第3話 そして月日は流れ
そうして3年――。
私たちは変わらない日々を過ごし、部長の推しキャラがあまりにも良く死ぬことを知った。
そして私が慰めているといういつもの流れになっているが、シオシオの部長を見ていると、ときどき思ってしまうのだ。
「部長は、さすがにいろいろな意味で慰めてくれる女性と、お付き合いした方が良いんじゃないですかね?」
シオシオの部長の頬を突っつきながら、私はぽつりとこぼす。
私は思春期から非モテ女子であり、結婚できないことを加味して老後の資産運用も考えているが、部長は前に恋愛映画を見ながら「結婚したい」とつぶやいていた。
部長は、こう見えて結構ロマンチストだ。人に好意を向けられる事に怯えながらも、恋愛に夢も見ている。
少女漫画をよく読んでいるし、ネトフリでクリスマスに配信されるコテコテの恋愛映画をこのみ、架空の国の王子と新聞記者が恋に落ちる映画を毎年3回ずつは見ているタイプなのだ。
私も嫌いではないが、クリスマスに見るならホームアローンの方が好きタイプだ。
そしてここ数年は、クリスマスの晩は部長と映画を見ている、彼が結婚したら死ぬまで一生、私は毎年一人で寂しくホームアローンを見続ける人生を歩むに違いない。というか、その覚悟で生きている。
でも部長はその覚悟が出来ていないようだし、ならばそろそろ相手を見つけるべきだと思うのである。
このシオシオの部長にはどんな相手が良いのだろうかと悩むと、脳裏をよぎるのは恋愛映画のヒロインのような女性だ。
つまり、架空の美女である。
と言うかいっそ、この顔なんだから女優辺りでも落としてきたら良いんじゃないかと考えていると、不意に部長の目が開いた。
「……そうか、あれは夢か……」
「もしかして、推しが死んだこと夢にしようとしてません?」
「……あれは、夢だ」
「いえ、事実です」
そういって昨日の映画の半券を顔の前に出すと、部長が唸る。
「君には、人の心はないのか」
「多少強引にでも受け入れないと、部長ずーっとひきずるので」
あと、立ち直ってくれないと今日の夕方映画に行けないんで。
そう言うと、部長が身体を起こす。
「……とりあえず、昼までベッドで寝よう」
そして彼は半券を持つ私の腕をつかむと、そのまま寝室に引きずっていく。
無駄に広い寝室に置かれたキングサイズのベッドに連れ込まれ、そのまま抱きかかえられるも、「あっ!」な展開はもちろんない。
「……今回は、大丈夫だと……思ったのに……」
私の背中に頭をぐりぐり押しつけながら、部長が唸っている。
いい年なんだから、もっとしっかりしてほしい。
「部長はもう、キャラを愛することをやめましょう」
「でも、気がついたら愛してしまうんだ」
「その愛の度合いを減らしましょう。部長、登場人物に感情移入しすぎですし、好きになったらそのキャラばっかり見過ぎです」
「好きになったら見るのは普通だろう」
「でも、その好きの偏りがヤバイです。っていうか、「そこ!?」って思う奴ばっかり好きになりすぎです」
とにかく、死ぬキャラを好きになりすぎだ。
アバターの続編で、大して出番もない主人公の息子を気に入ったあげく、その息子が死んだときは驚きを通り越して笑ってしまった。
確かに息子が死んだときは悲しかった。私もうるっときたが、あの映画で死んだ息子が一番好きだったと言う人はたぶんあまりいない……と、独断と偏見から私は思っていた。
まあ、側に一人はいたが例外だ。
「好きになってしまうんだから、仕方が無いだろう」
「まあ映画だからいいですけど、リアルで好きになる相手は長生きしそうな人にしてくださいよ」
それはほんの、冗談のつもりで放った言葉だった。
先ほど部長の恋愛について考えていたからか、ついぽろっと口にしてしまったのだ。
「……う、ぐ」
すると背中越しに、マジ泣きする部長の嗚咽がきこえてくるではないか。
「えっ、まさか……部長……」
「ち、ちがう、まだ死んでない」
「まだってことは、えっ、マジ……ですか?」
もしかして、余命幾ばくも無い婚約者とかがいたりするのだろうか。
だとしたら、職場の同僚の背中に涙を擦りつけている場合ではない。
いや、むしろそういう状況だからこそ、私と映画を見に行くことで現実逃避をしているのかもしれない。
今にも折れそうな心を必死に立て直す唯一の方法が映画なのだとしたら、離れろというのも何か違う気もして返事に悩む。
「っていうか、いたんですね好きな人」
立ち入るべきではないと頭ではわかっていたが、結局口から出たのはすねたような言葉だった。
「いや、違う、好きではない」
「でも余命幾ばくも無いんでしょう」
「まだ、わからない」
「わからないって、好きな相手のことでしょう」
「好きではない!! だって好きになったら、死んでしまうだろう!!」
はて……と、そこで私は想わず首をかしげた。
「俺の好きになった相手はもれなく死ぬ。だから好きとか、そういうのは考えないようにしている」
「えっ、それマジで言ってます?」
「だって、息子も死んだ」
「まるで自分の子供みたいな言い方ですね」
「子供のように思っていた。彼の成長と活躍を、もっと見たかった」
うっと再び嗚咽をこぼす部長を、私はそろりそろりとうかがい見る。
身体を返し、向き合い、そして真っ赤になった瞳をのぞき込んでみて、私はあることに気がついた。
「私が今、ここで部長を好きだと言ったら死亡フラグになります?」
「……………………なる」
ものすごく長い沈黙の後、部長がぽつりとこぼした。
「じゃあ、とりあえずセックスします?」
「え?」
ものすごく間の抜けた声で、返された。
そして間の抜けた顔まで、やはりイケメンはイケメンだった。
「身体から始まった関係って、ロマコメぽいじゃないですか。そしてロマコメって、死別はあんまり無くないですか? 特に最近のネトフリとかの奴は」
「確かに、ないな」
「それにほら、部長って存在がコメディだから、恋愛が始まっても涙より笑いの方が多そうです」
「存在がコメディといわれたのは、初めてだ」
「これ以上無くコメディですよ。年下の部下の背中に涙擦りつけてる様な男が、悲恋とかありえないですよ」
「確かに、ないな」
先ほどとまったく同じ言葉を口にして、そして彼の目から涙が引っ込んだ。
「しよう」
そしていきなり、ロマンス映画のイケメン顔負けの凜々しい顔になった。
そうだ、この男はイケメンだった。
その顔面の破壊力を、私は少々見誤っていた。
「ごめんなさい、やっぱなしで」
「これ以上、展開をコメディにしなくていい」
「いや、だって、よくよく考えたら私がイケメンの相手役とかおかしいかなって。ロマコメじゃなくてただのコメディになっちゃうかも」
「そんなことはない。君はメグ・ライアンより魅力的だ」
少々たとえが古いが、多分これは相当褒められている。
何せ部長にとって、ロマコメの女王はレジェンドなのだ。
「でも夕方の映画は……」
「レイトショーに」
そして私は、部長と初めてのキスをした。
長くて甘い、ロマコメのようなキスだった。
「部長、実は結構私のこと好きでした?」
「死亡フラグに怯えて三年何も言えないくらいには」
やっぱり部長には、悲恋なんて無理そうだ。
そんなことを思いながら、今度は私から口づけてみる。
「君も、俺の事が好きだった?」
「それを言ったらセックスから始まる関係じゃなくなるので、後で答えます」
そして私たちは、三年かけてようやく一歩前進した。




