第129話『王室総会』
デジタル化が進んだ現代で、終始デジタルを回避するのは難しい。
浮遊都市には警察及び警備会社が管理している防犯カメラが設置され、公的機関の関係者の入出はカードキーで秒単位で管理されている。
ネットが発展するに合わせてあらゆるサーバーがネットに直接または間接的に繋がるようになり、高度な技術を持てば不正にアクセスをして外部から盗み見ることが可能だ。
当然強固なファイアーウォールを設置することで流出を防いでいるのだが、バーニアン所有のエミエストロンはそんな防壁を気づかれることなく突破してしまう。
特定の人物の身分証がデジタルとして記録されれば察知され、顔認証も出来るから防犯カメラに映ればこれまた察知される。
言及こそしていないが、そこまで察知できるなら音声だけでも可能なはずだ。
本来は治安と秩序を守るために発展させたものが、敵側に逆用されて身動きがしにくくなった。
それでも抜け道はある。
防犯カメラは窓にスモークを張れば回避でき、音声はそもそも通話をしなければ感知されない。
カードキーなどの入出管理も、エルマの立場を使えば回避できた。
一般職員から上級職員まで、入出はカードキーで管理されても王室はその立場で顔パスだ。
さらに秘密裏で来たと言えば非公式記録にも乗らず、
室内ではつばの広い帽子をかぶり、さらにマスクをつけることで人の目は回避できずとも監視カメラの顔認証は誤魔化せられる。
エルマはルィルが正式にチャリオスに所属してから二日後、浮遊艇を運転し続けてイルフォルンへと到着した。
ジェット旅客機にしろロケット旅客機にしろ、エルマの身分を使っても記録が残ってしまうから個人艇で向かうしかなかった。
燃料補給でもカードは使わずに現金のセルフスタンドで済ませ、ネットに書き込まれないよう誰とも合わずに移動をしたのだった。
宮殿内でも帽子は外さず、死角なく設置されたカメラに顔を移さないよう注意し、アポなしでの突撃訪問で王執務室へと入った。
「エルマ兄!? え、どど、どうしたの!?」
事前に連絡もせずに来れば、当然ソレイ王は驚いて歳相応の反応をする。
「連絡なしに来てすまない。今日は王室としてではなく、ソレイ王に認めてもらった捜査の別動隊として来たんだ」
「テロの捜査チームとして? でもあれはここ最近全然進んでないって報告が来てるけど……」
法に触れる手段で進展をしているエルマ達と違い、法と規則に則って進める正規の捜査チームでは確かに進展は難しい。
特に現場が文字通り木っ端微塵に吹き飛んでは証拠品の有無の選別すら困難だ。
エルマ達もテロ現場での有効な証拠は得ずにここまで来たのだから。
「それは興味深いわね。エルマ」
想像外の方向から声が掛かり、ビクッと体が反応した。
「ラネス叔母上、いらしたのですね」
ソレイの座る執務机とは別に執務室の隅で浮遊する今まで無かった机に一人女性がおり、そこで書類にペンを走らせていた。
ソレイの実母のラネスだ。
まだ若いソレイ王の助言・補佐役として常に側にいるのだろう。
文字通りラネスがエルマにとって最大の厄介だ。
王室総会でも紛糾するだろうが、ラネスがエルマの提案に二つ返事で了承するイメージが全くわかない。
終始反対して果てには国家反逆罪で王室追放と言いかねない。
「ソレイがあなたたちのこと許可してから一切報告がないから予算をどうしようかと考えていたところよ。せっかく来たんだもの、あなたの私物化して私服を肥やしていないなら報告してくれるわね?」
言動からしてエルマの活動に納得せず不服のようだ。
許可を貰う際には関与もさせなかったのだから、ソレイを利用されたとして怒るのは親として、王室として自然だろう。
「……」
「言いなさい」
「報告を込めて王室総会の開会を要請します」
「王室総会を?」
「ソレイ王に即位されてからは重要な国策を考える時は王室総会を開いてますよね。私はユーストルにいるので不参加でしたが、詳しい話は総会で話をします」
