第158話『真相はどれだ』
凄まじい高音がインカムを通して鼓膜に響いた。
「っ!」
鼓膜が破れるのではと思うほどの高音に、リィアは反射的に耳からインカムを引き離した。
その音はリィアだけでなく他の仲間たちも聞いたらしく、ほぼ同じタイミングで耳からインカムを引き離す。
「なんだ今の音は」
「それもだけどあいつら撃ったぞ」
「尋問もなにもなしか。普通は尋問して自白をさせるだろ」
「ノータイムで撃つって……」
急展開なことに、その一部始終を音で聞いていたメンバーは全員驚きの表情を隠さない。
不名誉を自ら抱いて敵地に乗り込み、挽回できず釈明もさせずに殺したとなっては事情を知る側からすれば憔悴しないわけがなかった。
リィアもだ。ルィルとは長年連れ添った旧知の仲で、その彼女を見捨てる選択をし、極地の選択による確認もせずに撃って殺した衝撃は大きい。
手を目いっぱい握りしめ、歯ぐきから血が出るんではないかと思うほど噛みしめて沸き上がる感情を抑える。
リィアは指揮官なのだ。指揮官が暴走すれば隊は全滅する。
大切な仲間を失ってしまっても、彼女一人だけではない。自分の命は軽くとも他の仲間の命は重いのだ。
任務を達成し、仲間を帰島させるのが指揮官として基本中の基本の責務。
感情を暴走させて短慮な行動をするわけにはいかないから、全力で衝動を抑えて冷静さを取り戻そうとする。
「ふぅ……ふぅ……」
『ふむ、内線に出ないと言うことは間に合わなかったか、ルィル君はスパイではなかったか、それとも見捨てたかな? なんであれ君たちにとっては気持ちのいい結末ではなかったな。もう分かってるだろうが、島内には君たちを付け狙う最強の兵士を解き放っている。せいぜいもがき苦しむことだ』
そう嫌味たっぷりのセリフを放って放送を止めた。
「結局奴らはなんのためにル――」
「口には出さないで」
マルバントがルィルの名を言いそうになったところでエルマが口を塞いで黙らせた。
ルィルが死んだ以上、コードネームで言う必要はもうない。
それなのにエルマは黙らせた。
「02、どうした?」
その虚を付く行動にリィアは頭から血が引き、波立つ感情が穏やかになって訪ねた。
「撃った直後の高音、あれは不自然ではありませんか?」
「不自然?」
「発信機は埋め込んだ人の体温で発電して位置情報と音声を発信しています。その人が死ねば体温が無くなって次第に発信をしなくなりますが、あんな高音は出しませんし死後すぐに発信が止まることもありません。全員インカムをつけ直してください」
気づくとエルマはインカムをつけ直していた。
リィア含めて全員が改めてつけ直すと、理論的にはまだ稼働中のはずが無音であった。
周囲の音を何一つ拾わない。まるで発信機の電源が切れているようだった。
「発信機が機能してないのか?」
「または壊れたか……」
「ピンポイントで天女を撃った弾が発信機に当たったのか?」
「どうでしょう。発信機は磁気共鳴でも電磁波撮影でも検出しません。ただ、エミエストロンによって発信機の存在は知られている可能性は十分にあるので、天女の中に発信機があることは疑っていたのではないでしょうか」
「……発信機を埋め込んでいると疑っても、AEで察知できない。けど確率的にあるだろうから何かしたってことか?」
「スタンガンを使えば一発で壊れます。憶測ですけど、発砲と同時にスタンガンを当てれば音だけならば殺したと思えるかも」
「殺しを偽装したのか」
銃声と共に痛感する仲間の死が、偽装の可能性が浮上したことで仲間たちの顔色が変わっていく。
「01、天女は別れ際に渡したせん別を身に着けてますかね」
「……ああ、そっちの通信が使えるか」
「天女の携帯電話経由ですけど、どちらもAEは施してるので察知されずに音を拾えるのでは?」
「マンロー、天女の携帯をクラッキングしてNichiを強制起動させろ」
「了解」
日本とイルリハランが共同開発したスマートウォッチNichiは様々な機能が付いている。その一つに携帯電話を使わずに会話が出来る機能があった。
音質や周囲に音が漏れる理由からそれを利用する人はいない不人気の機能だが、この場では有益な機能であった。
餞別と有用性から身に着けている可能性が非常に高く、発信機が壊れたかもしれないこの状況では最後の手段だ。
「……02、天女は生きてると思うか?」
リィアの精神は正常へと戻り、不安は抱きつつも冷静にエルマに尋ねた。
「そう思ってほしいです。今話したのは生きていてほしいと縋ってるだけかもしれませんが」
