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陸上の渚 ~異星国家日本の外交~  作者: 龍乃光輝
第二部 第四章 フェーズ1 捜査編 全19話

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第110話『事実が真相とは限らない』

『ユーストル・世界同時多発テロ対策本部』は国際テロの観点から警察庁ではなく、内閣に設置された。

 構成員は内閣及び関連省庁のトップで、さらに本部長が認める協力員も含まれる。

 本部長は内閣官房長官となっているが、今回のことで官房長官であった若井が総理代理となったことで、そのまま若井総理が本部長として着任することとなった。

 関連省庁は国家の秩序に関わる省庁で、地球時代と違えば常任とも言えた外務省が外れて星務省が加わったことぐらいである。

 羽熊も関連省庁の一つ、星務省の外局である異地交流浸透機構の現地交流部主任兼特別アドバイザーとして参加した。

 近代日本では最悪と言えるテロを経験したこともあり、官邸地下にある内閣情報収集センター内は重々しい空気に満ち足りていた。


「現場を調査した結果、やはり放射線は一切出ていません」

 警察庁長官が、現場から上がって来た情報の総括を報告する。

「検出できだ残留物により、何らかの爆薬が使われたのは確かです」

「何らかの、と言うことは詳細は分かっていないのか?」

 本部長である若井総理が訪ねる。


「はい。日本、イルリハラン共にデータベースには記録されていない成分とのことです」

「新型爆薬と言うことか?」

「成分としてTNT火薬に含まれるものが検出されましたが、約四分の三が既存とは異なる成分です。イルリハラン警察と確認を取ったところ、イルリハラン国内でも使用及び製造はされておりません」

「極秘裏に開発された爆薬かもしれないか。威力は?」

 次に答えるのは幕僚長である(まゆずみ)天将。

「爆発の規模からTNT換算で千トンから千三百トン。核兵器と比較すれば十分の一に及びます」


 式典用浮遊島が爆発した瞬間は遠望カメラにて収められ、今はどこも自粛に入って放映していないが発生当時から翌日までは繰り返し民法で放映され、その威力は国民を含め関係者全員が目の当たりにしている。

 誰が見ても核兵器並みの威力があると思い、それでも十分の一に過ぎないことに皆似たようなことを考える。

 あれだけの規模で十分の一であれば、現在日本も保有しているアメリカ製の核兵器の威力は想像もできないことだ。


「だがだとすればどうやって千トン以上……いや、新型火薬で少量化に成功した物だとしても浮遊島に持ち込んだんだ。事前の検査は万全だったはずだろう?」

「はい。テロ対策は十分施してきました。貨物検査は三重で行い、業者の身分調査も行っておりました。仮に爆薬の量を十分の一の質量に縮小出来たとしても、百トンもの不明貨物が入庫されれば検査で分かります」

 日本は内政も経済も、小惑星落下や国土転移を前にしても諸外国と比べれば安定しているからテロの心配はないものの、それでも過去の事件から警備は怠らない。

 だからこそ手段が分からず、現場も本部も混乱してしまう。


「誰かが買収されて爆薬を招き入れたか……」

「入場記録が改ざんされていない限り、爆発現場に警備担当を含め全員いました」

 事前に聞かされた通り、関係者は全員被害者リストに載ってしまっている。

「浮遊島の監視カメラの映像はないのか?」

 答えるのは総務相。

「異地のネットワークは地球と違って無線通信が主です。通信衛星を介してのネットワーク構築なので地球と比べて通信速度は遅く、他の浮遊島のサーバーにデータを残すようなクラウドサービスは機能していません」


 意外と勘違いされがちだが、地球時代で高速通信が可能だったのは無線の通信衛星の存在ではなく海底ケーブルによる『有線通信』だからだ。多国間を繋いでいるのは海底ケーブルや電線等を通してのことで、通信衛星も高速ではあるが有線と比べたらはるかに遅いのだ。