「極めて重要な発見でもあったと言うの? 総会を要請すると言うことは政府の方針に関わる事?」
「それは話を聞かれれば分かります」
当たり前だが私室を除いて公務をする部屋には全てカメラが設置してある。マイクはなく映像だけだからエミエストロンに拾われることはないだろうが、用心に越したことはない。
「事前に連絡も入れずに来た上に王の眼前で帽子も取らない。詳しい事もせずに総会を開けと。エルマ、あなたはいつからそんな無礼になったの? 先日のフィルミのこともよ」
「無礼は承知しております。ラネス叔母上、最大級の無礼を働いてもこうするべき理由があります」
「……分かった。総会を開こう」
ソレイは一考した後、そう答えた。
「ソレイ陛下、感謝します」
「待ちなさいソレイ。いかに親族でも王権を私的に使うことは許されないわ。エルマはあなたを利用しようとしているのよ」
「母上、もし僕を利用するならわざわざ総会を開くようなことはしないよ。僕と母上の二人を丸め込めば済む話なんだから、総会を開くってことはむしろエルマ兄が不利になるよ」
現在の王の意思決定は簡易なものはソレイとラネスの親子で決め、重要な物は王室総会の総意としている。
総会を希望するのは即ち重要な政策となり、エルマの要望を通すのは困難を意味する。
「だから開催する」
「……分かったわ」
筋を何一つ通さないでの王の最高意思決定をさせようとすることにラネスはいい顔をしない。
親であり王太后として息子であり国家最高権力の一つである王権を守ろうと、エルマを信用していない顔だ。
それは当然でありエルマは何も思わない。
ラネスの言う通り、王権を私物化してはならないからだ。
それでも史上最悪のテロと、人類存亡レベルの未来回避のためには嫌われ役をしなければならない。
「母上、今からみんなを集めて」
「はぁ……だとすれば午後の予定は全てキャンセルね。また省庁や議員から嫌味を言われるわ」
その総会でユーストルを売る話をすると知れば絶対に総会は開かせないだろう。
詐欺師のような振る舞いだが、国の方針としてチャリオス進出の取っ掛かりだけでも用意しなければ潜入捜査が止まってしまう。
端から見ればチャリオスの手先をしているようにしか見せず、果たして正解なのかは誰も分からない。
未来など誰も分からないのだから自分の判断を信じていくしかないのだ。
「それでは一旦失礼します」
このまま執務室にいてはラネスの怒りがどうなるか分からない。準備も必要なので一度退出することにした。
「ふぅ……ソレイが前向きで助かった」
ラネスの懸念よりエルマの提案を飲んでくれたのは、まだソレイが慕ってくれている証拠だ。
総会次第ではその信頼も崩れてしまうだろう。
例え誰からも裏切り者と罵られようと、正義のために行くしかない。
「さて、どうやって納得させるか……」
情報はなるべく広めたくはない。チャリオスの幹部がテロの容疑者であることは必要だが、ウィスラーとバーニアン、ルィルが潜入調査していることについては伏せておきたい。その三つがバーニアンに知られると計画が破たんしてしまう。
後日、必ずルィルはチャリオスの一員としてイルリハラン政府に接近する。その際にソレイたちが察することはあっても真相を知ることなく同意する言質が出れば、ルィルはチャリオス内で相当の評価を得られるはずだ。
そうすればバーニアンに次の一手を与えることができる。とはいえ、その次の一手にはルィルからの連絡が欠かせず、連絡がなければただチャリオスにユーストルを売っただけになる。
当然この説明もしなければならないから、賛同するにはリスクが高いとして反対されるだろう。
最悪としてここまでをバーニアンが想定していて、手のひらで踊らされている可能性もある。
そしてその逆にこちらが凡人ながら天才を操れている可能性もまたある。
その答えを知るのがこの総会を無事に乗り越えた後なのだ。
「おやおや、こんなところで珍しい方がいますな」
考え事をして目の前を見ているようで見ていなかった。
下方から声が掛かり、意識を考えから視界に移すと一人の老人がいることに気付いた。
