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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
フェーズ3 ユーストル決戦偏 全36話
168/192

第157話『疑わしきは罰せよ』

 ルィルはチャリオス本島に来てから探索と言う名目で、エミエストロンのありそうな場所と合わせて島内地図とカメラ等の配置を見て回った。

 正規の仕事は日本の暴露によって早々になくなり、日本に対してのレクチャーも終日ではない。

 有り余る時間を使ってルィルはとにかく観察をし続けた。

 ならばこそエミエストロンの場所を探し出すべきなのだが、大っぴらに捜索が出来ないから得られる情報は内部の地理とカメラの配置のパターンくらいだ。

 だからルィルは移動する傍らで常にカメラを視界の端で捉えている。

 ハオラがルィルの言動を理解したかのような問いは、そのカメラを通して監視していると推測できた。

 基本的に通路上では死角はないように配置されているから、こそこそと移動しても居場所は筒抜けだ。

 それでも警報が鳴らず、援軍を追う様子もないから援軍への行動は二択に絞られる。

 見つけていないか見逃しているか。

 それをこれから突き止める。

 そうすればルィルの安全はともかく援軍の安全につながるからだ。

 吹き抜けを移動して上階に上昇するルィルは、そう内心で今後のことを考える。

 と、下層の方で物音が聞こえた。

 ルィルは条件反射に従って下を見た。

 そして身の毛が弥立った。


「っ!?」


 目を見開き、生物的反射で悲鳴を上げそうになったのを口を手で押さえて黙らせる。

 階下から吹き抜けに大量の生物が現れたからだ。

 グイボラ。

 その発生源はチャリオスにあり、それが日本の接続地域に解き放たれていることは知っていた。

 だが、今現れたソレは全く違う。

 ルィルに見せられたグイボラとは小さく、なにより空を飛んでいるのだ。

 生体レヴィロン機関を備えていても空は飛ばずに地中にいるはずが、空を飛んでそれが何十体と途切れずに出てくる。

 そのあまりの光景に、ルィルは逃げ場を求めた。

 飛び出て来たグイボラは水流のように向かいの壁に近づくと上下階への移動と同階の通路に分かれ、何体ものグイボラがルィルの方へと向かっていく。

 近くに見える上階の通路へと全速力で進み、背面移動しながら銃を吹き抜けの方へと構えた。

 状況判断をする余裕はなく、ただ身の安全だけを考える。

 しかし、突然現れた天敵を前に柔軟な思考領域を持つことは叶わず、冷静沈着なルィルでも任務など吹き飛んで人間学的生存本能に従った。

 ルィルの入り込んだ階層にグイボラが三体入って来た。

 近くのドアに手を当てるもカギがかかって開かない。

 ドアの無い部屋は見当たらず、ルィルは幅の狭い路地へと逃げた。

 そして後悔する。

 通路が行き止まりだったのだ。そのまま路地に逃げずに本道を進めばよかったものを、姿を消すように逃げなければと判断を誤ってしまった。

 もう戻ってもグイボラとの距離が近くになるだけに、ルィルは行き止まりのさらに上部の隅。一センチでも遠ざかろうと全力で全身を押し付けて小さくなろうとする。

 それでも銃口は通路へと向けていた。

 グイボラ発見からここまで二十秒あるか否かだ。

 グイボラが路地の角から現れた。


「……」


 カタカタと銃から部品同士が小捨てる音が奏でられる。

 恐怖で手が震えているのだ。止めようにも止めることが出来ず、引き金から指を離しているから撃つことはないが触れていたら撃ってしまうだろう。

 それだけ理性的に軍人として耐えようとしても古来から刻まれた本能には逆らえない。

 絶対的にリーアンにとってグイボラは天敵なのだ。

 路地の角から出て来たグイボラが路地へと入ってくる。

 グイボラは地中で生きていたから目がない。だがそれでも地中から地表付近にいる物体を察知する感知能力を持っている。遮蔽物があろうとなかろうと察知するから、グイボラからはルィルの存在には気づいているはずだ。

