第111話『まずは知ることから』
「二十四時間前までは捜査官のマネごとをするなんて思ってもなかったわ」
「退任した兵士が情報省に再就職する例はあるな。心身ともにタフだから適任なんだ」
「基地の掲示板にチラシが張ってあったかな?」
「しかし、スーツなんて持っていたんだな」
「着る機会がなくてロッカーにしまいっぱなしだった一張羅よ。中佐こそスーツを持っていたのですね」
リィアとルィルはそうした話をしながら浮遊艇で駐日イルリハラン大使館からテロ現場へと移動をしていた。
完全なプライベートならともかく仕事中は原則軍服を着る。式典なら正装、その他なら制服だ。
それが今まで着る機会がほとんどなくしまいっぱなしであったスーツを着用することを、二十四時間前までは想像すらしていなかった。
「俺だってドレスコード用の服くらい持ってる」
「着て誰と行くんです?」
「お前な、上官には敬意を示せ」
「今は共に行動する捜査官なんだから上下はないわ」
エルマ監督官がソレイ新王から頂戴した王命により、ルィル達の立場は既存と比べて極めて特殊な部類となった。
一時的に兵士としての立場は凍結し、情報省特別捜査官相当の権限を有して活動を許された。その間のチーム内での上下関係はなく、同時に人事査定にも影響がない。
まとめ役としてトップにエルマ監督官が付き、その下に最上官であるリィアがつくが基本は全員対等だ。
「……けど、素人に近い私たちの捜査で真相を突き止められるのかしら」
ルィルはタブレット端末を操作しながら呟く。
タブレット端末にはイルリハランと日本が獲得した情報がオフラインでインストールされている。情報漏えいを防ぐために有線でデータの移動をするから速度は犠牲にしてしまうのが難点だが。
「信頼できるのが俺たちだけだからな。シルビーをそのまま動かせれば楽だろうけど、情報漏えいもしやすくなる」
「信頼されるのはうれしいけれど……」
そもそもとしてルィルは警察の捜査については何も知らなかった。
現在と未来に起こる国家防衛に関わる知識は詰め込んでいても、過去に起きた出来事を突き止める知識については何もない。ドラマなどで作られた捜査はあれど、あれは視聴者に見やすいように簡略されたり都合よくできていたりするので、リアルの捜査は一切知らなかった。
信頼されるのはうれしくても、技能も鑑みて選定してほしい。
「そこは正規チームに負んぶに抱っこと行こうじゃないか」
「それって日本の慣用句?」
「じゃなきゃ0からの捜査になるだろ。すでにある情報に知ってる情報を上乗せすれば、別の答えが出るかもってエルマは期待してるんだろ」
エルマ監督官は過剰な警戒をしていて、例え二人っきりであっても示唆に繋がるような会話はしないようにと言われている。
見えない敵だからこそ、常識ではありえないレベルでの警戒が求められた。そこから一つずつ真相を知っていき、警戒するレベルを下げていく。
そうなるまでは精神的に疲弊していくが、ある一定を越えれば一気に楽になるはずだ。
ただ、前提の有無で素人捜査官がプロの捜査官を上回ることが出来るのか、その不安は拭いきれない。
浮遊艇はユーストルの空を進み、前方に空に地面にと人工物がある地帯が見えてくる。
空にはラッサロンから派遣されたイルリハラン軍の駆逐艦や消防艇が飛び、地上では日本から派遣された日本軍や日本の土木車両が捜索活動をしている。
テロから早一週間が過ぎたが、遺体の一部は見つかっても欠損の無い遺体は一人とて見つかっていない。
「リィア、いくら小型の浮遊都市とはいえ、あれを粉々に破壊する兵器ってある?」
テレビではいくらでもテロの惨劇は目にしても、こうも目の前で見ると畏怖を感じざるを得ない。ルィルの常識の中でも、数百メートルもする浮遊都市を原形も留めずに破壊する兵器は知らないからだ。
「ないな。エネルギー量のみならバスタトリア砲で出せても、爆発じゃあまず出せん」
バスタトリア砲は純粋な物理エネルギーで物体を射出して対象を破壊する。瞬間的な空間の膨張による破壊である爆発とは形態が異なるから、ああも粉々にはならない。
「日本の核兵器なら出せるだろうが、日本が自分の首脳を殺すはずもない」
「そもそも放射能が検知されてないからそれもない」
したとしても厳重な管理下にある核兵器を持ちだして使用することなど不可能だ。
「ならどうやってあれだけの爆発力を出すんだ」
「それを調べるんでしょ」
