八雲 1
――雨音が捕まって、数か月。
俺はどこだかわからない刑務所の牢の中にいた。
冷たいコンクリートの壁。
鉄格子の向こうには長い廊下が続き、規則正しく見回りの足音だけが響いている。
俺は壁にもたれ、ぼんやりと天井を見上げていた。
あの日から、何度同じ夢を見ただろう。
結衣。
京。
そして、一度も会うことのできなかった、もう一人の子供、零。
ふと、廊下の奥から、小さな足音が聞こえてくる。
コツ……コツ……。
俺は立ち上がり鉄格子をつかみ、廊下を見る。
一人の子どもが俺のいる方へ歩いてくる。
黒髪のショートカット。
十二歳くらいだろうか。
子供用のスーツを身に纏っていたその子どもは、俺がいる牢の前で足を止めた。
その顔を見た瞬間、俺の鼓動が止まりそうになる。
京とよく似た子供、しかし雰囲気がどこか違う。
「……零?」
子どもは何も答えなかった。
静かに上着のポケットへ手を入れ、一通の手紙を取り出す。
封筒は何度も開き閉じした跡があり、大切に持ち歩いていたことが伝わってきた。
子どもは封を開き、静かな声で読み始める。
「――零へ。
この手紙を読んでいるなら、あなたはちゃんと生きていてくれてるのね。
あなたが今、苦しんでいること、悲しんでいること……どうか一人で抱え込まないで
誰かに話してほしい。
あなたの母親である私は誰にも言えず、ずっと苦しんできた。
どうか、あなたはそうならないで。
あなたの弟の京とあなたのお父さんを頼ってほしい。
お父さんを守るために、お父さんの名前は書けないけれど。
零。
あなたは私の名前を覚えているでしょう?
私の名前を知っている人が、あなたと京の本当のお父さんなの。
どうか、元気で幸せでいて。
あなたを愛してる」
読み終えた子どもは、手紙を丁寧にたたみ、ポケットへしまった。
そして、真っすぐ俺を見つめる。
その瞳は、どこか結衣によく似ていた。
「……お母さんの名前は?」
静かな問いだった。
俺は言葉を失う。
胸の奥に押し込めていた記憶が、一気によみがえってくる。
俺は鉄格子を握りしめ、小さく息を吸った。