 が、グイボラは路地に顔を向けただけでそのまま通り過ぎてしまった。

「?」

 一体だけではない。五体ほど路地に顔を覗かせてもルィルにはひと目もくれずに通り過ぎて行った。


「……気づいてない? そんなまさか」

 グイボラはリーアンが好物だ。それだけとは言わずとも優先的に狙うほどには好物のグイボラが、ルィルに気づいても無視をするのはありえない。

 この異常にさらなる異常が加わり、ルィルは逆に冷静さを取り戻させた。

「もしかして私の事をスルーしてる?」

 知識でしか知らなかったグイボラの情報は日本に現れたことで更新された。人食に貪欲でそれ以外にも動く物には反応する。

 そんなグイボラがルィルを無視すると言うことは、ルィルを捕食対象として見ていないと言うことだ。

 絶滅種のグイボラを復活させるだけでなく、小型浮遊化と品種改良するのだ。サイボーグ化とは行かずとも行動をコントロールする術を持っているかもしれない。

 冷や汗が止まらず額からは大量の汗が流れ、背中が濡れて肌着が張り付いているのが分かる。

 本能は動くなと全力で命令をしてもルィルは壁から離れた。

 手の震えは収まらず、銃口はブレブレだ。これでは至近距離であっても当たらないどころか反動で落としてもしまうだろう。

 それでも銃をしまう動作すら今のルィルには出来ず、ゆっくりと本道へと向かった。

 路地と本道の角に差し掛かった瞬間、一体のグイボラが通り過ぎた。

「っ!」

 距離にして五十センチほど。手を伸ばせば触れる距離だが、グイボラはルィルを気にする素振りもなく通り過ぎて行った。

 さすがにルィルも確信する。

 グイボラはルィルを餌と見ていない。むしろ見えていないと見るべきか。

 ふと携帯電話の存在を思い出したルィルはそれを取り出してリダイヤルを掛けた。

 掛けた相手は当然。


『ルィル君どうしたんだい? まだつかないのかな?』

「あのグイボラは一体何!?」

 ルィルの状況を知っているからこその飄々とした口調に腹を立て、感情を殺せずにルィルは叫んだ。

『ああ、遭遇したんだね。大丈夫。君は狙われないよ』

 君は。そのフレーズからグイボラは生物兵器にされたことを確信させた。

「……まさか蘇らせたグイボラを生物兵器にしたってこと?」

『詳しいことは上で話そうじゃないか。怖いだろうが大丈夫。ここにいる者たちは全員狙われない』

 ここにいる者たち。であれば侵入した援軍には存分に襲うと言うことだ。

 このタイミングでグイボラが大量に出てきたのも、援軍の行動に合わせる対処と同時に少ない人手を補うつもりなのだろう。

 単純な兵士より愚直に狙うグイボラの方が制圧の面では有効か。

「……分かった」

 援軍がまだ無事なのか、それとももう全滅しているのかルィルには知る方法がない。

 せめてこの会話がまだ無事の援軍に届いて活かしてくれていると願うだけだ。

 携帯電話をしまったルィルは本道を進んで吹き抜けへと向かう。

 どれだけのグイボラがここにいたのか分からないが、まるで水が通れる道にどこでも進むかのように、グイボラも吹き抜けの上下階へと進んでは通れる道へと入っていく。

 そこに生物的な不確定要素はなく、統率が撮れているかのようにバランスよく移動していた。

 そしてやはりルィルには目もくれずに通り過ぎていく。


「本当に人を識別してる」

 脳内にマイクロチップ的なものを埋め込んでコントロールしているのだろうか。躾が出来る動物ではないから、科学的に支配しているのだろう。

「だとしたらチャリオスメンバーは狙われないってのは本当なのかもね。どうやってチャリオスとそれ以外を区別してるのか知らないけど」

 そう独り言をして自己分析する様子を見せながら、発信機を使って援軍に情報を送る。

 少なくともルィルと接触しないところから音声が届いていたのは間違いない。だから既にやられていなければ情報は届いているはずだ。