浮遊艇は現場から水平に五百メートル、地上から百メートルに設置されているであろう停車空域に停め、リィアとルィルは現場へと近づく。
まずは地上付近で作業をしている日本側だ。
リーアンは蓄積した本能から地上に近づくのを非常に嫌う。二メートルまでなら耐えられても、地上数十センチとなれば冷や汗が止まらなくなるほどだ。
軍人は地上に寝そべるだけの訓練を行うが、これがもっとも拷問に近いとされている。
日本側もそれは周知されているので、話をする際は足場を用意してリーアン側に合わせてくれていた。
今回もその例に漏れず、急遽用意された三メートルほどある台座と天幕が現場近くに用意され、リーアンと日本人が共同で捜査活動をしていた。
「くれぐれも設定を忘れるなよ。一応俺たちは嫌われ役として動くことになるんだからな」
「了解」
ルィル達極秘捜査チームは、表向きはラッサロン浮遊基地内で結成された独立した非公式の捜査チームとして日本とシルビーに伝達されている。
そうでもなければ、既に始まっている捜査資料を知ることは出来ないからだ。
それによって犯人側に勘繰られないか不安が残るも、偽でも素性を明かさずに捜査資料を探れば即ちテロ犯人と思われてしまう。
ただ、チーム発足はソレイ新王の王命と言うことで、幼い故の未熟な判断と誤魔化すことが出来るがそこは祈るしかない。
それ故に時差は短いとはいえ、途中参加で入っては捜査資料を持っていく素人捜査チームを快く受け入れることはないだろう。
嫌われ役必至の状況で、リィアとルィルは別命を持って天幕の中へと入った。
天幕の中は天に住むリーアン、地に住む日本人とそれぞれ机が用意され、数住人と捜査機関の人々が資料やパソコンに目を通していた。
電話の呼び出し音がひっきりなしに鳴っては職員が対応している。
「……君、ここの責任者に会いたいんだが」
リィアはすぐ近くにいたシルビー職員に声を掛ける。
「誰だあんたら」
史上最悪のテロを前にしてピリピリしているようで、リィアより年下ながら敬意を払わない。
「ラッサロン浮遊基地から来た別組の捜査チームだ。ソレイ陛下より命を授かっている」
「……そう言えば今日来ると言っていたな。その証拠は?」
リィアは背広の内ポケットから王璽が押された王命を出して職員に見せる。
「それは本物の王命ですか?」
「なら責任者に連れて行ってくれ。この王命が本物かどうかも確認してもらってもいい」
「分かりました。こちらへ」
事前に話を聞いていたとしても、両国が出し抜かれたテロのあともあって疑心暗鬼に見舞われている。一応日本交流で知名度はあるはずだが、それすら無視するほどに余裕がなくなっていた。
「仲間を見る目ではないわね」
「敵でも味方でもないって感じだな。まあこちらとしては好都合だ」
持っている情報からして仲良しこよしも敵対も出来ない以上、触れず離れずの付き合いが丁度いい。
案内された場所は天幕の中の上座の位置だった。イルリハランと日本、両捜査機関のトップが机を並べて座っており、同僚と同様に資料を目にしパソコンに目を向けていた。
「局長、ラッサロン浮遊基地より二名捜査官が来ました」
「捜査官? ああ、連絡が来ていたアレか」
机に置かれたネームプレートには情報省テロ対策局局長のタムシー・フー・オウルトリルと書かれていた。見た目は役職相応で威厳ある風貌をしている。
「ようこそ。話は聞いているよ」
「ラッサロン浮遊基地より、ソレイ陛下の命により来ました。リィアとルィルです。自分たちの管轄下で起きたこと故、微力ながら関われることを望んでおりました。落ちた名誉を挽回するべく協力を願います」
「兵士が捜査官のマネごとをして果たして挽回できるが分からないが、是非とも頑張ってくれたまえ。王命が出ている以上、開示できない情報はない。情報管理は徹底してもらうが好きにやってくれ」
分かっていたがぞんざいな扱いである。
適当な訓練を受けた捜査官と、急増の捜査官では期待値が違うのは当然だ。
しかも基地のある目の前でテロを起こされたのだから、お前らは何をやっていたんだと内心思っているのかもしれない。
「これが王璽の入った王命です」
案内した職員が書類をタムシーに手渡す。
「確認せずとも二人は本物だよ。二人の顔がそのまま証明書だ」
身命を賭して両国のために動いた人物が翻ってテロを起こし、剰え自身を探るようなことはしない。
リィアとルィルは敬礼をし、今度は隣の日本の責任者へと向かった。