「確かにな。それに殺しを偽装するならそれをする理由も必要だ。俺たちの戦意を削ぐなら有効だが、向こうもほぼスパイと疑ってるのにわざと生かす必要はあるか?」
「まだ天女に利用価値があって、尚且つ我々の反応次第でスパイ判定を確実にしたいとか」
「スパイと疑って殺そうとし、その上でさらにスパイかどうかを探ろうと? まどろっこしいな」
「生かせばその分使い道があっても、殺してしまったらそれで終わりですからね。保険と士気を削ぐことを考えた茶番かもしれません」
「……なんであれ生きてればなんとでもなる」
「はい」
「天女の携帯に繋がった。音拾える」
手早くマンローは仕事をし、メンバーは耳に士気を向けた。
『――彼女を部屋に運べ』
ルィルはNichiをちゃんと身に着けていたようだ。Nichiの通話機能が働き、音質はやはり悪いが周囲の音を拾っている。
『ハオラ、この女殺しておかないのか? 巧妙に隠してるとはいえほぼスパイで間違いないぞ』
同じバーニアンかネムラか、なんであれルィルが生きていることを明言した。
狙いはともかく生きていることに一同はとりあえず安堵する。
『そんなことは分かっているさ。だが彼女が生きているからこそ奴らを翻弄できる。殺してしまっては翻弄も出来ないし、人質にしろ侵入者の目の前で殺して動揺させることだってできなくなる。まあ保険さ』
『そうやって最後はこっちがやられる作品がどれだけあると思ってる』
『そのための宣誓だ。忠誠まではさせられなかったが、それでもスイッチは入れられた』
宣誓。チャリオスに入る際に行った宣誓のことだろうか。ルィルの言動をすべて把握しているわけではないが、思いつく宣誓となるとそれしか思い浮かばない。
宣誓と忠誠。そしてスイッチ。まだバーニアンはカードを持っているようだ。
『侵入者はどうする。どういう技術を使ったかわからないが、監視カメラでも映らないようにしてるぞ。グイボットを巡回させてるとはいえ探せるのは通路までだ』
『仮に隠れていてもいずれ通路に出る。そうなれば否が応でもグイボットと遭遇するさ』
『奴らの狙いは私たちではなくエミエストロンだろうな。さがすとなると通路には必ず出るか』
『だとしても無駄なことよ。アレはここにはなく置いて来たのだからな』
『それでも油断は禁物だ。エミエストロンはあいつらの戦力なら手は出せずとも、隠してる手を出してくるかもしれないからな』
『無論さ。そのためにムルートを呼び寄せているんだ。そうすれば向こうはより動けなくなる』
耳を疑う生物名をハオラは言った。
「いま、ムルートって言いました?」
「まさか、聖獣ムルートを呼び寄せてるってのか?」
ミストロ教で聖獣として扱われ、世界に五羽しかいない絶滅危惧種の大型鳥類。世界的宗教上の聖獣扱いと希少性から非干渉監視目標として半径五十キロに近寄ることを世界的に禁止されている。
この状況下で非干渉云々を語る意味はないが、法治国の軍人として無視するわけにもいかない。
「ムルートをここに呼び寄せてラッサロンの行動を縛るつもりか」
ムルートを呼ぶ理由などそれしかない。
「それだけじゃないっすよ。多分司令部は日本にも釘を刺しますよ。ムルートに近づくなって」
「日本は無視するか、善処するで済ますだろうな」
確か日本は条約に批准していないはずだ。前回の侵入事件のようにグレーゾーンを作ることで、再び来た際に対処できるようにしてある。
『こちらヘッドクォーター。こちらヘッドクォーター。ナオミ、応答せよ』
司令部より連絡が入った。通常、こうした連絡は事務的で声調に高下はないのだが、少しばかり感情が籠った印象を受ける。
「こちらナオミ01」
『日本防衛省より入電。今から五分前、日本の動画投稿サイトでルィル・ビ・ティレナー氏が殺害された動画が配信された。処刑理由はスパイ容疑による処刑とのこと。事態は把握しているか? 送れ』
「処刑?」
『そうだ。内容として、ルィル氏がスパイであったことを公言し、情報を流していたことを自白した。直後に頭部側面を撃たれて死亡。配信は終了したとのことだ』
そう司令部から外聞を説明するも、違和感だらけにリィア達は別の意味で言葉を失った。
ルィルに埋め込まれた発信機から得た音声に、スパイを公言することも配信をしていることもないからだ。
一から十まで全てが取得した情報と異なる話に、全員が困惑してしまった。
「ヘッドクォーター、その――」
「こちら02、五分後に連絡をする。終わり」
リィアが話そうとしたらエルマがそれを制し、強制的に通信と終わらせた。
「02、どうした?」
「あまりにも自分たちが得た情報と司令部の情報が違い過ぎます。多少の違いなら伝言のズレで済んでも、一部を除いてあまりにも違う」
