ED2:婚活成功ルート 前編
離婚して半年ほど経った頃、俺は香織と出会った。
三十一歳。俺より十一歳年下の女性だった。
結婚相談所を通じて紹介された相手で、最初に会ったのは駅前のホテルのラウンジだった。
香織は事務職として働いており、休日には料理をしたり、友人と出かけたりしているという。
落ち着いた雰囲気の女性で、話しやすかった。
「お子さんは希望されているんですよね?」
ひととおり自己紹介を終えたところで、香織が尋ねた。
「はい。できれば二人くらい欲しいと思っています」
「私も子供は欲しいんです」
香織は少し照れたように笑った。
「だから、結婚するなら、あまり時間をかけたくなくて」
「そうですね。私も同じです」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
結婚に対する考え方が近い。
何より、二人とも子供を望んでいる。
それが嬉しかった。
■■■
香織との交際は順調だった。
週末には食事に出かけ、休みが合えば少し遠くまでドライブした。
香織はよく笑う人だった。
俺の仕事の話も興味深そうに聞いてくれたし、俺も彼女の話を聞くのが楽しかった。
交際を始めて三か月ほど経った頃、結婚後の生活について具体的に話すようになった。
「私、子供ができても仕事は続けたいんだ」
「うん。いいんじゃない?」
「産休と育休は取れると思うんだけど、復帰したら保育園かな」
「そうなるだろうね」
「そっちの会社って、男の人も育休取ってる?」
以前、婚活で出会った女性にも聞かれた質問だった。
あのときは、会社に確認していなかった。だが、今回は違う。
「ああ、何人かいるみたいだよ。人事にも聞いてみた」
「そうなんだ。よかった」
「俺も取るつもりだよ」
香織は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。二人で頑張ろうね」
「うん。そうしよう」
子供が生まれたら、どんな生活になるのだろう。
大変なこともあるだろうが、香織となら何とかやっていける気がした。
■■■
交際から半年後、俺たちは結婚することになった。
俺は四十三歳、香織は三十二歳になっていた。
再婚の報告をすると、母は電話口で声を弾ませた。
「まあ! よかったじゃない!」
「うん。今度、連れていくよ」
「ぜひそうして。お父さんにも話しておくわ」
母は嬉しそうだった。
「香織さん、三十二歳なんでしょう?」
「そうだけど」
「そう。じゃあ、これから楽しみねえ」
「母さん、まだ結婚するって報告したばかりだよ」
「分かってるわよ。何も言わないわ」
そう言いながら、母の声は弾んでいた。
父は、香織と初めて会ったとき、少し緊張していた。
だが、食事が進むにつれて会話も弾み、帰り際には「よろしくお願いします」と頭を下げた。
香織の両親にも挨拶した。
俺に離婚歴があることや、十一歳の年齢差については、当然ながら質問された。
「前の結婚では、どうして離婚されたんですか?」
俺は事情を説明した。
「結婚した当初は子供を持たないつもりでしたが、途中で私の考えが変わりまして。前の妻とは話し合った末に、離婚することになりました」
「なるほど。では、今度は子供が欲しいということですね」
「はい」
「もちろん、香織も子供を望んでいます。ただ、必ず授かるとは限りません。そのときは、どうするつもりですか?」
思いがけない質問だった。だが、答えに迷いはなかった。
「香織さんと結婚したいと思っています。子供ができるかどうかだけで、結婚を決めたわけではありません」
香織の父親は俺の顔を見つめ、それから頷いた。
「それなら、安心しました。娘をよろしくお願いします」
俺は深く頭を下げた。
■■■
新婚生活は楽しかった。
香織は仕事を続け、俺もこれまでどおり働いた。
家事は分担し、休日には一緒に買い物に出かけた。十一歳の年齢差を、普段の暮らしを意識することはあまりなかった。
香織は新しい店や流行のものに詳しく、俺の知らないことをいろいろ教えてくれた。
俺も、彼女が興味を持った場所にはできるだけ付き合った。
夫婦二人の生活は、思っていた以上に心地よかった。
結婚して半年ほど経った頃、香織が妊娠した。
「本当に?」
検査薬を見せられたとき、俺は何度も聞き返してしまった。
「うん。まだ病院に行ってないから、はっきりしたことは分からないけど」
香織は少し不安そうに笑った。
俺は嬉しくて、何と言えばいいのか分からなかった。
病院で妊娠が確認されてから、両家の親に報告した。
母は電話口で泣いていた。
「よかったわねえ。本当によかった」
父も喜んでくれた。
香織の両親は、娘の体調を気遣いながら、必要なものがあれば手伝うと言ってくれた。
俺は父親になる。
四十二歳のとき、あれほど欲しかったものが、ようやく手に入ろうとしていた。
■■■
妊娠が分かってから、生活は少しずつ変わった。
香織はつわりが重く、仕事を休む日もあった。
俺はできるだけ早く帰宅し、夕食を作った。買い物も、重いものを運ぶのも俺の役目になった。
休日には一緒にベビー用品を見に行った。
小さな肌着や靴下を見るたび、不思議な気持ちになった。
こんなに小さなものを身につける人間が、もうすぐ家にやって来るのだ。
「男の子かな、女の子かな」
香織が楽しそうに言った。
「どっちでもいいよ。元気に生まれてくれれば」
俺はそう答えた。
本当に、どちらでもよかった。
自分の子供が生まれる。それだけで十分だった。
会社には育児休業の取得を申請した。
上司は驚いていた。
「お前、今から父親になるのか」
「はい」
「そりゃ、おめでとう。大変だぞ」
「覚悟してます」
俺が答えると、上司は笑った。
「まあ、頑張れよ」
仕事の引き継ぎを進めながら、俺は出産予定日を指折り数えた。
■■■
息子が生まれたのは、俺が四十四歳になった年だった。
出産には立ち会った。
香織が苦しそうに息をするたび、何もできない自分がもどかしかった。
それでも、無事に産声が聞こえた瞬間、胸がいっぱいになった。
小さな手。
小さな足。
目を閉じたまま、懸命に泣いている。
助産師に抱かれた息子を見たとき、涙が出た。
「ありがとう、香織」
俺が言うと、香織は疲れた顔で笑った。
「うん」
俺は息子の顔を見つめた。
四十四歳にして、初めて父親になった。
友人たちは、もう十年以上も前に経験していたことだ。
けれど、今はそんなことはどうでもよかった。
この子が生まれてきてくれた。
それが、ただ嬉しかった。
退院の日、俺はチャイルドシートに息子を乗せた。
小さな体をベルトで固定し、締め具合を確認する。
「これで大丈夫かな」
「うん。ちゃんと締まってるよ」
香織も横から覗き込んだ。
俺たちは説明書をもう一度確認してから、ようやく車に乗り込んだ。
運転席に座り、バックミラーを見る。
後部座席には、香織と息子がいる。
家族三人。
ずっと思い描いていた光景だった。
俺は、ようやく父親になれたのだ。
■■■ ED2:婚活成功ルート 前編 完 ■■■
ED2:婚活成功ルートは後編へ続きます。
→ そのまま第4話へお進みください。