 浮遊島はその特性上有線で繋ぐことは出来ず、必然として無線でのネットワーク構築しか出来ない。

 無論浮遊島内なら有線で高速通信が可能なのだが、浮遊島同士の通信はそれよりは遅くなる。

 よって、クラウド上でデータ保管という概念が異地社会ではなかった。

 強いて言えば浮遊島内でのクラウドサービスはあれ、浮遊島同士でのクラウドサービスはないのだ。


「つまり、データは浮遊島単体で保存されていて、ネット上にデータは保存されていないと言うことか?」

「そうです」

「……本当にこの星の文化は……」

 若井総理は項垂れる。

 地球現代と同等の基礎科学は有していても、空に生活圏を置いているばかりに地球と比べると歪さが出る。

「記憶も記録もないわけか」

「そうなります」

「犯人の目星は無いのか?」

「イルリハラン軍にも登録されていない新型火薬を使うとなれば、生産性のない消費性テロ組織では出来ないでしょう」

 イルリハランの保有する軍隊は異地社会でも有数国に入るほど充実している。その軍が保有していない爆薬を使っているなら、必然的に武器を買って消費するだけの過激派テロ組織では成し得ない。


「ありえるとすれば国家規模か、有力なバックのいる組織か」

「声明を発表した組織はなく、国家もまた全ての国から哀悼の意を表明しています」

 真犯人が声明を発表しないからこそ成果を横取りするために別の組織が偽の声明を発表するところ、すれば全世界から集中砲火を受ける。偽の名誉のために自身を滅ぼすカウントダウンを早める愚行はしないだろう。

 国家もそうだ。仮に自分がやったところで世界を敵に回すことを自白するようなことはしない。表向きは手を差し出し、その裏でナイフを向け合うものだ。

「生存者はないか?」

 災害時に於いて生存率が急激に下がるのが発生から七十二時間とされる。その最たる理由が脱水症状による生死の境界に当たるからだ。七十二時間を超えると、例え窒息や圧迫から生き残ったとしても脱水症状で死に絶えていく。

 人間は何も食べなくても一週間から三週間は生きるとされても、水がなければ三日から四日で死んでしまう。よって災害時でも三日が勝負と言われていた。

 今日で発生から四日目。仮に生き残っていたとしても生存率は著しく低下して行っている。


「一部被害者と思われる遺体が発見されていますが、そもそも五体満足の遺体自体が発見されていません。しかも高度三百メートルの落下に加えての爆発。生存は絶望的です」

「ご家族に遺体を返すこともできないか……」

 警備をした人はおらず、映像記録も望遠以外になく、爆発力が強すぎて証拠も残留物も残っていない。

 分かってはいたが調査は難航してしまっている。

 この場では羽熊博と若井総理だけが知る仮説を前提とすればもう少し進むかもしれないが、これ以上知る人間を増やすわけには行かない。

 羽熊は発生当時から会議寸前まで分かった調査資料を目にしながら、仮説を前提にそれぞれ考える。

 以前はそれなりに情報が揃っていたから、その情報を当てはめてパズルを完成させていった。しかし、今回はその情報がない。いくら状況証拠が当てはまるとはいえ、確たるものがなければ想像と同じだ。

 それでもここにいる以上考えないわけにはいかないので、自分なりに考察をする。


「あのう……発言良いですか?」

 それなりに政府と関わりを深く持っても、普段はテレビで客観的に見る民間側だ。こうした日本を動かす人々が集まる中に混ざることもないため、羽熊は挙手をした。

「博士、なにか?」

 本部長であり議長でもある若井総理が聞く。

「まずは確定していることを確認しましょう。とはいえ確定情報は少ないですが。一つ分かってるのは、浮遊島の被害者は除いて世界各自での爆破テロの被害者は、六年前アルタランの会議に参加していた安保理の理事国大使とその国の首脳らです。となると、犯行理由はそこにあるんじゃありません?」

「……博士はその当時、アルタランの会議に参加していましたね」

「はい。六年前、アルタランの安保理で話し合われたのは、レーゲンによるユーストル侵攻による襲撃や接続地域への奇襲についてのことでした。同時に日本の主権の認知とユースメミニアスの草案も話し合われました」

