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「あなた、一人で捜索(そうさく)してるの?」

女は穏やかな口調で尋ねた。


「いや、同期の風間(かざま)ってやつと一緒だ」


「風間さんは近くにいる?」


「あぁ、たぶん…」


その答えを聞くと、女は口元に小さな笑みを浮かべた。


「ねぇ、私と一緒に面白いことしない?」


「……面白いこと?」


女はくすりと笑う。


「私、ここの階段から落ちて、記憶を失ったふりをするわ…」


思わず眉をひそめた。


「あなたは、ばれないように風間さんをここへ連れてきて。倒れている私を見つけた彼が、どうするのか一緒に見届けましょう?」


「何を言ってるんだ」


「連続殺人の容疑者を助けたら、その人はどうなると思う?」


女は一歩、俺との距離を縮める。


「彼に先を越されてもいいの?」


「……え?」


「あなたより先に昇進(しょうしん)して、偉そうな顔をされたら嫌でしょう?」


その言葉に胸がざわつく。

図星だった。


風間とは警察学校からの同期だ。

成績はいつも互角。

それでも周囲の評価は、いつしか風間へ傾き始めていた。

風間は冷静で判断が早く、上司からの信頼も厚い。

俺は何度も「風間なら」と比較され、そのたびに笑って受け流してきた。


俺は……。

(くや)しかった。

誰よりも悔しかった。

女は、その心の奥底を見透かしたように微笑む。


「……確かにそうだ」

思わず言葉が漏れる。


「だけど、俺は__!」


俺は俺なりに頑張ってきたんだ、ちゃんと見てくれている人はいる、そう思いたかった。

女がそっと俺の胸元に手をあて、そのまま顔を寄せてきた。


一瞬、思考が止まる。

次の瞬間、唇に柔らかな感触が触れた。


ほんの一瞬。

世界が止まった気がした。

女はすぐに離れると、何事もなかったかのように微笑む。


「……」


頭の中が真っ白になる。

刑事として追っていたはずの容疑者に、完全に主導権(しゅどうけん)を握られていた。

体は動かない。

次第に心臓の音が早くなっていく。


「あんたに協力すれば……俺の女になってくれるか?」


自分でも信じられない言葉だった。

刑事として口にしてはいけない一言。

それでも、女の妖しい瞳を前にすると、理性は少しずつ削られていく。

女は迷うことなく微笑んだ。


「ええ。風間さんの件が済んだら、あなただけの女になるわ。

…あなたの名前、教えて?」


「田中聡だ…あんたは?」


「それは秘密(ひみつ)。あなたが私を手に入れた時に教えてあげる」


その声は穏やかで、嘘をついているようには聞こえない。


「聡…あなたの役目は一つ。私がいる場所に隠しカメラを設置して、裏切り者の証拠を撮ること。それだけでいいの」


俺は唇を噛み締めた。

この女を信用していいはずがない。

だが、胸の奥では別の感情が膨らみ始めていた。


「それじゃあ、あなたはこっちを捜索するよう、風間さんに声をかけて。

その間に私は計画を実行するわ」


女はそう言うと、一歩だけ距離を詰めた。

そして、俺の頬へ軽く口づけをする。


「……あなたを信じてる」


俺は深く息を吸い込み、乱れた思考を振り払う。

――風間を連れてこなければ。

俺は踵を返すと、一人で階段を駆け下りた。


錆びた鉄製の階段に足音が響く。

その音だけが、静まり返ったビルの中に虚しく反響していた。



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