「けど……」

 襲わないと言っても天敵の側を通る恐怖は尋常ではない。

 三十三歳と決して長くない人生であるが、この恐怖が最高潮だ。

 それでも移動せねばと、ルィルは恐怖と戦いながら移動を続けた。


      *


「グイボラが外に出たようです」

「やはり出たか」

 天女ことルィルの声を聞いているエルマがそう報告する。

「しかも統率がとれているようで全島に広がっているらしいですね。しかも天女を意図的に狙わないように完璧な制御もしてるようです」

「ちっ……空飛ぶグイボラってだけでも面倒なのに、バーニアンの制御下にあるのか」

「その上天女は生き残りの避難をしたことを話して呼び出しを受けました」

「建前としてはそうでも本音はスパイの追及だろうな」

「どうします? 最悪殺されますぜ?」

「方針に変わりはない。俺でも02でも天女でも人質にされようと任務優先だ」

「……了解」


 暗い部屋の中で方針の再確認をする。

 いまリィア達がいる場所は〝でいりゅう〟が放った対艦ミサイルで破壊された浮遊島下部の停電した部屋の一室だ。停電が起きていることで暗く、同時にロックも外れて一時避難場所として隠れていた。

 停電していれば監視カメラや隠しマイクを心配する必要はなく、もちろん妨害装置は起動したままだが精神的休息をとることが出来たのは大きい。

 急襲によるエミエストロンの無力化が失敗し、新種のグイボラを発見した精神的ショックは大きく、僅かでも心を休ませる間は必要だった。

 それでもグイボラやネムラが来る可能性は捨てず、見張りを立てることは忘れない。

「ヘッドクォーター、ヘッドクォーター、こちらナオミ、現在安全と思われる場所に退避中」

『こちらヘッドクォーター、被害状況はどうだ。送れ』

「被害なし。天女の囁きにより、グイボラが島中に広がっていることを認知。外に出るのは時間の問題と思われる、送れ」

『了解。グイボラはこちらで対応を早急に策定する。貴隊はグイボラに関しては保身のみに注力せよ。新種のグイボラの情報は得られたか? 送れ』

「天女の囁きにより新種のグイボラは統率の取れた行動を取っているらしい。調教によるものではなく、何らかの生物、科学技術を用いてコントロールしている模様」

『了解。情報を共有する』

「ヘッドクォーター、天女が未解雇者を半刻前に解放した。保護はされたか? 送れ」

『チャリオス本島から脱出する人の確認を日本軍が報告。保護の有無は不明』

「了解。人数は十八。全員の確認を求む。送れ」

『確認後連絡をする。以上か?』

「以上。終わり」

 状況報告をし、リィアは端末を操作し、島内の地図を探して当てもなく場所を調べる。


「01、最優先処理物が見つからない今、次はどう動く? 島内を移動しようにもグイボラがいたら死にに行くようなものだぞ」

「……島外に退避するのは簡単だが、そうなると再び戻ることは出来ん。多くの協力を経て侵入したのに、何もできずに逃げるわけにはいかない」

「それは全員同じですけど、その上で私たちはどう動きます?」

「グイボラの調査と行きたいところだが、制御下にあるなら俺たちを見つけたら一目散に襲って来る。もしグイボラ同士でネットワークを形成してるならもっと来るだろうな」

「ここにいるのがバレでも死は確定っすね」

「新種のグイボラへの対処がない今、無謀に動いても無駄死にだ。悔しいがここは待つことにする」

 任務を考えれば動くべきであるが、勇敢と無謀をはき違えてはいけない。

 対グイボラ用の武器を何一つ持っていないこの状況で、やらなければと焦燥感から動いたところで待っているのは確実な死だ。

 指揮官として苦渋の判断だが、部下に死にに行けと断じているわけがない。

 コクーンがあっても身を守れるのは連続で数分だ。運よく逃げたとしてもグイボラを連れて戻ってくるわけにはいかないからグイボラがうようよする島内をさ迷わなければならなくなる。

