど、少なくとも俺は信じてたよ。他の議員は知らないけど、若井さんは熱心に議員をやってるのを知ってるからな」
「だからやりきれたよ。でも、総理を辞めても責任から逃れるってわけじゃないけど」
「責任?」
「核兵器使用についてさ」
若井は日本酒を一気に飲み干した。
そして簡単に核使用の責任について説明してくれた。
若井が総理辞任後に戦後復興担当大臣として戦後処理と核兵器使用の説明と対応を各国にすることを確約することで、各野党党首が動員の説得を約束するとのことだ。
要約すれば、国会で核兵器使用を容認しても全て若井一人に責任を押し付け、条件付きの認可としてその他の議員の責任逃れをさせる。それを根回しでしていたことで短時間での国会承認を成したらしい。
「それはあまりにもひどいんじゃないか?」
核兵器使用を全会一致にしたのは、使う難易度を上げるだけでなく責任を総理や政府だけでなく国会全体にするためだったはずだ。
日本が核兵器を使うと言う過去の悲劇を自ら持ちうるから、それを一時の総理や政府の判断でするわけにはいかない。しかし抑止力として持つ必要があるから、認可を全会一致にして国会議員一人ひとり全員が覚悟と責任を負うとして法整備された。
なのに認可はしても責任を請け負う条件を総理が出したから他の議員は責任を取らないとは、急いでいるとはいえ無責任と言える。
無論、だからこそ短時間で最難関の核兵器使用の認可を下ろせたのだが、結果を出した以上は若井一人背負うのはあまりに惨い。
羽熊はやるせない気持ちとなって、コップ半分の日本酒を飲み干した。
「勝つために必要不可欠で被害は最低限であっても、非核や反戦を公言している議員を動かすには責任逃れをさせるしかなかったんだよ。それでも確実性はなかったけど、作戦が成功すれば自分たちの覚悟と判断によって勝利に導いたと宣伝も出来る。私一人が苦労して勝利できるなら安い代償さ」
二杯目を注いだ若井は、コップを回して透明な日本酒を眺めながら、達観したことを言う。
「そうやって正義感に燃える議員が、老獪な議員たちに食われて呑まれて潰れていくんじゃないのか?」
「政界ではそれがスタンダードだからね。それでも議員の世代交代は進んでるし、地球時代じゃうまく回れてもフィリア社会じゃ回れなくてしがみ付けなくなった議員もいるよ」
「今回のことでまた変わるのかな」
「変わるよ。戦争は良くも悪くも世論を変えるから」
「そう願うよ」
「さ、しんみりする話はそれくらいにして、今は勝利を喜びましょう」
「だな。おつまみってある?」
「切り替え早っ」
「はは」
そうして静かな祝杯は続く。
*
ラッサロン浮遊基地にある、とある部屋にルィルは入った。
「ふぅ……」
入った部屋は、かつてルィルが使ってた自室だ。
不名誉除隊で退役したことですでに自分の部屋ではなくなっていたが、人員の補充がなかったことで部屋はそのままらしい。
下士官であれば相部屋でも尉官になると個室になる。准尉となったルィルには個室が与えられ、私物は全て撤去して殺風景な部屋だ。その部屋のベッドへと腰かけて一息つく。
時間は午後九時を回る。
チャリオス本島の転移後、ルィルは駆け付けた日本の軍艦に救助されてラッサロン浮遊基地へと帰島した。
その時には日本からラッサロンに向けてルィルの事情は伝えられていて、日本の防衛省に情報を売ろうとしたことが露見した時から受けた罵詈雑言に対しての謝罪をされた。
情報漏えいからエルマから伝えるわけにはいかず、ルィルがスパイとバレて以降に伝えられたらしい。薄々そうではないかと感づいてはいても正式発表な分、ルィルが不祥事をしたことが許せないのが大きかったらしい。
帰島後は事の経緯の事情聴取を受け、ようやく解放されて部屋に戻って来たのだった。
「疲れた」
あまり弱音を吐かないルィルも、スパイとしてチャリオスに侵入することを決めてから今日まで気を緩めることが出来なかった。
ようやく。ようやく長い長い作戦から解放され、ルィルはベッドへと倒れ込んだ。
「……父さん、ティア……」
全てが終わっても、ルィルの心は晴れない。晴れてくれない。
父カリムを助け出すことは出来ず、目の前でティアを死なせてしまった。
自分自身は向こうの不注意によってところどころの内出血程度で済んだが、他の未解雇者も含めて同じように助けれら他のではないかと自問自答してしまう。
この世に〝もし〟はない。常に結果しかなく、〝もし〟を無限に考えてもそれはただの逃げでしかないのだ。
何をどう考えても死んだ人間は生き返らないし、ルィルに対してどう考えているのかも聞くことも出来ない。
ただ自分で答えを出して受け入れて消化するしかない。
「助けられなくてごめんなさい」
それしか言えなかった。
カリムは歪んで間違っていたとはいえルィルのための行動で、ティアに至っては再就職だった。本心からバーニアンの手先として裏切っていたわけではない。
任務上達成が最優先とはいえ、それでも親と元仲間を見捨てたとなるとやるせない気持ちになる。
「なんとかして受け入れないと……けど……」
死に際のティアの顔が離れない。