「確かにな」
「……とすればフェイク動画か……?」
メンバーの一人がぼやいた。
「あれが文字通り何でもできるコンピュータなら、実写と区別できないくらい精巧のコンピュータグラフィックを作成して、本人と同じ音声も作って話させることくらいは出来るんじゃないか?」
「盗聴に改ざんだけでなく、コンピュータグラフィックまで作成すると? 情報提供にはそこまで触れてはなかったぞ」
「そもそもそれを知ったのは四年前ですし、バージョンアップか触れる事項ではなかったかもしれない」
「または動画配信のほうが真実か……」
一同は黙ってしまった。
どれが真実なのか分からなくなってしまったからだ。
ルィルは生きているのか死んでいるのか、ムルートの情報は本当なのか否か。乖離過ぎる情報と、情報の少なさから判断できる思考力を奪う。
「……事実から可能性を引っ張り上げましょう。少なくとも私たちが得た情報と、日本や司令部が得た情報は違います」
エルマは冷静沈着に、論理的に推察しようと語りだす。
沈黙したところで始まらない。いつグイボットが来るのか分からず、エミエストロンの場所も不明なのだ。黙って動かなければなにも事態は進展しない。
危険を冒してでも自分たちは敵本拠地に潜入しているのだ。この機会は命を懸けてでも最大限利用しなければならない。
「それには必ず理由と狙いがあるはずです」
「その前提なら十中八九情報の錯そうによる混乱だな」
「でしょうね。どれが真実か分からなければ判断に迷いが出て、その迷いが敗因になりますからそれを狙ってのことかも」
「この状況でムルートまで出るとなったらそっちにもリソースを割くから、嘘でも本当でも向こうにとっては万々歳だ」
「……情報戦では向こうに分がありすぎるな」
「ですね。けどいくら技術が上でも組織力ならこちらが上です。何でもかんでも悲観する必要はありません」
「その技術に翻弄されてるじゃないっすか」
「だからこその組織力ですよ。話を戻しますが、単純な解決策として錯綜する情報を全て信じる前提で動くべきと思います」
「向こうに流れた動画配信……俺たちが得た情報、先の放送を全部信じるのか?」
「リソースは割きますが、逆に警戒する精神的手間を省けます。そして偽りと分かったら即座に止めて他のに割くんです」
「なるほど。そのための組織力か」
通常、最重要資料や物資を輸送する際には囮をいくつも用意して散らばらせる。相手はその囮に多くの人員を割いて本命に差し向ける人数を減らし、その追っ手を撒くことで高確率で目的地に届けるのだ。
相手が小規模ならまず問題ないが、大規模であれば突破されかねない。
バーニアンは真実に対して欺瞞情報で囮を放っている状態だから、日本とラッサロンと言う組織力を使って各個対策して行けばいいと言うのだ。
「全部信じる前提で行くけど、奴らは何で殺さないんだ?」
「死んだのが事実なら生きてるかもって可能性が潰れて、今得てる情報も嘘と確定になりますからね。嘘か真か確認するまでは煙に巻く方が都合がいいと思います」
「陰湿な奴らだな」
「全部憶測ですが、それでも今すぐ一つに絞る必要はないでしょう」
「……もしその仮説が奴らの狙いなら真実も混ざってるってことだ」
少なくともルィルから情報を得ていることに確信又はあたりを付けているから、複数の情報ルートで欺瞞を流した。
ならばその中に真実もあるはずなのだ。
「なので彼女に関しては一貫して守る形で司令部に連絡をしてください」
ルィルと天女は別人。ここで天女をルィルとして話せば、もし生きていたならば言い逃れが出来なくなる。死んだとなれば天女とコードネームを付ける意味もないからつい名前で喋ってしまい、それによって彼女を窮地に陥れてしまうだろう。
断じてそれだけは避けねばならず、動画配信と盗聴は無関係を装う。
リィアは言い間違いと、司令部にも察してもらうよう何を話すかを考え、無線機のスイッチを入れた。
*
リィアが司令部と交信している間、エルマはエルマで行動に移した。
アンチエミエストロンを施した携帯電話を取り出して連絡先からある人物を探す。
先の話では触れなかったが、この情報戦で一つ懸念点があったからだ。
それは通信先が本当に味方なのかどうかである。
エミエストロンは表面上でしか知りえていない未知のシステムだ。アンチエミエストロンが有力かどうかも確証を得ず、その前提でしか動いていない。
いまリィアがやり取りをしている司令部が、エミエストロンが操作をして実はバーニアンとしている可能性も0とは言えないのだ。