「そうですね。天女の処遇がどうなるのか聞き届けたいですし」

「対人戦ならまだしもあいつらはズルいっすよ」

「だからこそだろ。天敵を味方にして兵士化出来ればリーアンにとっては脅威だからな」

「……全員無線のチャンネルを合わせて。天女が上に着きます」

 エルマの発言でメンバーは全員耳に付けている無線機のチャンネル操作をする。


『ハオラ会長、あのグイボラは一体何!?』

 ルィルがバーニアン幹部がいる司令部についたらしく、近くにいるであろうバーニアントップのハオラに問いかけた。

『来て早々だね』

『当り前よ。新種の天敵がこの島にいたなんて知らなかったし、いてもならないものよ!』

 天敵と相対したことで流石のルィルも感情を押し殺すことが出来ないようだ。

 またはリィア達に情報を与えようとわざとしているか。

『そもそも君は我々がグイボラを復活させて養殖していたことを知っているじゃないか。品種改良していることくらい予想できたと思うがね』

『魔獣を復活をさせているだけでも予想の範囲外よ。その上改良させるなんて……どれだけ敵を作るつもり?』

『もとよりリーアン全員が我々にとっては敵なんだ。容赦するところがどこにあるのかね?』

『その全員ってのは、私やあなた達に協力するネムラも含むわけ?』

『いや、君は特別さ。もちろんネムラも軍門に下って我々に忠誠を誓う者たちもね』

『と言うことはあの空飛ぶグイボラは人を識別してるっていうの?』

『正式名はグイボット。生きたロボットと捉えてもらっていいよ。あれは完璧に私たちがコントロールしている』

『……生きた、と言うことは繁殖するのかしら』

 やはりルィルは情報を自然と得る形でリィア達に伝えようとしている。

『それも生後一ヶ月で三匹を産む。寿命は改良した結果五年と短いが、それでも生涯産み続ける。どれくらい増えるか計算したまえ』

『考えなくても天文学的数字になることくらい分かるわ』

 指数関数的に増えることはすぐにわかり、ルィルは暗算を早期に放棄する。

 逆にリィア達は携帯電話の計算機を使ってざっくりとだが計算をした。


「……一匹から始まっても一年で一千万は増えますね。なのにすでに数百匹から千匹もいるとなると……年間で千億は余裕で増えますよ」

「やつら、この星をグイボラ……グイボットで埋め尽くす気か」

『もちろん個体数の制御も可能だ。無限に増え続けられたら困るからね』

 生きたロボットと表現する以上、あらゆる制御が出来なければ話にならない。個体数の管理も含むから、世界中のリーアンの支配と資源確保の帳尻が合うところで止めるつもりなのだろう。

 それなら世界中をグイボットが埋め尽くすことはないが、それでも絶対に阻止しなければならない生物だ。

『まさに生物兵器と言うわけね』

『有機物と無機物の完全な結合は我々の最高技術の一つさ』

『けど所詮は生物よ。完全な制御なんてどうやって出来るのよ。調教や懐きで言うことを聞くわけではないでしょう?』

『生きたロボットと言っただろう? ロボットなら機械的に制御出来て当然じゃあないか』

「まさかエミエストロンで制御してるのか?」

 千に至る魔獣をコントロールし、億に達してもコントロールできる機器となるとエミエストロン以外に思い浮かばない。


「通常のスパコンじゃあまず無理ですね。ていうか人工臓器だってまだ完璧じゃないのに体内に機械を埋め込んでコントロールするなんてまず出来ない」

「有機物と無機物を合わせた上に膨大な数をコントロールするなら、エミエストロンクラスの演算装置じゃなきゃ無理だ」

「じゃあ何が何でも無力化しないとなりませんね」

「……いや、むしろ逆では? エミエストロンがグイボットを兵士にしてるなら、エミエストロンを失えば野生に戻って制御が出来なくなるんじゃ……」

「そうか。チッ、なんとも実用的な保険を掛けるじゃないか」

「そっすね。社会をシステムダウンさせると同時にグイボットによる保険を掛ける。どっちも何とかしなきゃいけないのに手出しができない」

「ですがエミエストロンの無力化は至上任務です。グイボットの自由化は人類の明確な危機でも、バーニアンが支配するのもまた危機です。であれば危険を承知でも世界が協力してグイボットを絶滅させる方向で行くべきでは?」

