第十話 蘇る前世
大きな門の前では、待っていた商人たちがショウに向かって手を振っていた。
ほっとした顔のケイトを見て、ショウもまた安堵した。
通行料がなくなった証文を渡すと皆、喜んだ。
その姿に、前世での民の姿と重なり懐かしさを覚えた。
ほどなくして、ケイトと店に戻った。
無言で戻ってきた二人を見て、サムは何も言わなかった。
ケイトの部屋の扉をノックした。
「入れよ」
無感情な返事が返ってきた。
ギィ……パタン。
扉の音だけが響いた。
ケイトはベッドに腰かけていた。
ショウは、テーブルの横の椅子をケイトの方に向けて座った。
「話がある」
ショウの真っすぐにこちらを見つめる目に頷き返した。
(自分のことを「俺」ではなく「私」と言うようになった。そして、あの動き。魔獣を倒したときといいショウは一体何者なのだ?)
ケイトは同い年なのに、ショウが背負っているものがあまりにも重たすぎるのではないかと、モヤモヤしたものを抱えていた。
ショウは静かに口を開いた。
「家の名誉を取り戻しに行く……と言ったことを覚えているか?」
「あぁ、もちろんだ」
「あの時、話したことを自分自身の記憶として思い出したんだ」
「自分自身の記憶?あの話は先祖の話だろ?」
「あぁ、230年前の話だ。ムン王国の国王だった前世の記憶を思い出したんだ」
「!?」
「信じてもらえなくてもいい。だが、今まで協力してくれたケイトには話しておきたいんだ。我がルース家がどうやってビュー家に本流を奪われたかということを……」
――とうとうこの日が来た。
レイナ公妃は窓辺に立ち、薄明へ移ろうとしている空を見ていた。
夜が明けようとする光が、白い肌を陶器のように輝かせた。
そして、ブロンドの髪、薄い赤茶色の瞳も透明度を増していた。
長い年月をかけて周到に準備をしてきた。
ビュー家の第一子として生まれ、「お前が男だったら」と父と母から何度も言われた。
その分、祖父母も両親も教育には熱心だった。
学問も、剣の腕前も、誰にも負けない自信があった。
しかし、分家ということだけで、王になれないとは……理不尽な世の中だ。
今の国王より私の方が相応しい。
――チャンスは今日、この一度。
「ルース王家を滅ぼし、我が子が国王となる」
――ようやくこの国が私の意のままになる。
ジョルジュ主教は、真っ暗な部屋の中で、暖炉の火を見つめていた。
真っ黒な髪、真っ黒な目、浅黒い肌、墨色のローブ。
闇に溶け入りそうな風貌だった。
それに相反するかのように、ニヤリと笑っていた。
自尊心も自己愛も気位も高い小娘ほど、扱いやすいものはないな。
僅か16歳だったレイナ公妃と出会った頃を思い出していた。
あれから15年。
ネス家から養子に来た公爵との第一子ジェームズ王子も、もう12歳だ。
じっくりと入念に計画を進めてきたのだ。
失敗するはずがない。
「大典守の座も、もうすぐだな」
喜びを隠すことができず、ニヤつきが止まらなかった。
ボボボッ!
暖炉の火が一層高く燃え上がった。
炎が渦のように細長く巻き上がった。
ボゥッ!と炎が消えた。
臙脂色のローブを身にまとった人物が立っていた。
「時間だ」
低い声で静かにそういうと、再び炎が巻き上がった。
ボゥッ!と炎が消えると、その姿も消えていた。
朝焼の中、冷えた空気が静けさを強調していた。
薄灰色の大きな城がそびえ立っていた。
遠くからガタガタと音が聞こえてきた。
黒と黄色で装飾された馬車が見えてきた。
「あの紋章、ビュー家のものじゃないか?」
「こんな朝早くに何用だ?」
門兵の二人が、槍を構えたまま、馬車の方を見た。
馬車は城門の前に止まった。
馬車の扉のガラス戸のカーテンが少し開いた。
「国王への謁見だ」
ジョルジュ主教が、書状をチラリと窓から見せた。
兵はそれ以上確認することなく、城門の扉を開けた。
馬車は、城の中へと入っていった。
階段の下で、馬車が止まった。
中から、ジョルジュ主教と騎士が出てきた。
ジョルジュ主教は、城番兵に書状をチラリを見せ「国王への謁見だ」と言いながら、階段を上がっていった。
城番兵は何も言わず、階段を上がる二人の背中を見送った。
カツン、カツン――
冷たい風でさらに冷えた石の階段を昇っていく二人の足音だけが聞こえていた。
二人は迷うことなく三階まで上がった。
(今日のこの時間、国王は執務室にいるはず……)
曲がり角で、三階の通路を覗き見ると、扉の前に兵が二人いた。
(やはり……中には、国王とジュリアス竜騎士とあと一人か……)
ジョルジュ主教は、後ろを振り向き、騎士の方を見て頷いた。
騎士も頷き返した。
二人は、三階の通路を堂々と歩き、扉の前まで行った。
「ジョルジュ主教?こんな早く……うっ!」
騎士が、瞬く間に兵二人を気絶させた。
間髪入れず、扉を勢いよく開けた。
バンッ!!!バンッ!!!
扉から入ると同時に、扉を閉めた。
大きな音に驚き、中にいた三人が扉の方を見た。
窓を背に、机に座りペンを持ったままの国王。
その右側に立つジュリアス竜騎士。
その左側に立つ白魔女。
入口には、ジョルジュ主教が立っていた。
その横に立つ騎士が、仮面を脱いだ。
国王が思わず声を出した。
「レイナ公妃?!」




