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魔王軍を滅ぼした代償に死んだのは聖女? ……それとも  作者: 小鳥遊ゆう


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6 代償の果実



 眩い光が収まった時、そこは王城の一室だった。窓の外には、美しい王都の景色が広がっている。


 戦火などどこにもない。魔王などという恐ろしい存在も、はるか昔のおとぎ話や絵本の中にしか存在しない。


 そして第一王女であるエレノアもまた聖女などではなかった。彼女は生まれた時から王城の奥深くで何不自由なく、蝶よ花よと大切に育てられてきた、生粋の王族の一人だった。


「エレノア様、お目覚めですか? 本日のお茶会の準備が整っておりますよ」


 侍女が優しく声をかける。ベッドの上で目を覚ましたエレノアの目元は、なぜだか濡れていた。


「ええ……、今行くわ」


 何かとても哀しい夢を見ていたような気がするけれど、その内容はいくら思い出そうとしても、霧のように消えてしまう。


 身支度のため、エレノアが宝石箱を開けた時のことだった。


 ルビーやサファイアなどの最高級の宝飾品が並ぶ箱の隅に、場違いなものが一つ混ざっていることに気が付いた。


「あら……?  これは、何かしら」


 それは、少し裕福な平民が買うような、装飾も施されていない、何の変哲もない小さな銀の指輪だった。


 エレノアはその指輪を指先でつまみ上げ、不思議そうに眺めた。


 王族である自分が、なぜこのような指輪を持っているのだろう。どれだけ記憶を辿っても、手に入れた覚えなどどこにもない。


 指輪を見つめていると、胸の奥が奇妙にツンと痛み、一瞬だけ、誰かの優しい笑顔と不器用な声が頭をよぎった気がした。


 ――だけど、気のせいだ。


 自分は高貴なる王女。こんな指輪を贈るような知り合いなど存在しない。


「まぁ、みすぼらしい。どこから紛れ込んだのかしら。

 ……マリー、これ、捨てておいてちょうだい。私には相応しくないものよ」


 エレノアは躊躇なく、その指輪を侍女の手へと手渡した。


「かしこまりました、エレノア様。すぐに処分いたします」


 侍女の手によって部屋の外へと運び出され、やがてゴミ箱へと放り捨てられる小さな銀の指輪。エレノアは鏡に向かい、何事もなかったかのように美しい笑みを浮かべ、お茶会へと向かうために部屋を出た。


 彼の存在も、彼を愛した記憶も、そして彼が最後に残した絆の証さえも、世界から完全に消え去った。







 ――それから、数年の月日が流れた。


 魔王という敵が存在しない世界において、王国の腐敗は歯止めがかかることなく進行していった。


 富も権力もすべては王族と貴族に集まり、平民層への過酷な搾取と虐げは極限にまで達していた。この世界に身分を超えた団結や理解など、どこにも存在しない。あるのはただ肥え太る特権階級と、血を吐く思いで飢えに苦しむ平民たちの、深く埋めようのない格差と確執だけだった。


 やがて、抑圧された民衆の怨嗟は怒号となって爆発した。


「王族と貴族に死を!  我らの血肉を奪い続けた豚どもを潰せ!」


 王国全土で巻き起こったのは、魔王も勇者も聖女も存在しない世界が生み出した、大規模な平民革命であった。


 王都を埋め尽くしたのは、松明と農具、そして奪い取った武器を手にした数十万の怒れる平民たちであった。彼らは王城を包囲し、かつて高貴と誇っていた貴族たちを容容赦なく引きずり出していった。







 広場に設置されたのは、無情な鉄の刃を冠した高大な断頭台。


「嫌……! 嫌よ!  私を誰だと思っているの!?  無礼者、離しなさい!」


 豪奢なドレスを泥で汚され髪を乱したエレノアは、民衆の罵声と投げつけられる石礫の中で、狂ったように叫んでいた。彼女の父である国王も、母である王妃も、兄や幼い妹たちも、すでに首を跳ねられ血の海の中に転がっている。


 絶望と恐怖に顔を歪ませ、断頭台の階段を引きずり登らされるエレノア。彼女の首が冷たい木枠に固定されたとき、集まった群衆から雷鳴のような歓声が上がった。


 ふと、民衆の波を割って革命軍の先頭に立つ一人の男が歩み出てくるのが見えた。


 その青年は平民の粗末な服の上に無数の傷が刻まれた鎧を纏い、血に染まった剣を高々と掲げた。


 天から授かった破格の才に胡坐をかくことなく、血を吐くような努力で己を鍛え上げ、虐げられた平民たちの先頭に立って王権を打ち破った革命の指導者。


 断頭台の上から、エレノアはその青年の顔をぼんやりと見つめた。


 どこかで見覚えがあるような気がした。

 

 胸の奥が、裂けるようにツンと痛んだ。

 

 ずっと昔に……すべてを捨てて、自分を愛してくれた誰かがいたような……そんな遠い幻影。


 だが、死を目前にした彼女の脳裏にその答えが浮かぶことは二度となかった。


「首を撥ねろ!  貴族の豚どもに天罰を!」


 青年の合図とともに、重い鉄の刃が旋風を巻き起こして振り下ろされる。


 ドサリと音を立てて、木枠の隙間から涙に濡れたエレノアの頭部が床に転がり落ちた。

 

 長きにわたり過酷な圧政を敷き、民の血と涙を吸い続けてきた王族の最後の一人が潰えたその瞬間、広場を埋め尽くす数十万の群衆から地鳴りのような嵐の歓声が巻き起こった。


 虐げられてきた者たちの長い苦難の歴史が、ついに終わりを告げた――。







 王政が崩壊したのち、青年を中心として新たな共和政の道が切り拓かれた。


 特権階級による搾取は過去のものとなり、人々が平等に暮らせる制度が整えられていく。かつてのように身分で差別されることもなく、農夫も職人も商人も、誰もが正当な報いを受け、肩を寄せて笑い合いながら和やかに暮らせる――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――そんな穏やかで平和な国が、数年の月日を経てこの地に結実したのだった。




 腐敗した王国を滅ぼし、歴史の転換点となったこの平民革命。


 後に編纂された歴史書において、民衆の先頭に立ち時代を動かす中心となった青年の名は、リュートと記録されている。





この世界に魔王軍がいないのは――




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