画面越しで倒れる父の姿が脳裏に残る。
「はぁ……」
乗り越えるには時間が掛かりそうだ。
一人でいると負のスパイラルに嵌って戻れそうにない。そう感じていると部屋の固定電話が鳴りだした。
「また何かトラブル?」
グイボットもムルートも対処済み。ラッサロン本島が吹き飛んだことも日本の衛星が確認している。
眼前に脅威はないから問題ないはずなのだが、このタイミングでの電話には畏怖を抱いてしまう。
今はそっとしてほしい考えが過り、無視を考えたものの軍人の習慣ですぐさま電話に出た。
「ルィルです」
『通信室です。貴女のお母様から通信が来ています。お繋ぎしますか?』
母と聞いてドキッとする。
当然父がチャリオスに入社して単身赴任していたことは知っている。そしてそのチャリオスがどうなったのか、八時間近く経てば報道されて父の安否を気にするだろう。
だが、ルィルに父について話す権限はなかった。
話せば内容の示唆を外部の人間にしてしまうからだ。そうなるとややこしいことになるから、それ以外で話すことになる。
「繋いでください」
『はい』
『……もしもし?』
数年ぶりに聞く母ミーラ・ビ・ティレナーの声だ。
「母さん」
『ルィル、ルィルなのね!? ケガはない!?』
情報が来ていないようで、母はルィルの様子を聞いて来る。
「無傷ではないけど大きなけがはないわ」
『そう、よかった。チャリオスが戦争を仕掛けたって聞いて、電気が落ちて何もできなくなって、何が起きてるのか分からなくて……でもお昼ぐらいに電気が戻ったの』
一般人である母はモロにエミエストロンの被害を受けたようだ。
「母さんは無事? ケガはない?」
『私は大丈夫。周りと助け合ったからなんとか出来たわ。ルィル、貴女極秘任務で除隊してたらしいけど、チャリオスになにかしてたの?』
ルィルの経緯については救助されたソレイ王によって説明されてる。チャリオスの名は出ていなくても関連付けて当然だ。
「ごめんなさい。任務内容については何も言えないの」
『お父さんがどうなったのかも話せないの?』
「何も言えないの。何をしていたのか、その全てがね」
『……政府の発表だとね、チャリオスは全滅したって言うの。生存者はいないって……お父さん、死んじゃった……の?』
知っている。目の前で見捨てる言動をして、結果死なせてしまった。その苦しむ姿も見た。
「何も言えないわ」
肯定も否定もしない。声色も出来るだけ変えないようにして答えた。
すると受話器の奥から嗚咽が聞こえて来た。
『バカなんだから……ルィルをただ信じてればよかったのに……』
「母さん……」
『反対したの。っ……チャリオスに転職するって話。お父さんが行けば貴女も来てくれるって聞かなくて……なのにお父さんだけ逝くなんて……バカよ。本当にバカ……』
娘が肯定せず、報道では全滅。であればミーラの中の結論はカリムは死んだとなる。
何も言えないのが本当にもどかしいが、任務上除隊してもルィルは軍人として国に忠誠を誓っている。軍規の逸脱は出来ない。
「ごめんなさい」
それしか言えなかった。
『ルィル、貴女は元気なのよね? 死んだりしないわよね?』
「元気だよ。死んだりしないから心配しないで」
『お願いよ。元気でいて、貴女まで死んだりしたら……』
「大丈夫。死なないわ」
『軍人を辞めろとかは言わないから、ただ元気でいて』
「……うん。約束する」
『貴方の声が聞けてよかった』
「これから何度も聞けるよ。今は長く話せないけど、落ち着いたら私の方から……ううん。一度家に帰るから、その時は話そう。何時間でも」
『そうね。ルィル、声だけじゃなくて貴女に会いたいわ』
「私も母さんに会いたいよ」
話していると感情が揺さぶられて目が熱くなる。
「ごめんなさい、あまり長く話せないから切るね」
『分かった。ルィル、極秘任務お疲れ様……でいいのよね? もうその任務は終わった?』
「それも言えないの」
『ごめんなさい。じゃあ連絡待ってるわね』
通話は切れた。
「……ごめんね、母さん」
切れた受話器を見ながらルィルは呟いた。
同時に少しばかり心が落ち着いた。
一番つらいのは母なのだ。情報の暗闇の中ではっきりとしたことがなにもなく、父の死も予想でしかできない。それでも気丈に振る舞って娘のことを思ってくれている。
ならば死を見てきたルィルが嘆いていることなんで出来るはずがない。
母が頑張っているのに娘が落ちてどうする。
「よし」
パァン、とルィルは自分の顔を思いっきり両手で叩いた。
喝を入れ、その落ちた心を振るいあがらせる。
何をどう考えたって起きた事実は変わらないし、痛みの特効薬はない。
痛みを受けたのはルィルだけでなく、世界中で最愛の人を失ったりしているのだ。一人無様に泣いてる余裕はないのだ。
時間は進む。人が進まなければ社会は進まない。
歴史を繰り返さないためにも前に進むのだ。
ルィルは決意を新たに明日の準備をすることにしたのだった。
今年の投稿は以上となります。
詳しい話数までは構築していませんが、あと10回未満で完結となると思います。
残り少しですが、引き続きお付き合いください。




