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月の剣:奪われた王家本流への返り咲き  作者: 伊路八


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第九話 駆け引き

 ムン国の国王だった記憶が蘇った今、ここをどう収めるかという算段もついていた。

 胸の奥底にたぎる熱とは裏腹に頭は冷静だった。


 腐敗した政治、臣下に最も嫌悪感を抱いていた。

 そして、その腐敗した領主が目の前にいた。


 ――領主が禁じられている私兵を持っているはずがない。裏がある。


 滲み出ている腐敗した思考、その風貌。

 したたかで、執着心が強い。

 上の者に媚び、下の者に厳しい。

 ろくな領主じゃないだろう。


 商人たちが、この領主の私兵のことを知ると、きっと口封じに何かするはずだ。

 一旦、街へ帰しておいた方がよいだろう。


 ショウは、領主へ向かって言った。

「お前と私、二人だけで話をしよう」

「ふん、お前ごときと話など、滑稽!」


 ショウは棒を振り下ろすと、数歩近づき、小声で囁いた。

「いいのか?その私兵のことが知れても」


 領主はドキッとした。

 なぜ私兵という言葉を知っている?

 いや、こんな小僧が何を知っているというのだ。

 しかし……万が一ということもある。


「ふん、まぁいいだろう」


 ショウは、振り返り大きな声ではっきりと伝えた。

「ケイト、みんなを連れて街へ帰るんだ」


「え……でも……」

「いいんだ。帰るんだ」


 ショウの毅然とした口調に、ケイトはそれ以上聞くことなく商人たちを説得した。

 しぶしぶといったふうに、商人たちは来た道を帰っていった。

 群衆の最後を歩きながら、ケイトは後ろを振り返った。

(二度と……と言っていた)

 その言葉に引っかかっていた。

 しかし、今はみんなを連れて帰ることが自分の役目だと思い直し前を見た。


「お前たちも下がれ」

 領主の一言で、兵も館の後ろに戻っていった。


「さぁ、これで二人きりだ」


 領主が言い終わろうとしたその時、


 シュンッ!


 鋭い音が聞こえた。

 ショウの頭めがけて、一本の矢が飛んできた。


 バシッ!!!


 射られた矢よりも速くショウが棒を振るった。

 飛んできた矢は折れ、地面へと落ちた。

 すぐさま、領主を抱え込み、首を斬るかのように棒を当てた。

 矢が飛んできた館の三階の窓の方を向いた。


「私を狙っても無駄だ。お前は小賢しいようだから、このまま話すとしよう」

 ショウは腕にぐっと力を入れた。

 領主は苦しさと悔しさが入り混じった顔だった。


 サムの言葉を思い出していた。


 ――交渉するときは相手をよく観察することだ。得ることに欲があるのか、失うことを恐れているのか。それを見極めるのだ。


「取引だ」

「お前ごときがこの私と取引だと?笑わせるな」

「ここで命を終わらせるか?」


 ショウはさらに腕にぐっと力を入れた。

 領主は今にも息が詰まりそうになった。


「……通行料を2割下げよう」

「いや、なくしてもらおう」

「その分、他の税を上げることになるぞ」

「今でも十分、取りすぎた」

「……通行料を半分だ」


 ショウは黙った。

 領主の額からは汗がにじみ出ていた。


「あの兵、私兵だな」


 領主の息が一瞬止まった。


「私兵は禁じられている。こんな田舎の領主が私兵など持てるはずがない……お前に私兵をあずけているヤツは、金には困っておらぬ立場のものだろう。恐らく聖職者か……」


 領主の鼓動が早くなるのが分かった。


(やはり、そうか)


「この私兵のことが国王に知れることとなれば、お前はどうなる?その聖職者もお前を捨て駒にするだろう」

「小僧、お前ごときの話を誰が信じるというのだ」

「では、お前は私兵を他に隠せる術はあるのか?それこそリスクだろう」


 領主は黙った。

 ショウは冷めた目で抱え込んだ領主を見ていた。


「分かった……通行料はなくそう」


 ショウは、抱え込んだ腕をほどき、領主の背中を押した。

「さぁ、通行料をなくす証文を書け」


 絞められた首をさすりながら、ゲホゲホと息を整え領主が言った。

「お前、何者だ?」


 ショウは、冷めた目のまま領主を見据えた。

「これから商人の身分をお前からもらう者だよ。ついでに、マーケット街の記章も一つもらおう」


「いい気になるな」

 領主が、ショウを睨みつけた。

「しかし、お前はそうするしかないのだ」

 ショウの言葉に領主は顔を歪めた。

 そして、窓から見ている部下に合図を送った。

 館から部下が急いで出てきた。

 領主は小声で指示を出した。

 部下は急いで館から、紙とペンと紀章を持ってきた。

 領主は、不本意と言わんばかりにペンを走らせた。

 領主は書き終えると、無造作に差しだした。


 ショウは証文を確認すると

「マーケット街の記章も、だ」

 と手を差しだした。


 領主は悔しそうな顔で、嫌々ながらポイと投げた。

 ショウは軽やかにそれを掴んだ。

「これをたがえることがあれば、お前は全てを失うことになるのを忘れるな」


 そう言うとショウは振り向き、歩いて行った。

 領主はショウの後ろ姿を睨みつけていた。


 領主の館が見えなくなり、林へと差し掛かった。

「……思慮がなさすぎる」

 ショウは、ため息交じりに呟いた。

 後ろを振り返った。

「出てこい」


 林の木陰からバラバラに三人の兵が出てきた。

 兵の一人が語気を強めて言った。

「お前を街へ返すな、とさ」

 前方にいた兵の二人が襲いかかってきた。

 ショウは、身軽に二人をかわした。

 一気に奥にいた三人目の兵へと走っていった。

 剣を構える手を棒で勢いよく突いた。

 弾き飛ばされた剣を跳んで左手で掴み、降り立つ際に剣を振り下ろした。

 その間、兵は身動きひとつできなかった。

 三人の兵はみな、その兵の首は切られたと思った。


 ハラリ――


 三人目の兵の括られた髪がほどけた。

 髪の束がファサッと地面に落ちた。


 ショウは、屈むと落ちた髪の束を拾った。

 ガタガタと震える三人目の兵の手に握らせた。

 耳元で囁いた。

「領主へ伝えろ。街の人達に何かあれば、次はお前の首だと」


 三人の兵は、怯えで足がもたつきながら何も言わず、走って逃げ帰った。


 ――皮肉なものだな。


 いくら前世の記憶が戻ったとはいえ、今のこの体が動かなくては意味がない。

 過酷な農奴の労働で鍛えられた筋肉、体力、そして商人街での経験は役に立っていた。


 マーケット街へ戻ると、皆が大きな門の前で待っていた。

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