二人とも日本語は堪能だ。意思疎通に障害はない。
「初めまして、ラッサロン浮遊基地より来ました、リィアとルィルです。ご連絡が行っていると思いますが、別視点による捜査も必要との新王の命にて捜査に参加します」
「はい、お話は聞いております。警察庁の真木俊夫です。協力出来ることなら可能な限りしたいと思います」
同族と違い、日本側は柔和な対応をする。
「感謝します。もちろん皆さんの捜査を邪魔をするようなことはしないよう心がけます」
「真相を解明して犯人逮捕に繋がるのであれば誰であろうと歓迎です」
「同じ被害を受け、同じ犯人を追っている以上、国家間や組織の主導権は無意味と思っています。提供できる情報は可能な限り共有していきます」
ルィル達に禁じられていることはバーニアンの真意のみで、それ以外の情報は共有しても良い事になっている。
初手であるあいさつが無事に済んだことで、誰に咎められることなく独自の捜査が出来るようになった。
「では行きましょう」
ルィルとリィアは天幕を出て、下方に見える救援活動が続く事件現場へと向かった。
がれきの撤去及び捜索活動は主に日本人によって行われている。
瓦礫の山は低い丘上に積み重なり、数百人もの警察官が長い棒を差して土中に何かないが探っていた。その外縁部では救助者がいないことを確認した重機が瓦礫を撤去している。
少し離れた地面の上にはブルーシートが敷かれ、発見された被害者の一部が無惨にも並べられてもいた。
「ルィル、俺は遺体の方を見て来るから瓦礫の方で聞き取りをしてくれ」
「了解」
遺体を見せないためか気遣いを見せてリィアはブルーシートの方に向かい、ルィルは高度を下げて地上から二メートルまでにする。
それでも緊張感がひしひしと胸の中からあふれ出て、手脚が小刻みに震えだした。
真横を見ても同じ高さにいるリーアンは一人もいない。
だからこそ地上で平然と活動する日本人が素晴らしくもあり、羨ましくも思う。
そうすれば共に捜索活動ができるのに、抗えない本能がそれを阻害してしまう。
「もし、少しいいかしら」
それでも民間人より大地にまだ耐性のあるルィルは、一人の日本の警察官に声を掛けた。
「はい? あ、リーアンの方ですか。いま脚立を持って来ます」
スコップをもって瓦礫を掘っている警官はルィルの顔を見ると目線を合わせようと脚立を探し出した。
「いえ、作業の邪魔をしているのは私の方だから私が合わせます」
ルィルは逃げたい焦燥を全力で隠し、平静を装って地面から十数センチの高さまで降りる。
ただ、元々長身であるリーアンは女性であっても背丈は日本人男性の平均を超えるため、頭一つ分目線を下げた。
「私はソレイ新王の命により、イルリハラン情報省の捜査チームとは別動隊として行動しているルィルです。いくつか質問をしてもよろしいですか?」
「それでしたら捜査本部にいけばより詳しいことが分かりますよ」
「いえ、現場で活動している方に聞きたいの。私見で構わないから答えてくれる?」
「……分かりました。自分でよければお答えします」
「式典会場の警備状況は知ってます?」
「いえ、自分は神奈川県より応援で来たので式典の情報は知りません」
「警備にあたっていた警官は全員亡くなりに?」
「そう聞いています。国際的に重要な式典だったので、優秀な者たちがあたっていたと聞いています」
ならば搬入の確認を怠るとは考えにくい。怠慢な警官を選別するはずもないから、爆発物がないか入念に調べるだろう。
いくら日本国内ではそうした心配は不要でも、各国の要人が集まる式典なら隅々まで調べる。
その上で爆発物の搬入を許したとなれば、常識外の方法で運んだことになる。
六年前、アルタランの安保理が闇に葬ると決めたバーニアンの存在を知っている者から直接、または知っている者同士の会話から犯人は知り、何らかの動機によって爆破テロを行った。
前者ならただのテロリズムでも、後者ならルィルたちの常識を超えるなんらかの手法を取ったと推察できる。
しかし証拠がない。
この推察を裏付ける証拠を見つけなければその先には進めない。
なら、その推察を前提とした捜査をしてその可否を知ればいいのだ。
時間はロスとしても、その前提を考えなくてよくなる。
「ますます中の情報が知りたいわね」
確証を得るにはやはり爆破の瞬間の浮遊島の内部を確認したい。犯人はそれを妨害することを含めて文字通り木っ端みじんにしたのだろうが、全てはそこからだ。