 その真相はウィスラー元大統領がハーフか否かで、そのハーフを根幹として表向きの話し合いがされた。


「そうなるとやはり犯行動機はユースメミニアスか」

「確かにあれば日イに有利な条件のオンパレードでしたからな」

「全流通量の四分の三を二ヶ国が独占するとなれば不満は募りましょう。現に式典でも批判が相次いでましたし」

 そう閣僚らが憶測を述べる。

 その憶測はあながち間違ってはいないが、それは政治の世界では普通のことだ。

 日本とて地球時代では搾取される側だったのだから。

「そう結論付けたい気持ちは分かりますが、不条理条約なんて政界では普通でしょう? それでテロを起こす必要はありますかね?」

「あるな」

 防衛相が腕を組みながら断言する。


「フォロンはこの社会では石油を上回る覇権を握る資源だ。それを二ヶ国が独占すれば当然反感を買う。このテロで日イの内政を揺るがせ、落ち着いたところで再び起こして圧迫を掛けていくことはありえる。もちろん犯行理由を匿名でも発表する必要はあるが、別に今回だけでなく次回でも十分効力はあるし、例えテロには屈しないとしても、見せない攻撃を繰り返されて官民共に被害が出続けたら分からん」

 政治的圧力を武力を持って与えると言うことだ。

 テロに屈しない。テロリストとは交渉しないは政府として当然の考えだ。

 しかし、対処が間に合わず二度三度と被害を受け、官民ともに被害者を増やしていけば世論の矛先は頑迷な政府に向かう。

 そうなると政府は事実上テロに屈してフォロンの流通量緩和となる。

「何としても次のテロが起きる前に逮捕しなければ犯人の思う壺だ」

「今朝のニュースで新政権の支持率は三十三パーセントと世論調査が出ています。次に起きれば二割を切るでしょうね。それだけでなく捜査の進展もなく内政で不備もあればもっと低くなりましょう」

 総務相が良い顔をしない。


「総理、あなたがその若さで自力で総裁選を勝ち取ったとなれば支持率は七割、いえ八割は固かったでしょうが、その総理の立場は法に基づいて強要されているに過ぎません。若すぎることが仇となって国民から信用を得ていないのです。野党からも若すぎる総理として信用に掛けるとも言われ、次にテロが起きた時に何も出来なければ不信任決議が出されて可決する可能性もあります」

 不信任決議は投票によって対象者の信任を問う決議で、ねじれ国会か余程の不評を買わない限りは可決することはない。

 若井総理がもし不信任決議を問われれば、経験の浅さと法に伴っての就任なので与党からも可決を出す議員がいても不思議ではなかった。

 さすがに国家を揺るがすテロが起きた直後で、印象だけで不信任決議が出されることは面子からしてまずないが、次を許してしまえば出す可能性は高いだろう。

 いわば若井政権は時限爆弾を抱えているのだ。

 笠原政権から続投をしている閣僚たちも巻き込まれる形で歴史に汚名を残しかねないので気が気ではない。


「不信任決議がで可決されたのであれば甘んじて受けます。そして後任の総理の指導で犯人が逮捕出来るなら私から言うことは何もありません。ただ、どんな形であれ辞めさせられる形にならない限りは総理代理として職務を遂行するだけです」

 若井総理は信念を持っている。官房長官に任命していただいた笠原前総理の無念を晴らし、世界を混乱に導いたテロ組織を逮捕する、と。

 そして総理としての責務は全うするに対して、総理への椅子への執着は持ち合わせていない。

 事件解決後には辞職するつもりだし、総裁選に立候補するつもりもなかった。

 だから世論がどうとかは気にせず、国の今後は考えても自身の今後は考えずに事件に集中する。

「なので保身ではなく事件について集中しましょう。博士も犯人の動機はユースメミニアスにあると思いますか?」

「憶測だけで言えば可能性は無尽蔵にあります。ある程度証拠がなければ方向を決めつけることも出来ません」

「当時の安保理の首脳と大使が狙われて関係ないと言えるのかね?」

「そう思わせるブラフとも言えます。現に状況からそうではないかと誘導されていますし」

「最初に言い出したのは博士ではないですか」

「はい。自分から話をして恥ずかしいのですが、話した直後に気付きました。狙われた事実は事実でも真実とは限りません。もっと情報がなければ間違った敵を追うことになります」