フィルミだ。
「フィルミ」
「貴方様のお陰で復職が叶いました。お声がけしていただき感謝します」
フィルミは深々と頭を下げた。
「私は機会を作っただけ。あとはあなたの力だ」
ウィスラーの遺言ビデオを持ち帰った直後、エルマは宮殿人事部に掛け合って表向き退職をしたフィルミを経験不足のソレイ王の助力とさせるべく復職するよう掛け合った。
もちろんフィルミの真相はソレイやラネスは知っているので、復職どころか軟禁解除自体断固反対の意向であった。
だが、フィルミはハウアー前王を数十年に渡りサポートした実績があり、弱体化した政権を立て直すのにその能力は必要不可欠だ。それを熱弁することで話をする機会だけでも設けられないかとソレイの身を案じた体で説得し、あとはフィルミが自身の話術で納得させたのだ。
他力本願ながらよく納得させたなと感心する。
とはいえ暗殺の主謀犯の事実は変わらないため、復職の条件として参謀としての権限はなく文字通り相談役のみの役職となった。
その他の復職の詳細は聞かされてはいないが、再び暴挙に出ないよう予防策は取られていることだろう。
「して、どうして貴方様がこちらに?」
「極秘作戦の一環でね。フィルミならそれで察するんじゃないかな?」
「…………なるほど、先日のビッグニュースはこの一環と。アレには私も驚きましたが、貴方様の今ので得心しました」
さすがフィルミ。出来ればそこまで読んでほしくはないが、〝エルマ〟を含め個人名を出さないだけありがたい。
他者から遠目では誰か分からないようにしている理由もフィルミは分かっているようだ。
「詳細は知らない方がお互いのためでしょう」
そうフィルミは自身とエルマ、双方の立場を考えた提案をする。
しかし、それに合わせてエルマは一つ考えが浮かんだ。
元々はフィルミは考えに含んでいなかったが、すでに復職しているなら好都合だ。
「フィルミ、午後に用事はある?」
「いえ、ソレイ様から相談がない限り仕事はありませんが」
相談役から参謀の権能がはく奪した以上、相談を持ち掛けられない限り出来ることはない。
「なら一つフィルミに頼みたいことがあるんだ。あなたにとっては汚名を着ることになるけど」
「今の私が着ている汚名以上のはございませんよ。着ることで役に立てるなら何枚でも重ね着をしましょう」
そう心強い言葉を言ってくれるフィルミ。しかし過去の犯行を考えると信頼しすぎるわけにもいかないが、フィルミの存在は今後の作戦でより確度を高めてくれる。
エルマは誰にも聞く耳を立てていないことを確認して、ある頼みごとをフィルミに話した。
*
王室はその立場から賄賂が通じない。
その立場故に省庁や大企業の不正や犯罪を防ぐべく、お目付け役として指揮権は無いが無制限であらゆる場所に入る権限が与えられている。
文字通りお上の存在によって取引上の不正を抑圧する効果があった。
だが、ハウアーとリクトが亡くなったことでソレイを全員でサポートすることとなり、お目付け役は一時やめ、王室メンバーは一部を除いて全員イルフォルン在住となった。
必要に応じて王宮に集まって総会を経て王の判断とする。
これまでに幾度と集まって王の判断として外交や議会で発表され、また王室が急きょ揃うこととなった。
十八人となった王室は大会議室に集められた。
普段はエルマがユーストルに出向いているので十七人の奇数で話し合われ、今回ようやく全員が集まった。
「今日は予定になかった総会に急きょ集まってもらってありがとう」
エルマ主導での開会だ。司会役として総会の進行役をする。
「エルマ、お前いまテロ事件を独自のチームで捜査してるみたいだがな、大使の仕事放棄してどうすんだ」
十八人中エルマやソレイを入れて四人しかいない男の王室であるキルツ・ゼン・イルリハランが当然の疑問をぶつけて来た。
現在男の王室は、ソレイを除いて全員父親が婿入りしているため男子直系から外れて王位継承権がない。
