↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異知 〜世界の理を識る者〜  作者: 春野晴
1章 プロローグ
PR
19/24

19,気まぐれな協力者

 翌日の放課後。


 俺は、刹那さんから届いたメッセージを確認していた。


『明日、セフィラに来られるかな。君の今後について、少し話を進めたいんだ』


 昨日の会話の続きだろう。


 候補生として、これから何を学ぶのか。自分の能力について、どこまで調べていくのか。


 まだ分からないことばかりだったが、今の自分に必要な話であることは間違いなかった。


『分かりました。放課後なら行けます』


 返信を送って、スマートフォンをしまう。


 セフィラに通い始めてから、少しずつ日常が変わってきた。


 学校では今までどおりに過ごしている。佐伯と話すこともあれば、授業で頭を悩ませることもある。


 それでも、放課後になると、俺の知らなかった世界が待っている。


 自分の声が聞こえなくなる現象も、姉のことも、まだ答えは出ていない。


 だからこそ、できることを一つずつ進めていくしかなかった。


  


  *




 セフィラに到着すると、受付の職員が俺の名前を確認した。


「雲ヶ谷蓮さんですね。神楽坂執行官から話は聞いています。こちらで少しお待ちください」


「分かりました」


 案内された待合スペースで、俺は椅子に座った。


 壁に設置されたモニターには、各部署からの連絡事項が表示されている。職員たちはそれぞれ忙しそうに動き回っていた。


 そのとき、受付の向こうから声が聞こえた。


「えー、今日の分はもう終わったんだけどなあ」


「終わったのは報告書の提出だけです。確認事項が残っています」


「細かいなあ。世の中、もう少し適当でも回ると思うんだけど」


「あなたが適当すぎるんです」


 どこか気の抜けた会話だった。


 やがて、廊下の角から一人の男が姿を現した。


 黒い髪に、気負いのない表情。


 両手をポケットに入れ、歩き方にも緊張感がない。


 職員に小言を言われているのに、本人はまるで気にしていない様子だった。


「じゃ、俺はこれで」


「待ってください。まだ確認が――」


「また今度な」


「今度では困ります!」


 男は軽く手を振り、そのままこちらへ歩いてきた。


 俺の前を通り過ぎようとしたところで、ふと足を止める。


「ん?」


 男の視線が、俺に向いた。


「君、見ない顔だね」


「あ、はい。候補生として、こちらにお世話になっています」


「へえ、候補生」


 男は俺の顔を眺め、それから受付の職員に目を向けた。


「この子が例の?」


「……はい。ただし、詳細については神楽坂執行官から説明があるはずです」


「なるほどねえ」


 男は納得したようにうなずいた。


 特別なことを聞いたわけでもないのに、妙に引っかかる。


 この人は、何者なんだろう。


「俺はジークヴァルド。ジークでいいよ」


「雲ヶ谷蓮です。よろしくお願いします」


「蓮君ね。よろしく」


 ジークは気軽に手を上げた。


 そのまま通り過ぎるかと思ったが、彼は俺の隣の椅子に腰を下ろした。


「で、候補生ってことは、これからいろいろ勉強するわけだ」


「そうですね。まだ分からないことだらけですけど」


「そりゃそうだ。最初から何でも分かってたら、教える側が失業しちまう」


 ジークは笑った。


 俺も、つられて少しだけ笑う。


 話しやすい人だ。


 少なくとも、初対面で緊張していた俺にとっては、ありがたかった。


「異知のことを学んでるのか?」


「はい。自分の能力についても、調べてもらっています」


「自分の能力?」


 ジークは興味を示したが、すぐに深く聞こうとはしなかった。


「まあ、焦らないことだな。分からないものを、分かったことにするのが一番危ない」


 その言葉は、思っていたよりも真剣だった。


「……そうですね」


「お、素直だね。もっと反発されるかと思った」


「初対面の人に反発する理由もないですから」


「ははっ、確かに」