 被害者だけをみればユースメミニアスが動機と思え、バーニアンを前提を見るとまた別の見解になる。そもそも被害者から推測する動機がカモフラージュとも言えるから、被害者だけで犯人を追うのは難しい。

 実際の捜査も、被害者の関係者を疑うのは方向性の一つであり、犯行の方法や道具、遺留品の数々から多数の点を見つけ出し、それを線にすることで事実から真相へと導いていく。

 残念ながら日本だけでは見つけられる点は少ない。

「他に確実な情報はないのか?」

「現時点でこれ以上の情報はありません。ですが現場で得た情報はイルリハランの情報省に提供しまして、その情報を元に捜査をして得た情報は我々に還元されます」

 地上付近の捜査は日本。それ以外の捜査はイルリハランが行う手はずとなっている。

 日本だけでは絶対に犯人逮捕には至れないから、そこは同じ被害国として共同捜査となる。

 それは存在しない調査チームもだ。


「イルリハラン側が全ての情報を開示してくれればよいがな」

「その点は心配ないでしょう。日本もですが、もっとも犯人を逮捕したいのはイルリハランなのですから」

 国王と王太弟を殺害され、弱冠十三歳が王位を継ぐと言う未曽有の内政の混乱を招いているのだ。感情論を抜きにしても異地社会で最も処罰をしたいのはイルリハラン王国である。

 つまり、イルリハランは犯人の情報を得るなら日本にどんな協力もすれば要請もするはずだ。

 持ちつ持たれつで進めていくしかない。今の日本はここらが限度で、次はイルリハランが何かを掴んでそれを元に新たな発見を日本がして行く。

 それしか出来ないのだ。

 地上と天上、双方から攻め入る必要がある。

 会議はこれにて終了となり、各々従来の職場へと戻っていった。


      *


「……懐かしい面々ね」

 ルィル・ビ・ティレナー少尉は会議室に集められた面々を見ながら呟いた。

 人数はルィルを入れて十人。

 六年前、まだ軍曹だった頃、転移して来たばかりの日本を偵察するため共に活動した元偵察隊のメンバーたちだ。

 いかにあの歴史的特異点を共に乗り切った仲間達であっても、職業軍人である以上配置換えや異動がある。

 イルリハランと日本が国交条約を結んでからほどなくして仲間たちは昇進や退任、異動でラッサロンから離れていった。ルィルは当時の功績の大きさから昇進をしつつもラッサロンに留まり、日本軍との共同を張れるよう間を結んでいた。

 そして起こった史上最悪のテロにより、ユーストル内での警備強化をしていたところで緊急招集が掛かった。

 さすがに退任して民間企業に転職した人達はいないが、全員が日本と関わった面々である。


「ルィル、お前も呼ばれたのか」

 会議室の戸が開くと、同じ基地内でも別の配置であるため会うことがなくなっていたリィア中佐が入って来た。

「はい」

「……全員六年前に日本と交流した奴らか」

「みたいですね。なぜ再招集されたのかは分かりませんが」

「そりゃテロ絡みだろ」

「けれど現場調査はシルビーと日本ですし、ユーストルの警護強化は当日からしてます。私たちを集めてなにをさせるんです?」


 テロ関連としても日本に対して出来ることはほとんどない。転移当時なら日本を知るために交流を深める必要があったが、行政を越えて民間レベルで交流が盛んな今、わざわざルィル達を招集する理由がない。