 エルマは世界規模の二択を見て、社会基盤の復旧を考える。

 だが、一匹が一年で一千万以上増えるのだ。無力化が出来ると同時に対処も並行して確率しなければ、エミエストロン無力化は出来ない。無力化ではなく制御出来ればいいがこの状況では鹵獲より破壊だ。

「05、ヘッドクォーターに連絡をして対策を講じさせてくれ」

「了解」

 何をするにしてもリィア達だけでどうこうできるレベルではない。エミエストロンの場所も不明な今、頼れるのは主戦力のあるラッサロンと日本だけだ。

 リィア達はリィア達に出来ることを全力で当たる。


『さて、君の問いには答えた。次はこちらの問いに答えてもらおうか』

 リィア達全員が緊張する。

 ルィルがスパイであることはほぼバレていても、それを露呈することを一切していない。だから野放しにさせているわけだが、今回未解雇者を独断で黙認して逃がすと言う、バーニアンの仲間としては裏切りとは行かないが独善的行為をした。

 そこから切り崩して最悪処刑にもなりかねない。

 しかし、ルィルのこの行動によって未解雇者を考えずに動けるのも事実で、リィア達の心境は複雑だ。

 せめて警戒されつつもお咎めなしとなってほしい。

『どうして生き残りがいたことを黙っていたんだい?』

『……報告する義務なんてないし、そうしろとも言われてないからよ』

 あくまで利害の一致から仲間になってる体だが、そもそもルィルの立ち位置はネムラとも立ち位置が違う。

 それ故に明確な忠誠を誓ってはいないし、指示も受けていない。どう動こうとバーニアンに実害がなければ動いても構わないはずだ。

 それをルィルは端的に告げる。


『確かにそうした指示は出していないね。だけれど常識的に告げるものではないかな?』

『常識的って、何を基準にしての常識なのかしら?』

 皮肉たっぷりの返しだ。常識と言えば聞こえはいいが、様々な条件でその常識となる枠は変わる。

『少なくとも私の常識では難を逃れた人を報告することはないわね。スパイと自白したなら立場上報告するけど、怯えて隠れてる人に非道なことなんて出来ないわ。なにせ、日本にとって慈悲深き女王になるんだから』

「……あいつ、楽しんで喋ってないか?」

「それとうっ憤晴らしも兼ねてますね。けどそれが言えるならついうっかり口が滑ることはないでしょ」

「調子に乗らなきゃな」

『それで、私は何か罰を受けるわけ?』

『彼らを逃がすことに後悔はしないわけだ』

『ないわね。ここにいたって戦闘に巻き込まれて死んでしまうかもしれないから、ならわずかでも生き延びられる脱出をさせるべきと判断した。それとも彼らを生かして残しておくのはそっちの計画の一つだったりする? それ以前に把握してたの?』

『もちろん。どの部屋にも監視カメラは設置してあるからね。君の島内探索も生存者も把握していたよ。ただ、先の攻撃で入っただろう侵入者は把握できてないがね』

 ハオラ自身からリィア達がバレていない明言を聞き、メンバーは声には出さずとも目を見開いて喜びの表情を見せる。

「喜ぶな。俺たちが聞く耳を立ててると向こうが分かってる可能性を忘れるな」

 敵リーダーが口にしたからとそれを信じていい道理はない。真実は当人しか知りえないのだから、かもしれない程度に留めるしかないのだ。

 人は自分に都合のいい情報を得るとどうしてもそっちよりの判断をしがちになる。精神的に緊張したり追い込まれたりしていたら猶更だ。

 今、ハオラはリィア達にとって都合のいい情報を口にしたが、果たしてそれが本当なのか客観的に証明は出来ない。一つの安心材料にはなっても慢心は禁物だ。


『彼らは彼らで使い道があったのだよ』

『その使い道を聞かされてない私がどうやって配慮をしろと?』

『利害の一致での関係とはいえ、仲間である以上は我々寄りの判断をするべきと言いたいのだね』

『なら最初にくぎを刺しておくことね。協力はするけど忠誠は誓ってないから』

『……そこまで頑なに味方をしてくれないとなると、一つ疑念が生まれるんだ』

『疑念?』

『先の敵の攻撃で第一ベーレットが破壊された。すでに可動式第二ベーレットを展開して再度突破はされないだろうが、問題は攻撃の隙をついて突入した侵入者だ』

『その侵入者は本当に要るの? 確かに対艦ミサイル級の兵器で壊れた穴はあるし、状況的に入ってもおかしくはないけれど、向こうはベーレットを確実に破壊するためにミサイルを撃ったとは考えられない? 少なくとも私はその侵入者と会ってないけど』