 ジークは楽しそうに笑った。


 そのとき、廊下の奥から刹那さんが現れた。


「ジーク。こんなところにいたんだ」


「お、刹那。ちょうどいいところに」


「ちょうどいいところじゃないよ。さっきから君を探していた職員がいたけど?」


「気のせいだろ」


「本人が目の前にいるのに、気のせいは無理があるね」


 刹那さんは呆れたように息をついた。


 けれど、その表情には普段の軽い笑みが残っていた。


「それで、蓮君ともう話していたの?」


「まあね。いい子じゃないか」


「まだ会って数分でしょう」


「数分あれば、挨拶くらいできるさ」


 ジークは立ち上がり、刹那さんの肩を軽く叩いた。


「それじゃ、俺は仕事に戻るか」


「本当に?」


「……戻る戻る。たぶん」


「最後の一言が余計だよ」


 刹那さんがそう返すと、ジークは笑いながら廊下の向こうへ歩いていった。


 その背中が角の向こうに消えるまで、俺は何となく目で追っていた。


  


  *




「……あの人、何をしている人なんですか?」


 俺が尋ねると、刹那さんは少しだけ考えるような顔をした。


「一言で説明するのは難しい人だね」


「それ、説明になってませんよ」


「はは。そうだね」


 刹那さんは笑ったあと、少しだけ声の調子を変えた。


「ただ、セフィラにとっての重要人物であることは確かだよ」


 その言葉に、俺は廊下の奥を見た。


 さっきのジークは、仕事を面倒くさがっているようにしか見えなかった。


 けれど、刹那さんがそう言うのなら、単なる気まぐれな職員というわけではないのだろう。


「君も、これから顔を合わせる機会があるかもしれないね」


「そうなんですか?」


「彼が気まぐれを起こさなければ、だけど」


「……本当に、どういう人なんですか」


「それは、君自身で確かめていくといいよ」


 刹那さんはそう言って、会議室へ向かって歩き始めた。


 俺はその後を追った。


 今日の本題は、俺の今後についてだ。


 ジークという人物について考えるのは、そのあとでもいい。


  


  *




 会議室では、候補生としての今後について説明を受けた。


 当面は、異知に関する基礎知識や安全管理について学ぶこと。


 能力の調査は、俺自身の感覚だけでなく、可能な範囲で客観的な記録も残しながら進めること。


 そして、許可なく現場へ立ち入らないこと。


 どれも当たり前のことだった。


 けれど、今までの俺は、異知について知りたいという気持ちばかりが先に立っていた。


 学ぶことと、実際に行動することは違う。


 その違いを、これから理解していかなければならない。


「何か質問はある?」


 刹那さんに尋ねられ、俺は少し考えた。


「……ジークさんも、候補生の指導をするんですか?」


「さあ、どうだろうね」


「知らないんですか?」


「知っていても、今は答えないほうが面白そうだからね」


「……刹那さんまで」


「冗談だよ。彼が協力してくれるかどうかは、本人次第かな」


 刹那さんは笑っていたが、その言い方には含みがあった。


 ジークは、セフィラにとって重要な人物。


 けれど、誰かの命令に素直に従うような人にも見えなかった。


 俺は、初対面の彼を思い出した。


 気さくで、冗談好きで、どこかつかみどころがない。


 それでも、分からないものを分かったことにするな、という言葉だけは、妙にはっきりと耳に残っていた。


 会議室を出ると、窓の外はすっかり夕暮れになっていた。


 セフィラには、俺の知らない人が大勢いる。


 その一人一人が、異知に関わる事情や経験を持っているのだろう。


 ジークヴァルドも、その一人だ。


 今日の出会いだけでは、彼がどんな人物なのかは分からない。


 けれど、また会うことがあるなら、そのときはもう少し話をしてみたいと思った。


 俺は受付を通り、セフィラの建物を後にした。


 まだ、何も始まったばかりだ。


 それでも、俺の知らない世界は、少しずつ広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。