キルツは今年で三十七の中年であり、もう一人のキルツの弟のハンは三十五とソレイやエルマより年上である。
「大使の業務は副使に任せてあります。なにより日本国内で活動するイルリハラン人は大使館を除いて極少数ですので業務に支障はありません」
「テロが起きたんだから大使としての仕事は膨大だろ。素人が捜査のマネごとなんてしてないで大使の仕事をしているべきではないのか?」
「日本の星務省と我が国の外務省、ソレイ陛下の許可を経ています。一般的には不適切ですが、結果から見れば必要でした」
「そこまで言うのであれば何かしらの結果を出したと言うことね?」
王室の中で実質ナンバー二の影響力を持つラネスが問う。
「それに答える前に皆さん、全員携帯電話のバッテリーを外してください」
「まさか、この王室総会を外に漏えいさせようとでも思ってるの?」
「少しテレビに影響され過ぎじゃないか?」
「外して、ください」
エルマは改めて威圧しながら要求する。
十七人の中で最初にバッテリーを外したのはエミリルで、テーブルの上に携帯電話とバッテリーをそれぞれ置く。だがエミリルだけだ。
「皆さん、エルマ兄の言う通りにして」
説明せずに要求するエルマに反発心からかほとんど動こうとせず、仕方なくソレイが指示を出した。
王室の中で最年少であっても肩書きは王だ。身内であっても無視は出来ず、仕方ない素振りで全員携帯電話のバッテリーを外して分かりやすくテーブルの上へと置いた。
「で、ここまでさせた理由はちゃんと説明するんだろうな」
「無礼は謝罪します。ここからの話は、知るだけで全員の命の保障が出来ないからです。私は本家とは別の捜査班を率いて、テロの容疑者に加えてテロ行為の方法を知りましたので」
その説明で全員の目つきが変わった。
「テロの容疑者が分かったのか!」
「どこの誰なの!?」
全員が食い気味に問い詰める。
「いえ待って、なんで本家が分かってない事をあなたたちのチームが分かったの!?」
「そもそも分かったならどうして公表して捕まえないんだ」
過程を知らないからこそ思いつくことを叫ぶ王室たち。
「端的に言えば、不正に手に入れた情報のためその情報を元に捜査は続けられないからです」
「不正な情報って……」
「みんな、色々と聞きたいことはあると思うけど、とりあえずエルマ兄に全部話してもらってからその後に質問しよう。じゃないと全然話が進まないよ」
「そうね。ひとまず全員エルマの話を聞きましょう」
ソレイの手助けで質問攻めは止まり、エルマは一度呼吸を整えて経緯を話した。
ただし、フィルミとバーニアン、アンチエミエストロン、ルィルの潜入調査は濁して余計な情報は伝えない。
フィルミは情報提供者と称し、ハーフの意味のバーニアンとルィルはそもそも触れずだ。
代わりに伝えるのはチャリオスとエミエストロン、ペオ・ランサバオンである。
前者は終始公表する必要はなくも、後者は伝えなければならないものだからだ。
ウィスラーの別邸での襲撃などは言わず、効率よく話しても説明には一時間ほどかかった。
そしてエルマ側の最大の武器にして防御となるアンチエミエストロンも触れない。
「――なので、以上からいま私たちが保有している情報は捜査には使えず、別方向からのアプローチを求めたいんです」
「それで通信を全部遮断しての総会と言うわけね」
ただの説明ならソレイとラネスの二人で済む。王として勅令または王命を発するには王室総会として出してもらう必要があり、それをラネスは察した。
「で、エルマ、あなたは政府に何を決定してほしいの?」
ラネスの鋭い眼光がエルマの目を凝視する。
ここが正念場。
「ユーストルを捨てる判断をしてもらいたい」
エルマのこの発言は、文字通り国を売るのと同義だ。
捜査に対して一定の評価をしようと、この発言で全てが吹き飛んだ。
「ふざけるな! お前何を言ってるのか分かってるのか!」
「先日のアルタランの要求を丸々飲むのと同じじゃない。何バカなことを言ってるの」
「そうだよエルマ兄ィ、あたしもさすがにそれはマズいって分かるよ」
皆が皆反対意見を述べる。
