風間瞬 4
___あれから数か月。
警視長室には、静かな雨音だけが響いていた。
俺は窓際に立ち、灰色の空を見つめている。
雨音と出会って十数年、多くのものを失った。
そして、多くの真実を知った。
能力者の事件は、まだ終わっていない。
いまもどこかで能力を手にした悪人が目的を持って動いている。
今でも、雨音の能力は俺の中で息をひそめ続けている。
その感覚はあるものの、能力の使い方がわからない以上、どうしようもない。
コンコン。
扉を叩く音がした。
「入れ」
静かに扉が開く。
一人の若い警察官が部屋へ入ってきた。
金髪の、ゆるくパーマがかかった髪の警察官だった。
新人警察官、金田光。
金田には相手の記憶を探り、特定の記憶を奪い取れる能力があった。
どうしてそんな能力を持っているのか、謎が多く、信用できるかどうかもわからない、
そんな男だった。
俺は椅子へ腰を下ろし、まっすぐ金田を見つめた。
「金田」
「はい」
「ある双子の記憶を、すべて消してほしい」
金田の表情がわずかに曇る。
「理由を教えてください」
俺は少しだけ目を伏せた。
「あの子たちが背負ってきた過去は重すぎる」
言葉を選びながら続ける。
「過去の記憶は、あの子たちが生きていく上で障害になる」
金田は何も答えない。
部屋に重苦しい沈黙が流れる。
やがて金田は、小さく息を吐いた。
「…………」
迷っているのが分かった。
当然だ。
誰かの記憶を奪うことは、その人の人生そのものに手を加えることと同じだ。
俺は静かに口を開く。
「これは命令だ」
金田が顔を上げる。
「断れば、どうなるか分かるな?」
その言葉を口にした瞬間、自分の胸が痛んだ。
金田は俺を見つめたまま、何も答えなかった。
ただ、その瞳だけが静かに揺れていた。
「……僕にはできません」
静かな声だった。
「できないだと?」
思わず聞き返す。
金田は俺の目を真っすぐ見据えた。
「僕の能力はあなたの為にあるものじゃない」
「ふざけるな!!!」
俺は立ち上がり、机を叩いた。
鈍い音が部屋に響く。
「俺は警視長だぞ」
金田は一歩も引かなかった。
「風間さん」
その呼び方に、俺は言葉を失う。
「……」
「能力者は、あなたの道具じゃない」
その声は穏やかだった。
だからこそ、重く響く。
「もし、そっちが手を出すなら」
金田はゆっくりと言葉を続ける。
「こっちも、黙ってはいません」
「お前……」
思わず拳を握り締める。
金田は小さく首を横に振った。
「僕は、あなたの敵じゃない。協力できることはします。
だけど、この件に関しては…できません」
「……」
「全ての記憶を失って過去のトラウマを忘れたら、その子達は幸せになる。
だから記憶を奪ってくれなんて…、そんな簡単に解決できる問題じゃないんです。
心はそんな単純なものじゃない」
長い沈黙が流れた。
時計の秒針だけが、静かに時を刻んでいる。
やがて金田は一礼した。
「失礼します」
そう言い残し、部屋を出ていく。
俺は窓際まで歩き、街を見下ろす。
雨はもう止んでいた。
それでも空は厚い雲に覆われたままだ。
記憶を奪ってほしいのは京と零のトラウマを取り除く為じゃない、
俺は二人の父親になりたかった。
お父さんと、そう呼んでほしかった。それだけだ。
「……どうすれば、俺はあの子達の父親になれるんだ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
静まり返る部屋の中、俺は一人、窓の外を見つめ続けた。