「さぁな。けど何らかの理由はあるんだろ」

 リィア中佐が来るまでに集まった者同士で話をしても、全員招集理由は知らされていない。

 招集を呼び掛けたのは基地司令なのだが、理由を聞いても極秘とされていた。

「特別任務ってところですかね」

「それも極秘ででな」

 即ち、非公式での行動を余儀なくされる何らかの情報があると言うことだ。


「まさか日本に潜入せよとかじゃないですよね」

「それはないだろ。物理的に俺たちは日本に入ることは出来ないんだ」

 この惑星には公転と自転が完全同期して移動し続ける気体フォロンがある。その気体フォロンに、生体レヴィロン機関が生み出す力場と干渉して浮遊するのだ。

 相対的に不動であるため、気体フォロンは元来ない空間に移動することがない。よって元々気体フォロンの無い日本国内には、六年経ってもリーアンは立ち入ることが出来ないのだ。

 そして地上には本能から近づくことも出来ないので、極秘だろうと特別だろうと日本侵入はないだろう。


「日本軍と連携してなにかするかか」

「ですが、すでに共同訓練をしているのに親日派のメンバーを集めるでしょうか」

 ユーストル防衛をラッサロンのみで行うことは出来ない。無限の戦略資源が眠っているユーストルを守るには国家相当を守る規模が必要で、ユースメミニアスに合わせて日本軍との協力関係に精力的に動き続けた。

 日本としてもユーストルを守ると言うことは日本自身を守ることになるので、ラッサロンとの訓練には精力的だ。

 つまり、ルィルたちが集められる意味がない。


「なんであれ説明はあるだろう」

 そうリィアが言うと再び戸が開いた。

「お待たせした」

 入って来たのはエルマだった。

 その言葉で呼び出したのはエルマだと全員が察して背筋を伸ばす。

「皆さんは全員基地司令から招集が掛かったと思われますが、招集をかけたのは私なのです」

「……エルマ、大使と呼べばよろしいですか?」

 集まった中で階級が高いのはリィア中佐で、リィアは訪ねた。

「それはこれから話すことで変わります。ここに集まってもらった方々は、六年前共に日本との交流をした仲間で、私が個人的にですが信頼できると独占的に判断させてもらいました」

 エルマの言う通り、史上初の異星国家を前に手探りの接触を図ったのだから他の基地の兵士と比べれば信頼は出来るだろう。


「まずは携帯電話や無線、持っている通信機器の電源を全て落としてください。従えない場合はどうぞ退室してください。退室しても査定には響かないのでご安心を」

 有無を言わせない命令をエルマは下す。

 ルィルはエルマらしくない命令に違和感を覚えた。

 彼は温和な言葉遣いを駆使して気持ちの良い指示を出すのに、今回はその余地を残していない。嫌なら出て行けときっぱりと言っているのだ。

 特別かつ極秘任務だからと頭を切り替え、全員があらゆる通信機器の電源を落とした。

「……ありがとうございます。これから話すことは最重要機密で、これ以上がないほどの機密と思ってください。そしてこの機密は無条件で守り続けてください」


 簡潔な言葉の中にあるあまりにも重い言葉に、会議室の空気は一気に重くなった。

 無条件で守ると言うことは、どれだけ自分に弱みとなる対象が狙われようと洩らしてはならないと言うことだ。死んでも話さないとあるが、それは自分がどんな拷問を受けても話さないだけで、家族や知人、恋人に友人が対象となると変わってしまう。

 つまり肉体への語り掛けには屈せずとも、精神への語り掛けには屈してしまう。エルマはそれでさえも話すなと言うのだ。

 これ以上の無い機密なのだから相当なのだろうが、それがエルマの口から出るのが衝撃的だった。

 いや、そもそもルィルとエルマは兵士としては短期間でしかなく、大使となってからも接点は短かったから、単に美化してしまっているのかもしれない。


「それが出来ない人は今すぐ退室してください。質問は残念ながら機密示唆に繋がるので、誰が犠牲になろうと機密を守る人だけ残ってください。ああ、退室する人も今話したことは他言無用です。これは命令です」