「国を売るつもりか!」
「ただでさえ政府は弱まってるのに、アルタランの言いなりになったらそれこそ売国奴としてクーデターが起きるわ」
「怒るのは当然です。私も王室から追放されることを覚悟の上でこの話をしました」
「エルマ兄、あなたは誰よりもここを心配して動いてくれた。ユーストルを捨てるっていっても本気じゃないことくらい分かるよ」
取り乱す大人たちの中、エルマを信用してくれているソレイはその本質を問いできた。
ユーストルを捨てるの過程であって、真の狙いはその先にあるのではないかと。
「ユーストルを放棄するとなればチャリオスは必ず反応を示します。そこで不正に手に入れた情報で不意打ちを掛けて揺さぶれば向こうからボロを出します」
「その証拠ってなに?」
「人身売買組織ウォーフ。反異星国家組織クレイム。秘密工作集団ラーラ。この犯罪組織の母体がチャリオスです。その証言ビデオをウィスラーは遺していました」
「あの秘密組織か!」
クレイムは日本が来て以来の結成だが、ウォーフとラーラは数十年前から存在している二大犯罪組織だ。その行動範囲は世界規模で、各国の捜査機関が捕まえようとしていても末端しか捕まらず組織の壊滅には至っていない。
「なので、タイミングを合わせてネットに流すことで各国はチャリオスに調査が入り、チャリオスはユーストルどころではなく、むしろ倒産してしまうので強硬手段に出るでしょう。そこを叩くんです」
「ユーストルと言う餌を与えておびき出して、秘密って罠で惑わすのね」
「そのために政府としてユーストルを放棄する考えを持ってもらいたいんです」
「……だがな、リスクが高すぎるぞ。失敗すればこの国は最大の経済特区を失うことになる」
「それよりも、その秘密を流すならテロについてのことを流す方が手っ取り早いのでは?」
「いや、それだとテロに関する証拠を隠滅する時間を与えるから時期を数年遅らせるだけだ。回り道だけど、無関係なところで追いやる方がまだアリだ」
「そしてソレイは国内外で信用を失う」
一瞬通りそうな空気が出るが、ラネスが一気に引き戻した。
「確かに揺さぶりには有効でも確実に成功する保証はないわ。失敗のリスクを考えたらソレイにそんな重荷は背負わせられない。王太后としても、母親としてもね」
それでなくてもこの作戦は時間差が生じる。その時間差で国民からの非難を総出で受けるから政権への打撃は計り知れない。
「ですので、緩衝材としてその談話はソレイ陛下でも王室からでも出さずにある人に出してもらいます」
「大臣に出してもらうのかしら? ううん、弱いわね。それに無かったことにするとしても最悪の汚名を着る人なんていないわ」
「一人います。大臣以上に知名度があって発言力がある人が」
つい先ほどまではソレイに出してもらおうと思っていたが、さっき会ったことで考えを変えた。
「フィルミです。復職した際に参謀としての役職はなくなりましたが、彼の知名度は十分高く大きな影響を与えます。彼が前向きな考えを示しただけでもメディアは大きく反応します」
「フィルミを利用すると言うの?」
「了承はもう貰ってます。例えフィルミがどれだけ賛同しても、ソレイのそんな話は知らないの一言でご破算になりますし、あくまで個人的な考えで処理できます」
「そう上手くいくか? 確かにさっきお前が手に入れたウィスラーの証言ビデオを見せてもらったから嘘をついてないのはわかった。けどお前のプランって相手の動きに依存したもんだろ? 国を嘘でも売ろうってのに成功の根拠はちょっとないんじゃないか?」
ウィスラーは本当に用意周到で、こうした場での信用獲得のためバーニアンなど闇に葬らなければならない用語は言わずにチャリオスがテロの犯人であるビデオを残していた。
そのためエルマの言っていることが正しいことは伝えられても、解決に至れるかは別の話だ。
ウィスラーの証言ビデオを使えばチャリオスを攻めることは可能だが、不法に他国で手に入れた証拠品は裁判では言い逃れの材料になる。
