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月の剣:奪われた王家本流への返り咲き  作者: 伊路八


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第五話 商人の街

 少年は、じろじろと観察していた。

 頭の中は真っ白で、背中に変な汗が出ていた。

(どうする?……なんとかしないと……)


「その服、農奴ものではないな。どうやって手に入れた?」

「……」

「鉄の輪も外しているな。どうやった?」

「……」

「村を出てどうする?」

「……」


 次々と聞いてくる少年の質問に答えることができずにいた。

 当然だ。

 農奴の暮らししか知らない。

 ごまかしてここを切り抜けられるはずがない。

 ……腹をくくるしかない。

(信じてもらえるか、もらえないかは運に任せるさ……)

 大きく深呼吸した。


「家の名誉を取り戻しに行く」


 少年は、予想外の言葉を耳にしたという顔だった。

 そして、興味津々に言ってきた。

「聞かせてもらおう」


 岩の紋章のこと、指輪のことを話した。

 先祖はムン王国本流であったこと、そして、その座を分家に奪われたこと、農奴に貶められたことを話した。

 その理由を知るため、本流の座を取り戻すために抜け出してきたことを話した。

 老人のことは信じてもらえないだろうから、亡くなった父から聞いたということにしておいた。

 少年は、話を遮ることなく聞いてくれた。

 聞き終わると、懐疑的に口を開いた。


「その話がどうして真実だと信じられる?」


 首元から服の中に手を入れた。

 長い紐を通して首にぶら下げていた指輪を取り出した。

 首から外さず、そのまま見せた。

 少年の眼の色が少し変わった……気がした。

 ぐぃっと指輪ごと、引っ張られた。

 少年は近くで指輪を見た。


(かなりくすんでいるが、これは本物の純銀だ。こんな高価なものをなぜ持っている……)


 少年は指輪から手を離した。


「今のムン国の紋章は、こんな月と王冠ではない。星と王冠の紋章だ……だが、お前の話が真実ならば、その紋章さえも変えられ、ムン王国本流の座を奪われたというんだな?」


「そうだ」

 指輪をしまいながら答えた。


「それが真実かどうかは分からないが……面白い」

 少年の懐疑的な表情が和らいだ。


「ケイトだ」

 ふんわりと笑いながら、手を差し出してきた。


「ショウ……だ」

 差し出された手を握った。


「協力してやるよ」

「え?」

 突然の申し出に戸惑った。


「貶められた農奴から王家に返り咲こうなんて、胸のすく話じゃないか。計画はあるのか?」

「……いや……まずは、村から出ようと」

「やはりな。準備も知識も教養も何もかもが足りない。協力してやるよ」


 言われる通り、生まれてから農奴の生活しか知らない。

 世間のことが全く分からないまま、上手く行くわけはない。

 このまま、ここで諍いを起こして分かれても利はない。

 それに、ケイトがどういう人物か、何か思惑があるのか、近くにいて様子を見てもいいだろう。

 いずれにしても選択肢は、一つか――。


「……ケイトは商人だろ?見返りは?」

「あははは!上手く行ったら、その時は、王室御用達の商人にでもしてくれ」


 ケイトが本心で信じているかどうかは分からなかったが、心根は素直で明るい人物だと思っていた。

 ケイトもまた、ショウの話は突飛で大げさだが、実直で曇りのない眼をしている人物だと思っていた。


 ショウにとって、生涯の友となるケイトとの出逢いだった。


「さて、まずは街へ帰るか。どうするかな。まずは、お前が街で暮らせるよう親方を説得するか」

 ケイトは明るくそう言いながら、ショウの肩に手をかけ、御者台へと歩いて行った。

 ショウを隣に乗せると、荷馬車を走らせた。


 小雨は、徐々に止んでいった。

 ガタガタと荷馬車が進む度、夜の帳が下りていった。

 星が、一つ、二つと光っていった。

 その光よりも、輝きが強い光が目線の先に見えてきた。

 ケイトは、明るく輝く場所を指差して言った。


「あそこが、マーケット街だ」


 荷馬車は巨大な門を潜り、街に入った。

 初めて見る色、形、音、匂い、言葉……全てが刺激的だった。

 いろんな話声、音楽、作業の音、煌々とした明かり、元気な人々。

 全てが農奴とは違っていた。

 活気に満ち溢れている。

 見ている自分まで元気になっていくようだった。


「この国で初めて市場が開かれた街だから、マーケット街って名前でずっと呼んでいるんだって親方が言ってた」

 ケイトの話など頭に入ってこないくらい、ショウは街の様子に魅入っていた。

 二階から三階建てくらいの色彩豊かな建物が、通りにひしめきあっていた。


「あそこがウチの店だ」

 ケイトが通りの左側の先を指差したかと思うと、目線をもっと先に動かした。

「ん?なんか向こうが騒がしいな」

 荷馬車の速度を少し落として進んでいった。

 遠くから声が響いて来た。


 それは、ざわめき、叫び声だった。


 騒ぎ声に、通り中の窓や扉から人々が、なんだ?なんだ?と顔を出していた。

 土埃と共に、通りの向こうから荷馬車が猛烈な速度でこちらに進んできた。

 荷馬車はあっという間に、横をすれ違い走っていった。

 まるで何かから逃げているようだった。

「ケイト!逃げるんだ!!!」

 ウチの店と言っていた扉の前に出てきた大柄の男性がこちらに向かって叫んでいた。


 巨大な何かが猛スピードで迫ってきていた。

 誰かの叫び声が聞こえた。


「魔獣だ!!!」


 その声が聞こえた時には、もう目の前にそれはいた。

 ケイトは荷馬車を急停止させた。

 ショウもケイトも同時に同じことを思った。


 ――もう間に合わない!

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