第六話 魔獣
このままでは、踏みつぶされるか、弾き飛ばされるかだ。
ショウが、御者台で立ち上がった。
「ショウ?!」
魔獣はもう目の前にいた。
ショウは、背中の棒を抜いた。
棒を構えると同時に大声で叫んだ。
「テイ!!!」
ブワァァァッーーー!
大きな土埃が舞い上がって何も見えなくなった。
全ての音が消えた。
土埃が薄まっていく中、ピタリと停まり座っている魔獣の姿があった。
真っ黒い毛に全身が覆われ、頭には二本の尖った短い角が生えていた。
赤く光る瞳の色が、徐々に橙色に落ち着いていった。
ギシッ……。
ショウが、ゆっくりと荷馬車を降りていった。
ケイトも荷馬車を降り、ショウの後ろについて行った。
街中が静まり返り、その様子を見ていた。
「まだ、子供の魔獣だ。角が半分しかない。誰かが矢で射ったから怒ったんだ」
ショウが、口元に人差し指をあて、しーっと静かにという仕草をしながら、魔獣の方へ歩いていった。
優しく近づいていった。
魔獣は、じっとショウの姿を見ていた。
ショウは、魔獣の手首に刺さった矢を抜いた。
グォッ。
一瞬、痛そうな声をあげたが、静かに座っていた。
まるでショウの次の言葉を待っているかのようだった。
「レイ」
ショウが言うと同時に、魔獣は背中を向け、来た道を戻っていった。
街中の人々は、静かに去っていく様子をだまって見ていた。
ショウが振り返って、ケイトの方を見た。
まるで何もかもが信じられないという表情だった。
そして、一言だけ
「体が勝手に動いた……」
と言うと同時に、バタリとその場に倒れた。
薄灰色の大きな城がそびえ立っていた。
白馬に乗った青年が、城門から城の中へと駆けこんでいった。
階段の下で城番兵に馬をあずけると、城の中へ入っていった。
石造りの城では、吹き込む風も冷たく感じた。
(こんな古びた城など、私が国王になった暁には、新しく建て直してやる)
青年は、苛立ちを隠そうともせず、石の階段を上がっていった。
「アラン王子。お待ちしておりました」
二階の階段前の影で待っていたかのように白髪交じりの年配者が立っていた。
「セバスティ大典守〈だいてんしゅ〉か。国王に呼び出された」
「存じております」
「聖職者の最高位ともなれば、国王のことも、政治のことも知っているという訳か」
セバスティ大典守は、態度も顔色も変えることなく、声をひそめた。
「恐らくネス家のことかと思われます」
「分家ごときのことで?」
「ムン王国の王族は、国王の一族であるビュー家、そして分家のネス家のみです。この均衡が崩れるのを危ぶまれておられます」
「ネス家からは、王子を人質に取っているだろう。ネス家が歯向かうとは思えぬ」
「それが……ネス家の第二王子を跡継ぎにという動きがでているそうです」
「第二王子も人質に取ればよいではないか」
「名分がございませぬ」
アラン王子は、首を斜めに空〈くう〉を見上げた。
「ふむ……近頃、魔獣が街まで出没していると聞くな。ネス家の領土も気がかりであろうなぁ」
「九年前の疫〈えやみ〉の火付け役らしい物言いでございますな」
セバスティ大典守は、態度も顔色も変えることなく言った。
「いずれ我が王国となるこの国を統べやすくするための下地処理だったにすぎぬ」
アラン王子は、首を斜めに上げたまま、目線だけセバスティ大典守へと動かした。
「後一年……戴冠式までに、そこまでされるとは……恐れ入ります」
「お前は、大典守以上の地位はもうないぞ。何を望む?」
「私はこの王国の安泰を祈るのみでございます」
「ふん……まぁ、よい。国王のところへ行ってくる」
セバスティ大典守は、一歩下がり頭を下げて見送った。
城の中には、階段を上がっていくアラン王子の冷えた足音だけが響いた。
謁見の間の扉の前には護衛兵が立っていた。
護衛兵が扉を開けようとする前に、アラン王子は荒々しく自ら扉を開けて中へと入っていった。
「おぉ!アラン!遅かったではないか」
紋章入りの立派な王座、王冠、王の服。
相反する怯えた国王の眼。
(あぁ、こんな姿を見るのはもう、うんざりだ)
アラン王子は愛想笑いも敬意も表すこともできず、言い放った。
「ネス家のことで呼んだのですか?」
「さすがは我が王子!その通りだ」
「やられる前にやってしまえばよいのです」
「手荒なことではまた報復を企てられる。その連鎖はいつ終わるというのだ。いつ反乱が起こるかと眠れぬ夜ばかりだ」
(綺麗ごとを……汚れ仕事をするのはいつも私だというのに)
先代の祖父も同じように怯えた国王だったのを幼心に覚えていた。
なぜ、我が一族の国王はこんなにも臆病なのだ。
一体何を恐れているというのだ。
(私はこんなにはならない。最強の国王になるのだ)
アラン王子は、浅いため息をついた。
「分かりました。私の方で、ネス家の企ては阻止いたします」
ほっとした国王の顔にも嫌気がさした。
返事も労いの言葉を聞くまでもなく、背中を向け謁見の間を出ていった。
門兵にあずけた白馬に乗ると、城門から駆け出て行った。
(魔獣か……ふいに頭によぎった話だが、案外使えるかもしれんな)
白馬を止めると、方向を変えて走っていった。