『いる』

 自信の籠った断言。言動からリィア達を補足している素振りは感じないものの、侵入自体は確信している。妨害装置は機能している証左か。

『少し考えると分かるんだがおかしいんだ。その侵入者はほぼまっすぐにグイボットのいた大間の方に向かい、警備に悟られないように下の階層から爆破侵入してる』

『最初からその部屋を目指してたんじゃない? 向こうだって考える時間があったからアタリをつけたとか』

『向こうが手に入る情報では、あそこは浄水フィルター室でそこにアタリを付けるはずがないんだよ』

「……まずいな」

「カメラがあればマイクもあるでしょうしね。親父さんとの会話を聞かれたのかも」

 少し時間を空けるべきだったかと考えたが、時間に関係なくそこを狙う時点で因果関係の出発点は探られる。爆薬にも限りがあるから二回目で狙うことも出来なかった。

「どうします? やつらそこから断定しますよ?」

「……だとしても動くな……っ!」

 本心は今すぐにでも助けに行きたいが、グイボットがうようよする島内を突撃しても自殺しにいくだけだ。ルィルの元に行く前にコクーンが切れて全員食い殺されてしまう。

 精神論で何とかなる問題でない以上、指揮官として苦渋の決断をしなければならない。


『偶然、にしては都合がよすぎじゃないかな?』

 間接的な音声でも威圧感が伝わって来た。

『私がその侵入者に情報を流したと?』

『君の経歴を考えれば十分あり得ることさ。それは君自身が十分分かるだろう?』

『まあね。けどあなた達もそれを承知でヘッドハンティングしたんじゃない。私から売り込めばスパイですって宣伝しながら近づいたように見えるけど、声を掛けて来たのはそっちからじゃない。なのにスパイとされるのは心外ね』

『確かにね。不名誉除隊は政府と軍内でも正規の手続きで行われていた。君の動機でも偽装工作がなかったのは確認済みだ。だがね、だからと言って利敵行為をしない理由にはならないよ。自発的にスパイ行為をしたとも言える』

『なら聞くけれど証拠はあるの? スパイかと聞かれてはいと答える人はまずいないから、私をスパイとしたいなら証拠を出してよ』


 ルィルがスパイと断定するにはルィルの鎖骨付近に埋め込んだ発信機から送信するデータしかない。アンチエミエストロンによってエミエストロンに捕捉されず、最新技術を使ってスキャンでも通信傍受も出来ないようにしてある。

 そしてルィルはスパイと断定できる発言をチャリオスに着いてから一言も発していない。

 イルリハラン視点であればスパイと断定できないが、それはイルリハラン視点での話だ。

 証拠がなくてもバーニアンがスパイと言えばスパイとなってしまうし、発信機を突破していたら情報を垂れ流していたことはバレてしまう。

 ただ、だとすればこの時ではなくもっと前に処罰を下していたはずだから、希望的観測だがバレていないはずだ。


『……いや、もういい』

『え?』

『正直なところ、スパイの真偽を確認する必要なんてここにはないんだよ』

『っ!』

「01、通電してる方角から放送がする。天女の声だ」

 通路を見張る12から報告が来る。

「天女からの囁き声と同じだ」

「司令部でのやり取りを放送してるのか」

「我々に聞かせるため、ですね」

『疑わしきものは罰せよってこと? くっ……手錠までかけて……』

『ここに推定無罪なんて言葉はなくてね。例え白でも我々が黒としたら黒なんだよ。もう少し従順だったならこんなことはしなかったのに。実に残念だ。日本も君が君臨すれば言うことを聞いてくれただろうに』