だから正規の手段で証拠を手に入れるしかなく、それがキルツの言う懸念だ。
エルマの作戦は完全に相手の反応次第だ。
それゆえに作戦が漏れると逆用されて全てが無意味となる。
これが互いに顔を見合わせない騙し合いだから、所々の接点を挟まなければどちらの策が通じているのか分かることもない。
それではあまりにもリスクが高く、確証がないから安易に了承できないのだ。
「確かに絶対に成功するような詐欺まがいなことは言えません。ただ、この事件解決後のリターンはユーストルにある無尽蔵のフォロンと同等の価値もあります」
「チャリオスの技術力か。エミエストロンとペオが手に入れば軍事面で敵なしだな」
「ハイリスクハイリターンってことね」
「エミエストロンとペオを知っている国は我が国と日本だけです。さすがに日本を無視しての独占は難しいですが、他国に出し抜かれる前に解決出来ればアルタランを含め他国はユーストルに手が出せません。やる価値はあると私は思います」
ユーストルに関して言えば政治面でも軍事面でも脆弱と言わざるを得ない。
あくまで国際社会の一員であり、経済面で優性だから守れているだけで、今回のテロによって大いに揺らいでしまう。
しかし、エミエストロンとペオが手に入ればユーストル防衛は鉄壁になる。
使い方次第では世界を支配することも可能だが、多大な禍根を残すよりは一地域を守るくらいがちょうどいい。
「エルマ、それはちょっと楽観的に考えていない? リターンは確かに国益に繋がるけれど、失敗すればユーストルはチャリオスに奪われるのよ? ユーストルに依存する体制に移った今でフォロンを奪われたら経済も軍事もガタガタになるわ」
「リスクを心配して動かなくてもアルタランはユーストルを管理するべく再び動きます。何であれユーストル奪取に世界が動くなら、特典獲得のためこちら側から動くべきです」
「失敗した時に責任はどうするの」
「談話の責任はフィルミが。王室を誘導した責任は私が取ります。王室のはく奪でも外患罪として死刑でも甘んじて受けます」
「どうしてあなたがそこまで動くの? 大使としての仕事を放棄して捜査に乗り出したり、そんな重い罰まで受けるとか言うの……?」
「……贖罪……いえ、復讐ですね。本来なら私も式典で死ぬはずでした。たまたま日本の感染症に罹ったことで免れましたが、助かった喜びなんてなくて怒りしかなく、ここで犯人を追わずに生き延びた喜びを持って大使の仕事をする考えは出来ませんでした」
「生き残った意味が犯人を追うことと考えたわけね」
感情面ではそれで、精神医学的に言えばサバイバーズギルトからの解放とも言える。
運命にしろ偶然にしろ、テロに対して生き残ったのだ。テロに対して何かしなければ生き残った意味は何なのだろうと考え続けてしまう。
「エルマ兄、犯人を捕まえたらその気持ちは晴れる?」
ずっと静かに話を聞いていたソレイがエルマに尋ねる。
「私の気持ちなど、陛下と比べたら軽いですよ」
ソレイは実の父親を殺されたのだ。親族と比べてエルマが抱える怒りはソレイより軽い。
「……僕はエルマ兄に任せたいと思う」
「ソレイ」
「まだ上手くいかなかったらユーストルやイルリハランがどうなるのかよく分からないけど、エルマ兄の気持ちが本気なのは分かるよ。きっと何が危なくて何がいいのか分かって、王室総会でこのことを話したんだと思う。僕はエルマ兄を信じるよ」
「陛下、ありがとうございます」
「ソレイ、これは家族だから許していい話じゃないのよ。イルリハラン国民七千八百万人の生活にも関わるの。そんな簡単に……」
「簡単になんて考えてないよ。じゃあ母様は危ないからって何もしないで周りがユーストルを取られるところをただ見てるだけ? 何もしないで取られるなら何かして取られようよ」
イルリハランにとってユーストルに関わる選択肢は多くない。どう動こうとユーストル争奪戦が起きるから、それをイルリハラン側か起こすかアルタラン側が起こすかない。
リスクを考えて様子見をするのは政治的にはあり得ても、守るならこちら側から動くべきだ。
