第四話 脱出
決闘の二日後の夕刻、曇り空だった。
ガタガタと荷馬車が村に向かってやってきた。
週に一度、商人が配給を置きに来ている。
いつもの道、いつもの時間、いつもの馬車、いつもの商人だった。
レオの家の中で、ショウとレオが立っていた。
ショウは農奴の服は着ていなかった。
今まで着ていた服の上に、鉄の輪を置いてレオに手渡した。
「あとは頼む」
「あぁ、鞭の傷が悪化して亡くなったとでも言っておくさ。鉄の輪を焼いて渡しておけば大丈夫さ」
レオは自分自身で言葉にしながら、こんな言い訳でも通じてしまう状況にいることが、どこか悲しくもあった。
ショウは迷っていた。
ポケットにあるものを渡すべきかどうかを――。
渡すことで、レオたちが助かるかもしれない。
だが、逆に不幸を呼ぶことになるかもしれない。
自分のこの行動一つが起こす、その後の影響を思案していた。
――自分の意志で動ける……自由ということか。
レオの言葉が思い出された。
(俺が決めるなんて驕りだ。レオたち自身が決めることだ)
ショウは、レオの眼をじっと見た。
あまりにも凝視されるので、戸惑い気味にレオは反応した。
「な、なんだ?」
ショウは、ポケットの中で握っていたものをぐぃっと差し出した。
レオは、片手に服と鉄の輪を持つと、右手のひらを出した。
ぐっと握った手を開いた。
ポトリと黒く細長いものがレオの手のひらに落ちた。
細い……が、重みがあった。
「鍵だ」
何の鍵かは一目で分かった。
レオは、ぐっと握り込むと、一度だけ頷いた。
そして、それをポケットにしまった。
トントン。
「来ました」
ヒロが小さく扉を叩き、呼びかけて来た。
「分かった」
レオは、ショウの服と鉄の輪を素早くベッドの下に隠した。
ベッドの横の窓から、ショウが出ていくのを見届け、扉から出た。
「ショウは?」
「段取り通りだ」
レオとヒロは、村の入口へ向かった。
村の入口では、荷馬車が止まっていた。
ブロンドの髪の少年が、馬を手綱を柱に縛っていた。
村人たち数人が、配給を荷台から降ろしていた。
パラパラと小雨が降り出した。
「おい、急ごうぜ」
雨に濡れるのを嫌がるかのように、降ろした配給を小屋へ移動させていった。
レオが、少年の方に近づいて行った。
「ポンプの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれないか」
「ポンプ?」
少年はめんどくさそうだった。
「あぁ。部品か本体か、いずれにしろ、そっちも役人との商売ネタになるだろ?」
商売という言葉に反応して、少年はレオについて行った。
荷馬車の周りに人がいないのを確かめると、ヒロが小さく手を振った。
一番近い家の裏手から、ショウがサッと出てきた。
荷台の下に滑り込んだ。
それを見届けて、ヒロも配給を運んでいた小屋へと行った。
間もなく、レオと少年が話しながら戻ってきた。
「あれじゃぁ、まだまだ使えると役人に言われて、こっちが逆に怒られてしまうさ」
「そうか。無駄足をさせて、すまなかった」
少年は手際よく柱から手綱を外した。
荷馬車に乗ろうとしたとき、少年はちらりと地面を見た。
レオは、少年の目線を見てドキッとした。
少年は、今度はレオの方をちらりと見た。
いつもより鼓動が速いのが、レオ自身も分かっていた。
無言の間があった。
ショウの荷台の下に掴まった手に力が入った。
少年は、小雨があたる髪をかき上げた。
「雨がひどくなる前に帰るか」
御者台に乗り、荷馬車を出した。
ガタガタと来た道を帰って行った。
レオは、ほっと胸を撫でおろした。
そして、荷馬車が見えなくなるまで見送った。
ショウは、ガタガタと揺れる荷台の下に、力だけでしがみついていた。
土埃と跳ね上がる小石が一層困難さを増していた。
だが、ここで見つかるわけにはいかない。
レオとヒロにまで迷惑がかかってしまう。
逃げ切らなければ。
自分勝手な望みに巻き込んでしまった二人の顔が浮かんだ。
初めて、恩というものを感じていた。
いつかあの二人にこの恩を返すことができるだろうか。
ぐっと手に力が入った。
――いつかそうするためにも、今は、ここを逃げ切らなくては。
ガタンッ。ギッ。
突然、荷馬車が止まった。
ショウは焦った。
(まだ村を出てわずかだ。こんなところで止まるのか?)
だが、静かにじっと耐えるしかない。
息を潜めた。
ザッ、ザッ。
地面を歩く音が真横で止まった。
「出ておいでよ」
――!
体中に衝撃が走った。
顔が歪んだ。
(まずい。バレてる……)
「おーい、いるんだろ?」
少年がひょっこりと、荷台の下を覗き込んできた。
眼が合った。
観念して、荷台の下から出ていった。
立ち上がった時、目の前に立っている少年の姿に息をのんだ。
見たことのない髪の色、眼の色、肌の色だった。
薄曇りの中でも輝きが分かるブロンドの髪。
空のように透き通った青い眼。
雲のように白い肌。
「凄いなぁ。ずっと街までしがみついていくつもりだった?」
屈託なく話しかけてくる少年に、自然と言葉を返していた。
「力だけは自信がある……」
ふうん……と笑う少年に、ハッと我に返り尋ねた。
「なぜ、分かった?」
「海千山千の連中といるんだ。それくらいすぐ気づくさ」
そして、少年が次に発する言葉に凍りついた。
「さて、どうしようか」