だから保険を掛ける意味も兼ねて、エルマは事前に決めなかった即興の交信ルートを思いついて実行に移す。
ルィルがスパイとバレて殺されたとしても、殺されずにグレーゾーンのまま拘束されたとしても、エミエストロンに関する真偽不明だが重要と思える情報は伝える必要があった。
ここから司令部には伝わっても、司令部から日本に伝わるかは分からない。どのルートで潰されるか分からないなら、複数利用するほうが確度は上がる。
そのことからエルマは司令部を介さず、直接日本に連絡を取ることにしたのだった。
『……はい』
「名前は言わないで。盗聴されているかもしれないから」
伝わってくれるか分からない。それでもエルマは電話の相手である羽熊の優秀さを信じて、自身が覚えているかつてのセリフを喋った。
「私が誰なのかは分かってると思うけど、色々と察してほしい」
いま羽熊に喋ったセリフは、以前ウィスラーの別邸に侵入した際にルィルが羽熊に電話をしたセリフのそのままだ。
さすがに羽熊の返答は聞こえなかったため気づいているか分からない。
もしエルマの意図にセリフの通り察してくれたのなら、羽熊とエルマのやり取りでしか出さなかった何かを言ってくれるはずだ。
『…………』
熟考しているのか羽熊の返答はない。
それは即ち、意図に気づいて何を返すのが正解なのか考えてのことだ。これだけでも八割は問題ないと断言できる。
『……究極の二択をしての連絡ですか』
電話の相手は羽熊洋一本人と確信に変わる。
テロ事件が起きてすぐに二人だけで行った仮説の割り出しに用いた方法。これを知るのはエルマと羽熊しかいない。
「はい。するべきとして電話を掛けました。私のことはそうですね……ソルとでも呼んでください」
『分かりました。なら私はグレイで』
おそらく名前の由来に意味はない。これはバーニアンに意味はなかったのと同じだ。
やはり羽熊は別格だ。だからこそ信頼できるし、不安も払しょくできる。
「まずこちらから聞きます。ルィル・ビ・ティレナーがスパイとして殺されたと聞きましたが、それは本当ですか?」
『はい。それで今こちらではパニックになってます』
「まず先に言わせてもらいますが、天女の安否についてこちらでは掴めていません」
『……え?』
羽熊はルィルがスパイであることは知っていても天女と呼んでいることまでは知らない。それでも今ここでその言葉を使うことで、無理やりにでも彼の中にルィル=天女を結び付けさせる。
一聴すると茶番ではあるが明言と承認しない限り限りなく黒であっても黒ではない。
これは必要な処置なのだ。
「発砲音はしましたが、その後の情報では明確な死までは確認できず、むしろまだ生きているのではと疑っているほどです」
『ではあの映像は……私も見たんですよ?』
「なので安否が不明なんです」
羽熊視点なら映像とはいえルィルが殺されるシーンを見て否定されれば困惑するはずだ。かと言ってフェイク動画と言ってしまうと盗聴されたら言質を取らせてしまう。
だからエルマはギリギリの文言に抑えて、羽熊に内心察してもらうほかなかった。
『そうなんですか。それでソル、私に電話をしたのは天女と言う人の安否が不明と言うことだけですか?』
少し戸惑いが籠った声色。意図は察しても確信は持ててない様子だ。
「例の装置の場所について、ヒントと見ていいのか情報を得たので伝えるためです。真偽が不明なためそちらで対応をお願いしますが、奴らはアレをここにはなく置いて来たと言っていました」
『ここにはなく置いて来た? 間違いないんですね?』
「はい。ただ真偽は分からないためそちらで検証をお願いしたいです」
『分かりました。すぐにでも伝えます。ソルは今は無事ですか?』
「こちらの状況に関してはノーコメントで」
『他に聞いておくことはありますか?』
「これは置いて来たのと一緒に後にそちらにも伝わると思いますが、どうやら巨鳥が戻ってくるかもしれません」
『巨鳥って、あの巨鳥ですか?』
「はい。これも真偽不明なので確認は必要ですが」
『分かりました。それもすぐに共有します』
ひとまず伝えるべきことは伝えられた。あとは組織力のある日本に託す。
「グイボット近づく」
「全員静かに」
扉を見張る仲間から連絡が来た。グイボットが近づいてきたようだ。
「切ります。後は頼みます」
返事を待つ余裕はない。エルマは通話ボタンを押して切り、その場で身じろぐこともせず固まった。
息も極力少なく浅く、布擦れもしないように指一本動かさない。
一同は正面的に死を偽装することでグイボットの気配察知に引っかからないよう息を殺し続けた。