ソレイは十分王としての考えを持って言ってくれた。
「……辿る先が同じならその先の結果をいい方向にもっていくしかない……か」
「エルマに託そう。間違いなくここの誰よりもこの国を考えて動いてくれてる。それに危険を承知で証拠を手に入れたりしてるのに、安全なここで駄弁ってるだけの俺たちに反対する資格なんてない」
「そうですね。逆の立場だったとしても、他国に不法入国して証拠を手に入れるなんて考えもしなければましてやしようなんて出来ません」
「本家に出来なかった捜査の進展をエルマは確かにやってるからやる資格はあるよ」
「……ここで私が反対しても意味ないわね。エルマ、あくまでソレイに責任が及ばないように最大限の配慮をしなさいよ」
「印象こそ変動は避けられませんが、直接の責任はさせないようにします」
「エルマ兄……いえ、エルマ、王と王室の総意として命令します。貴方の案を実行しなさい」
「承りました。ご判断、感謝します」
なんとか同意を得られ、エルマは深々とソレイと王室に頭を下げた。
「それではさっそく行動に移すため、フィルミと打ち合わせの後ユーストルへと戻ります」
「エルマ、一つ聞かせてもらえる?」
これでようやく終わりかと思えば、不意打ちとしてラネスが質問をして一瞬緊張する。
「我が軍のルィル少尉が不名誉除隊してチャリオスに再就職したことなんだけど、もしかして潜入調査だったりする?」
やっぱりそれが来るか、とエルマは安心しきったところでの質問に困惑してしまった。
タイミングとルィルの経歴から見て、そう考えるのが自然だ。
いくらデジタルで自然的に偽装できたとしても、人間的印象だけで言えばそう考えて当然だ。
「いえ、ルィル少尉は私も驚いていました。彼女ほど愛国心にあふれた人はいないのに、それを知った時は開いた口がふさがりませんでしたね」
ルィルは極秘作戦中なので話すことは出来ない。例え王であっても知られてはいけないことはあるのだ。
「そう……」
「なのでチャリオスがつぶれれば彼女も転職したことを後悔するでしょう。まあ、もうここには戻ってこれないので、今後は大変な人生が待ってますね」
単身で頑張っているルィルには申し訳ないがここでは貶さしてもらう。
「それではこれで失礼させてもらいます」
これ以上長居して考えが変わったりボロが出たりしては意味がない。エルマは再度頭を下げて大会議室を後にした。
「ソレイ、立派に王様をしてるじゃないか」
十三歳と見て過小評価してしまったが、立場が人を育てると言うようにソレイは王としての意識を持っているようだ。
ならば王として立場を守るべく、発案者のエルマは全力で応えなければならない。
エルマは感謝と決意を新たに、フィルミと打ち合わせをするべくフィルミの執務室を探し始めたのだった。
*
ルィル・ビ・ティレナーがチャリオスに再就職した報道がされてから一週間が過ぎた。
ユーストル側日本領の須田町では、ルィル騒動はほどほどに沈静化して普段通りの活動が繰り広げられていた。
官民が織りなす須田町では整地され、元大草原であることを忘れるほどにアスファルトで覆われ、日々多種多様の車両が『陸上の渚』である境界線を行き来している。
歩道にもスーツや作業着を身に着ける人々が往来して、その活発さを醸し出していた。
ユーストルに迫っている脅威はテロとアルタラン安保理以降連日報道されてはいるものの、国家事業であるフォロン採掘事業及びユーストル開発を中断するわけには行かない。
警察に海上保安庁、国防軍と内外で脅威から守る治安組織がまだ人の立ち入らない日本領ユーストルも含めて巡回し、須田町に安心を提供する。
そして日本が経験した最近の有事が、テロを除いてラッサロンとレーゲンを含む多国籍軍との戦闘だ。その戦闘空域も日本から遠く、飛来したミサイルも日本の海で迎撃したため国民の危機感はそこまで高くなかった。
そうしたこともあって、須田町では普段と変わらない日々を過ごしていた。
この日までは……。