 エルマの話を聞いてルィルは考察する。

 言葉の裏を考えると、洩らせば国家反逆罪で死刑レベルの機密を話そうと言うことだ。

 そうした特別かつ機密任務は通常特殊部隊が担うものだ。ルィル達一般兵は社会で言う正社員で特殊部隊のような完全独立した部署と関わることはまずない。

 国防のためという気概は普通も特殊も変わりなくも、その上で一般兵と特殊部隊では心構えがまた違う。いわばプロの中のプロだ。

 ルィルの知る限りこの中に特殊部隊の訓練を積んでいる兵士は誰一人といない。なのに特殊部隊と同等の任務を与えるべきだろうかと考える。

 質問を受け付けないのもふるい落としを加味してのことだろう。

 少しでも懸念材料を払しょくするために質問はするのに、それを受け付けないと言うことは疑念を残したままで決めなければならないということだ。

 残るなら相当の覚悟と決意を持っている事であり、退室する場合は自身や家族を狙われたら情報を吐かない覚悟が持ててないと言うことになる。

 エルマはその選別をさせているのだ。

 大事なのは何を持って残るか。

 わざわざ基地司令の指揮系統を使って招集を掛け、尚且つ詳しい説明もなく聞くか聞かないかの二択を迫る。その先にあるのは国防なのは間違いなく、その国防に自身が関わりたいか関わりたくないか。

 ルィルの気持ちは最初から国防にある。


「……これが最後の選択です。聞いてから辞める選択はありません。今なら通常勤務に戻れますが、残れば完遂するまでは自由は捨ててください」

 エルマの声に柔らか味がない。それだけ本気と決意が垣間見え、全員が動かない。

「残っていただいてありがとうございます。ではこれから話すことを心して聞いてください。現にこの情報を知ったことで亡くなった人がいて、私と日本の羽熊博士も危うく死ぬところでしたので」

 一層空気が引き締まった。

 ここにいる全員、エルマはもとい羽熊のことは友人のように思っている。彼と会ったからこそ今があり、彼と話したからこそ親日でもあるのだ。

 一体なにを知ったのか、そして知ることへの重みもしみじみと分かってエルマの話を聞いた。


 なぜレーゲンがここユーストルを執拗に狙い続けていたのか。

 ファッションと思っていたウィスラー元大統領の頭髪が、実はバーニアンの特徴である黒髪を隠すため剃っていたこと。

 生物学的にフィリア人と地球人は交配が可能で、百パーセントの確率で優性人種が生まれ、何世代に渡ってフィリア人、地球人が親だろうと優性人類が生まれること。

 身体的特徴も遺伝するから、放置すれば確実に純血種は絶滅危惧種となり、差別や争いの元になること。

 先のテロでは、その事実を知っている人々が狙われていること。

 つまり、このことを知る人間は優先的に狙われると言うこと。

 ルィルたちは正規の捜査チームから独立した、通称バーニアンを前提とした捜査をするために集められたこと。

 エルマは一時間に渡りこれらのことを説明した。


「――兵士である皆さんに捜査官のようなことは技能違いから出来ないと思うかもしれませんが、経歴を調べるとそれぞれ得意分野がありますし、総合的にはチームとして成立できます。そして何よりここにいる全員裏切る者はいないと確信しているので、特殊部隊やシルビーに頼らず皆さんにお願いをしました」