『そんなにあの避難者を逃がしたのが腹が立ったようね』

『彼らはグイボットの餌になってもらう予定だったんだ。大変なんだよ。あの子らは寿命は短くても食欲は旺盛だから』

「やはり放送してます。ここは停電してるから小さいけど、多分全島に聞こえるようにかと」

「俺たちをおびき出すためだな」

「証拠がなく、状況証拠も不十分でもお構いなしですか」

「ここは奴らの城だ。真っ白だろうと気分や策略で黒と言えば黒になる。独裁者がそうだろ」

 一般社会ならルィルはまだ疑われずに済んでも、バーニアンのテリトリー内ではそもそも関係ない。自分たちがルールなのだから、簡単に社会常識を無視できる。

 恐れていたことを実現したのだ。


「このままじゃ天女が殺されるぞ」

「01、助けに行かないと!」

『生き残った人をグイボットの餌にしてたと言うの!?』

『それだけじゃない。居住島にいた職員も餌になってもらったよ』

『は?』

『全員ではないがね。爆破する前に睡眠ガスで眠らせ、運んで餌としたのさ』

『なんてひどいことを』

『あれだけの数を飼育するには餌が大量に必要だから仕方ないのさ。中には目が覚めて泣き叫びながら食べられた人もいたかな』

『ネムラはともかく、ここにいた人たちは普通に働いていたのよ。それを餌にするなんて』

『用済みを有効活用したまでだよ』

『なに、私もグイボットの餌にするの? これでもあなた達に協力して来たのに』

『いや、さすがにグイボットの餌にはしないよ。もう一つの使い方はあるがね』

『んぐっ!』

「……口をふさがれたか?」

 音しか分からないから断言できないが、雰囲気から口をふさがれたと推察する。


『侵入者の諸君、私はハオラだ』

「01、自分たちに向けての放送です」

「天女の囁きでもしてる」

『いま、裏切り者であり君たちの仲間であろうルィル君を確保している。彼女を生かしたければ一分以内に島内の電話に出るのだ。さもなければ彼女を殺す。もちろん仲間でないなら見殺しにすればいい。決定権は君たちにある』

「01、コール音を確認」

 端的にして明瞭な指示。

 人質となれば必ずすると見ていたことをバーニアンは実行して来た。

 しかし、出たところでルィルを殺さない保証はないし、ただリィア達の居場所を知らせるだけだ。

 グイボットが蔓延している島内で居場所を知らせるのは、そのまま死を意味する。

 出来ない。

 歯を食いしばり、手を握り締めてリィアは懸命に葛藤する。

 軍人であり指揮官としての在り方と、個人的感情の狭間を。

「……くそっ……」

 覚悟はしてもいざなると心が揺らぐ。

 自分自身なら来るなと念じるも、自分以外がなると揺らいで止まらない。

 今すぐ突入して助けたいが、感情に振り回されて失敗するなんて死ぬより辛い。

 助けに、いけない。


「……助けには……いかない。全員聞け。いいか、これは俺の判断だ。俺の判断で天女を見殺しにする。彼女に対する死で恨むなら俺を恨め」

「いえ、助けに行かないことは全員が覚悟してのことです。天女もそれを覚悟して志願したんです。01が背負うのではなく、全員で背負うべきです」

 リィアの葛藤を経ての決断にエルマが賛同し、他全員が静かに頷いた。

『あと三十秒』

 インカムの奥から藻掻くような動作音が聞こえる。

 銃か何か武器を向けられ、逃げようと足掻いているのだろう。

 ルィルに落ち度はない。分かっていながら泳がし、結局断定できなかったから強硬策に出た。

 苦労してやってこれで終わりとは悔しい以外にない。

 ルィル、事前に決めたこととはいえ助けに行けない自分たちを恨んでくれ。

 リィアは苦悩の表情をしながら内心で不甲斐なさを悔しんだ。


『十……九……八……七……六……五……四……三……二……一……〇。残念だ』

 銃声が、インカムと放送から響いた。

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[一言] 更新お疲れ様です。 グイボラ改めグイボットの非情な計画・・・・<`ヘ´> エミストロンを破壊すれば制御から外れ野放しに、そのままでは世界中のインフラがバーニアンの手中にの二律背反(><) …
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