第二十九話 赤魔女との約束
――十三村を全て亡き者にする。
アラン王子に迷いはなかった。
そして、父と祖父の怯えていた様子に合点もいった。
反乱を起こして手に入れた王座だからこそ、
いつまた誰に奪われるかもしれないという怖れだったのか……。
しかし、私はそんなふうにはならない。
――このビュー家の呪縛は、私が消し去る。
アラン王子の決意した眼を赤魔女は愉快そうに見て言った。
「もう一つ大事な話を忘れてもらっては困る」
「大事な話?」
やることが決まった今、早く話を終えたいという素振りでアラン王子が答えた。
しかし、更にびくびくした国王に気づくと
再び、赤魔女の方を見た。
「レイナ公妃と交わした約束だよ」
「もったいぶらずに早く言え」
「ビュー家の子供を一人、渡し続けてもらうことだよ」
赤魔女の言葉に、国王がその場に泣き崩れた。
小さな声で、謝り続けていた。
アラン王子の血が一気に頭に登っていった。
その最中、ハッと気づいた。
幼い頃、弟が病でなくなったと聞いたが
もしかして……
激しい憎悪が全身を包んだ。
赤魔女は、表情を変えず口を開いた。
「約束は守ってもらう。お前が国王になった時もだ」
「なぜ……だ」
震えるアラン王子は言葉を絞りだした。
「力も自由も望むものを全て手に入れた後、ほしくなるのは何だと思う?」
赤魔女は、表情を変えず続けた。
「不老不死だよ」
アラン王子は言葉を返すことができなかった。
不老不死のために子供がどうなるかを知るのもおぞましかった。
(230年もの間、赤魔女に子供を差し出し続けていたというのか……まるで血塗られた一族じゃないか。その上に成り立つ王座など意味があるのか……)
赤魔女は、アラン王子の葛藤する表情を黙ってみていた。
すぐにでも赤魔女との関りを断ち切りたいと思ったが、
ネス家に青魔女がいる限り、赤魔女の力が必要になることは想像に難くなかった。
国王という立場になれば、何もかも自由にできると思ったのに
国王という立場が、これほどしがらみに縛られるとは……
もどかしかった。
アラン王子は、大きく深呼吸をした。
――しかし、ここで放棄するつもりはない。
赤魔女との約束のことは、早計にしてはならない。熟考するのだ。
まずは、ルース家の痕跡を確実に消そう。
アラン王子は、真っすぐに赤魔女を見た。
「約束のことは、心に留めおこう」
そして、淡々と国王に話しかけた。
「国王、用件は以上でしょうか」
「あ、あぁ……」
国王は、取り乱したことを少し恥じるかのように体制を整えた。
「では、やるべきことがありますので、失礼いたします」
アラン王子は、一礼すると部屋を出て行った。
赤魔女は、黙って見送った。
アラン王子は、早足で廊下を歩いていくと、
セバスティ大典守が向こう側から来て声をかけてきた。
「アラン王子、戴冠式の衣装の採寸はお済ですか?」
「今日はいい。話がある」
アラン王子の険しい表情に、
セバスティ大典守は黙って後をついて行った。
空高く白龍が泳ぐように北へと向かっていた。
背中にはマヤを抱きかかえたツキミ姫、ショウ、ケイト、ケイシー騎士が乗っている。
ナイト街の入口に降り立ち、五人が降りると
白龍は悠々と空へと飛んで行った。
監視塔の騎士たちは、初めて見る白龍に驚いていたが、
ケイシー騎士の言葉に慌てて跳ね橋を上げた。
ケイシー騎士はマヤを抱き上げると、
直ぐに医務室へ案内へと向かった。
ベッドに腰を掛けると
ホッとしたのか、マヤは声を堪えながら涙を流した。
同じ素材で濃紺の短めの袴を履いていた。
ツキミ姫は深緑の小袖と羽織。マヤは小豆色の小袖と羽織。
真っすぐに切り揃えられた艶やかな黒髪。黒い瞳。
二人が姉妹であるのが、一目で分かる。
ツキミ姫が横に座り背中をゆっくりとさすった。
「マヤ、何があったのか話せる?」
マヤは涙を拭いながら、何度も頷いた。
わずか12歳の少女は、たどたどしく語り始めた。
「貿易街で……頼まれたものを買いに道を歩いてたら……突然、目の前が真っ暗になって……気がついたら……首輪と鎖をつけられて……馬車に繋がれていて……恐くて……男の人に言われたことを……しました」
「魔獣を呼べと言われたのね」
マヤは涙で赤くなった目でツキミ姫を見た。
「それから……村を破壊しろと……姉様、私、そんなことしたくなかった!」
「マヤ、分かっているわ……」
ツキミ姫は、マヤの背中をゆっくりとさすりながら、
それ以上の言葉をかけることができずにいた。
(マヤは、この先も自分のしたことをきっと後悔し続ける。たとえ、脅かされたことだとしても……悪くない、忘れろ。なんて言葉は無意味だわ……)
「赤いマントの魔女はいなかったか?」
ケイシー騎士の柔らかい問いかけに、
マヤは手を口元に当て、何かを思い出そうとしていた。
「……村に着いた時、赤い……マントの女性が、男の人と話してました。魔女かどうかは分かりませんが……」
「何か見たり、聞いたりしたか?」
「……ここはアラン王子の指示通りに……我々の計画もやりやすい……みたいなことを言ってたと思います」
「他には?」
「……村が燃えた後は、直ぐに魔獣を南へ連れて行けと言われて……その移動中に助けが来て……」
「そうか……辛かったな。ゆっくり休んでくれ」
ケイシー騎士は、優しく語りかけると、
ショウとケイトに声を掛け、医務室を出た。
「フィンリー竜騎士へ報告に行こう」
ケイシー騎士の言葉に、ショウもケイトも頷き、一緒に歩いて行った。
マヤを見ていた優しいまなざしは消え、
険しい表情でピリピリとしているケイシー騎士に
二人は何も言えず、ただついて行った。
(アラン王子が本当に関わっているのか?国を守るはずの王家が、村を民を傷つけるなど愚の骨頂だ)
ケイシー騎士は、いつにもなく強くフィンリー竜騎士の部屋の扉を叩いた。