「とはいえデータは全部浮遊島……あの爆発なら機材も消失している。さすがに取り出せないか……」
フィリアの浮遊機には地球の非浮遊機のように様々なデータを保管し、事故に遭っても火災や衝撃から守るブラックボックスがあるが、浮遊都市にはそれがない。
その理由は単純に浮遊機より墜落することがないからだ。
移動に特化した浮遊機と違い、浮遊都市は人が住むに特化した人工物なため、墜落しない設備が幾重に備わっている。
浮遊機で二重。浮遊都市では六重と主系統から独立したレヴィロン機関を抱えている。あくまでバックアップなので墜落しない程度に費用は抑えられているが、主系統レヴィロン機関を直す時間は稼げるので採用されている。
なので墜落した時に備えてのデータ保管は浮遊都市にはないのだ。
よってこの惨状を見るとデータ回収は絶望的と考えるほかない。
「今更だけど、監視映像だけは回収できるシステムにするべきだったわね」
ただ、それは小規模の浮遊都市に言えることだ。イルフォルン並みの超大型浮遊都市では、そのデータ量はペタを軽く超えるだろう。それだけで専用のサーバルームが必要になるから各建物での管理となる。
今回のテロをきっかけに監視映像を残す枠組みが出来ればよいが。
なんにせよ式典会場内部の映像をどうにか知りたい。
「お巡りさん、なんとか式典会場内の映像を見たいのだけど、何か方法はないかしら」
警官はルィルが考え込んでいる間に再び作業を始めており、問いかけで再び顔を向けた。
「ブラックボックスがあれば生き残ってたとは思うのですが」
「浮遊都市にはそれがないのよ。規模が大きいのとそもそも墜落することがないから」
「ですね。飛行機の数十から数百倍だと両手で抱えられる大きさでは済まなそうですし」
「他に何かありませんか?」
「……あとはスマホのクラウドか……もしかしたらですけど、日本側から参席した誰かが撮影した映像が日本のサーバに残ってるかもしれないですね。日本から近いので電波は来ていたと思うので」
「それは本当!?」
「いえ、自分もそこは専門外なので絶対とは言えませんが、そうした捜査をしてるドラマを見たことがあって」
「ドラマ……」
「すみません。そこはより詳しい人に聞いた方が早いと思います」
言いつつ警官は支給か自前の携帯電話を取り出した。
「やっぱり電波は来てますね。須田町が近くにあって5Gや4G+で通信が出来るので、異地のクラウドサービスは死んでも日本のクラウドサービスならあるいは」
「ありがとう。それは日本の警察も調べてるかしら」
「いえ、個人情報になるので各通信キャリアが提供しないとなればしません。総務省からの指示か裁判所の命令がなければ、捜査協力でも提供はしないと思います」
「こんなテロが起きたと言うのに!?」
「海外であればそこはオープンなんですけど日本企業は筋を通す性格なので、いくら法を無視するべきでも反しないんですよ」
正義を通すために法を破れと言う行政と、非難されても筋を通せと言う民間。
客観的に言えば企業の方が正しいと言える。
「もどかしいわね」
「ただ、どのように捜査が行われているかは自分は存じていないので、そこは捜査本部で聞かれた方がいいです」
「そうね。作業の途中でごめんなさい。それと手伝うことも出来なくて」
「いえ、そこは適材適所ですよ。自分は作業に戻ります」
警官は敬礼をするとシャベルで地面を掘り始め、ルィルは高度を上げた。
「とりあえず取っ掛かりは掴めた。あとはどうつかみ取るかか」
するなら日本政府にデータ提供を求めないとならない。日本の捜査本部がすでに行っているならそのデータを貰うだけだが、していないならイルリハラン側から求める必要がある。
あまり使いたくない手だが、幸か不幸かルィル達別の真相を探っていることを知っている日本人が行政側にいた。
そこから後押しをしてもらえば、少しだけ先に進めるかもしれない。
もしかしたら無意味かも知れないが、今はそれすら分からないのだ。
まずは知ることから始まる。
一つずつ知っていけば、最後に分かるのは真相だ。
例えそれがどんな結果であれ、どれだけ時間が掛かろうと、小さなことからこつこつ知っていけば最後には終わるのだ。
犯人がその後どう動くかは分からずとも、追う側はそれしかできない。
それしかできないなら、それのみに集中することだ。
ルィルはリィアと合流して今後の動きを話した。