「……では今いるメンバーのみで優性人類、バーニアンを前提に独自捜査をするでよろしいですね?」

 リィア中佐が要約する。

「私が監督官として総指揮を取り、同時に全責任を負います。その根拠である王命も賜っているので捜査をしてもらいますので責任の全ては私に押し付けてください」

 要はどんな無茶をしても責任はエルマが取るから好きにやれと言うことだ。


「エルマ……監督官、監督官の話通りであれば、秘密を知った自分たちも常にテロ犯人に命を狙われると思っていいのですか?」

「はい」

 兵士たる以上命を懸けることは宣誓の時から持っているが、こうもはっきりと言われるとより気を引き締められる。

「それを防ぐためにも正規の捜査本部と同じ通信システムを使い、テロ犯人の通称をバーニアンとすることで我々の存在を隠します」

 人を隠すには人混みの中というから、重要用語を共有させることでかく乱させることが出来る。

「なので通信をする際には十分注意してください。過剰であるかもしれませんが、通信は傍受されている前提で話を願います」

「それはさすがに過剰では? 軍の通信機器は最新の暗号化がされていて、他国軍でも安易に解読は出来ませんよ?」

「そうですね。当時で三十人以上いたのなら、その内の一人から漏れ出た可能性もあります。いえ、そこから漏れたと見る方が自然でしょう」

「または売り込んだか。優生学って何世代も渡って優秀な人同士の子孫を残して行くのに対して、次世代で必ず生まれるならこれほど楽なことはない。国家でも企業でも、その頭脳を使って数世代を飛ばした成果を出せるなら金などいくらでも出すだろうし」

 各々思うことを口ずさむ。

 ルィルも、情報が盗聴されたよりは杜撰な管理で漏えいか売り込みをされたのではないかと考える。


「私たちはその確認も含めて調査をします。どこから情報が漏れ、どうやって爆弾を仕掛けて爆破テロを起こしたのか。正規の捜査チームと合わせるのは万が一を考えてです。何が真実なのか分からない以上、考えられる最大限の予防を張って、分かったところから緩和していきます」

 何かを相手にするのに一番の敵は何もわからない事だ。見えない敵ほど厄介なものはなく、肉体以上に精神に疲弊が来る。

 現移転で分かっている情報は『かもしれない』に留まり、確定は『バーニアン』の情報のみ。もし真相がバーニアンと関係ないのなら、ルィルたちは無意味に世界の秘密を知らされたことになる。

 出来ればエルマ監督官の懸念の通りであってほしいのに加え、無関係であってほしいとも思う。


「話を聞いてそれぞれ思うことはあると思います。その考えに私は否定をしません。ただ、これだけは分かってください。どんな真相があろうと目的は犯人を捕らえて法の裁きを下すことを」

「ですね。クズ共を法廷に引きずり込まないと」

「それで、いつから私たちは動けば?」

 ルィルが訪ねる。

「駐日イルリハラン大使館の一室に正規と同じセキュア通信を備えた捜査室を明日には設置できるので、明日付けで配置換えして捜査を開始してもらいます」

「分かりました。では今日中に身支度を整えます」

「捜査室の準備や配置換えの辞令など不自然でない形で行っているのでご安心を。皆さんに与えられる権限を含め詳しい話は明日しますので、突然ではありますが準備をお願いします」

 そうしてエルマ監督官は出ていき、会議室は静まり返った。


「……ふぅ、皆、中々重い話だがやることは一つだ。命を懸けてクソ野郎を捕まえる、それだけだ」

「だけと言いますが中佐、俺たちは警察の刑事みたいなことしたことないですぜ?」

「別に全員で現場に出て事情聴取をやれってわけじゃないんだ。それぞれが得意なことをやりゃあいい。俺の知る限りでもみんなの得意分野を考えれば出来ないとは言えないしな」


 証拠物の検査やデジタル関係、チーム全体で同じことをする必要はない。各々の出来ることをして、一つの成果を出せばいいのだ。

 だとすれば突出した技能の無いルィルは何をするべきだろうか。

 世界の秘密を知ってどう動くべきか。

 エルマ監督官は日本を良く知っているだけのルィルに何を託そうとしているのだろう。

 疑念は晴れないが、けれど動くことは出来る。

 ルィルはそう言い聞かせ、明日に備えることにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 イルリハラン側の特捜班発足!! 日本と所縁の深い面々が未だ正体不明の組織をどう暴くのか? 式典会場の爆発物、個別に持ち込まれたというより、大ファンの新谷かおる氏のカウ…
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