第七話 サムの店
目が覚めるとベッドの上だった。
(ここは?)
薄っすらとした蝋燭明かりに、部屋の中のベッドで寝ていたのが分かった。
窓から見える外は真っ暗だった。
テーブルと椅子が一つずつあった。
棒がその上に置かれてあった。
触れる柔らかい肌ざわりに、部屋の空気感に安心な場所だと思えた。
(こんなふかふかしたところで眠ったことないな……)
少し名残惜しい気もしながら、ベッドから降りた。
靴を履いて棒を取ると、ドアノブを静かに回した。
廊下を覗いてみると、建物の二階にいるようだった。
階段の方から下の話声が聞こえてきた。
「それにしても……こんな街の近くまで、魔獣が出るなんて……」
(ケイトの声だ……)
階段を下りていくと、ケイトと大柄の男性が座っていた。
「ショウ!大丈夫か?」
ケイトが立ち上がった。
「あぁ。俺、どうしてここに?」
「気絶して倒れたんだよ。覚えてないのか?」
「……馬車で街の中に入って……それから……気がついたらベッドだった」
ケイトと大柄の男性は顔を見合わせた。
「魔獣のこと、覚えてないのか?」
「魔獣?なんだそれ」
「……お前が、魔獣を止めたんだよ。逃げてきた商人に話を聞いたら、森を抜ける際に、偶然出くわした魔獣に驚いて、矢を射てしまったそうだ。それで魔獣に襲われてたそうだ。本当に覚えてないのか?」
「うん……」
まるで噂話でも聞いているかのようで現実感がなかった。
「ケイト、まぁそこまでにしておけ。それより、痛みとかはないか?」
大柄の男性が、気遣うように傍に来た。
「あ……はい。大丈夫です」
「そうか。サムだ」
手を差し出してきた。
その手を握ると、大きなあったかい手だった。
「ショウ……です」
「サム親方は、俺の商売の師匠だ。ここで世話になっているんだ」
ケイトがニコニコしながら続けた。
「親方に頼んだんだ。俺と一緒にここにしばらく置いてもらえることになった」
「え……」
「商売の手伝いをする替わりに、いろいろ教えてもらえるから」
「事情は知らないが、ケイトが頼みごとをするのは珍しい。それに、これからの繁忙期、こちらも人手がいると助かる」
なんて言っていいか分からなかった。
だが、村を出た時にケイトが言った「協力」ということに頼るしかない状況だった。
「……よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。
「ケイト、風呂に連れていってやれ」
「分かった。ついでにそのボサボサの髪も切ってやるよ」
ケイトに促され、部屋の奥の扉の方へ歩いていった。
「そうだ。ショウ」
サムがポケットから丸い容器を出して、投げた。
ショウは振り向いて、それを両手で受け取った。
「背中の傷に塗っておくといい」
「あ、ありがとうございます」
再び、ペコリと頭を下げるとケイトと部屋を出ていった。
サムはショウの後ろ姿をじっと見ていた。
(あの時の言葉は何だったんだ?魔獣を操る異国の魔術があると貿易街で聞いたことがあるが……)
翌朝、雲一つない青空が広がっていた。
ケイトが短く切った短い髪のせいで、首筋に日が当たりくすぐったかった。
食べたことのないあったかい食事を済ますと、洗濯をして、それから、店の掃除をしたり、荷物を運んだりした。
忙しかったが、農奴の仕事や暮らしとは違う明るさや清潔さがあった。
全てが、生き生きとしていて楽しかった。
夕食後、サムが大きな紙をテーブルいっぱいに広げた。
「まずは、自分がいるところを知ることだ。これがこの国の地図だ」
「地図……」
「この真ん中が、国王の住む城だ。俺たちの住むマーケット街は、城から離れた西側のここだな」
サムが地図を指差しながら教えてくれた。
真ん中の城には、星と王冠の絵があった。
その他にも、地図には様々な絵や数字が書かれていた。
「ショウがいた村は、ここ十三番村だよ」
ケイトが左の一番端を指差した。
そこには十三と書かれていた。
十三番村は海崖の横で、周りは険しい山だった。
岩のある森を抜けていったとしても、その先は海崖で逃げられるところはなかった。
「ここには逃げ場はないから、『監獄村』とも言われているんだ」
改めて酷いところに居たんだと、ぞっとした。
「ここに……」
地図の真ん中を指差した。
「この中に入るには、どうしたらいいですか?」
「城の中へ?」
サムは怪訝な顔をしたが、答えてくれた。
「商人では、城下街までしか行くことができない。城の中に入るには……騎士か貴族以上の身分じゃないと無理だろうな」
「どうやったら騎士や貴族になれますか?」
サムは驚いた顔をした。
「そんな野心を持っているとは思わなかった……いや、子供だからといって、野心を持ってはいけないということではないな。それは俺の勝手な思い込みだな」
小声でぶつぶつ言いながらも、真面目に答えてくれようとしているのが分かった。
「まずは学ぶんだ。知識、教養はあればあるほど、お前を助けてくれるだろう。城の中を目指すならなおさらだ。それから騎士の住む街へ行くといいだろう」
「サムさん、ここで学ぶことはできますか?」
「あぁ、もちろんだ。商売についても学んでおくといいぞ」
――必ず、あそこへたどり着いてやる。
地図の真ん中で堂々と大きく描かれている城の絵。
それをじっと見つめた。
サムもケイトも黙って、ただ佇んでいた。
それから毎日、ケイトと店で働き、学んだ。
サムの店はなんでも売っていたから、物についてもたくさん知ることができた。
本もたくさん読んだ。
夜は多くのことを教えてもらった。
言葉、料理、礼儀、商売の仕方など……ケイトはそれらを常識と言っていた。
こうして、知識を得、俯瞰して自分の立ち位置を知ることは、決してつまらないことではなかった。
寧ろ、知れば知るほど、村から出てきたことが正しかったと確信が持てた。
そして、三か月が過ぎた。
初夏の風は、初秋の風へと変わっていた。
自分が何者かを知る時がこんなに早く訪れるとは、知りようもないくらい爽やかな風だった。




