第二十八話 ビュー家の呪縛
――戴冠式まで半年。あと少しだ。
そびえ立つ薄灰色の大きな城を見上げながら
アラン王子は、王座に座る自分を思い描いた。
胸の奥から湧き立つものを抑え、
白馬を城門の中へと進めた。
階段の下で城番兵に馬をあずけると、城の中へ入っていった。
石造りの城に、吹き込む冷たい風も
今は気にもならず、石の階段を上がっていった。
謁見の間の扉の前に立つ、護衛兵が扉を開けた。
アラン王子は静かに中へと入っていった。
扉が重々しく閉じる音が後ろから聞こえた。
「アラン。待っておったぞ……」
立派な装飾を施された室内や家具、衣装とは裏腹に
相変わらず怯えた様子の国王だったが……
(……少し様子が違う?)
いつもと違う微かな異変をアラン王子は感じ取った。
「……今日は、ビュー家の呪縛をお前に話しておこう」
国王は、静かな声で語り始めた。
アラン王子が微かに感じ取ったのは、
重荷を降ろせる安堵と当時に、
息子にその重荷を背負わせる負い目を重ねた
複雑な国王の気持ちだったのだ。
「王座につくものだけが知る秘密。戴冠式の半年前に代々王座につくものだけに語られる秘密。アラン……お前にその秘密を話そう」
「王だけが知る秘密……ということですか?」
「あぁ、そうだ」
ボボボッ!
突然、暖炉の火が高く燃え上がった。
火は一瞬で収まり、そこに一人の人物が立っていた。
うねる赤い髪。白い肌に鈍く光るような赤い眼。全身を臙脂色のローブで覆っている。
「赤魔女?!」
驚くアラン王子に、赤魔女は手のひらに乗せた丸く透明の玉を差し出した。
「これを見るがよい」
一瞬、頭の中がクラリとしたかと思うと、
頭の中で映像が再生され始めた。
(この女は誰だ?)
アラン王子の思考は遮られ、
まるで、物語を見ているかのように映し出された。
見慣れた部屋だった。
ビュー家の別邸の来客室だった。
ただ、今よりも古さを感じず、寧ろ新しさがあった。
「なぜ、ムン王国の国王がルース家のみでならないといけないのか……私の方が優れているのに……長子でもあるのに、ビュー家というだけで、女王の座も叶わないとは……」
「愚痴を言うために私を呼んだのか?レイナ公妃」
「いえ、我が子、ジェームズを国王の座につかせるため……赤魔女、そなたの力を借りたい」
「ほぉ……」
「ルース家の白魔女、ネス家の青魔女、そしてビュー家の赤魔女といえば、国中の誰もが知っている。しかし、その姿を見る者はほとんどいない。話ができるのは当主か後継者くらいだから、簡単に魔女が動くとは思ってはいない。だが、この計画には、そなたの力が必要なのだ」
赤魔女の赤い眼を見つめるレイナ公妃もまた、燃えるような眼差しだった。
赤い杖がレイナ公妃の顎をぐぃと持ち上げた。
「いい度胸だ。私を使おうとは。いいだろう。一つ約束をしてもらうぞ」
「必ずジェームズが国王の座につけるならば、この命でも何でも約束をする」
赤魔女は、微かにニヤリとすると、赤い杖をゆっくりと降ろした。
場面が城の中へと移った。
そこからはあっという間の出来事だった。
見慣れた城の執務室に入っていくレイナ公妃ともう一人の男。
そして、男が出した火筒から赤魔女が出てきた。
窓辺には驚く国王らしき男と騎士、白魔女がいた。
レイナ公妃が騎士を剣で刺し、赤魔女の炎が国王を貫いた。
白魔女の杖から出た雪の結晶が息絶えそうな国王の姿を消した。
そして、白魔女は雪の竜巻を起こし自らの姿を消した。
また、場面が変わった。
城中の町中の白い月と王冠の紋章は、
荒々しく入れ替えられ、塗り替えられていった。
――黄色い星と王冠に。
わずか12歳の小さな男の子が王冠をかぶり王座に座っていた。
その横には、レイナ公妃が誇らしげに立っていた。
(この景色には見覚えがある……謁見の間のタペストリーの絵と同じだ)
フッと頭の中が真っ暗になった。
アラン王子は、頭の中のざらつきを追い出すかのように、頭を振った。
部屋の右側にかけられている大きなタペストリーを見た。
頭の中で見たものと同じだった。
「王となるもの真実を知るのだ」
赤魔女が、丸い玉をしまいながら言った。
「真実だと?今のはなんだ?ムン王国は230年前、ジェームズ国王から始まったのではないのか?ルース家とはなんだ?!」
「今、見たとおりだ。230年前の反乱でビュー家が、ムン王国23世まで続いた本流のルース家から王座を奪略したのだ。ビュー家第一子であったジェームズが、ムン王国の国王となり、それ以来、ビュー家が王座についている。私がお前たちを王座につけたのだ」
「なぜ、ルース家は王座を奪い返さなかったのだ?」
「レイナ公妃は非情なことよ。ルース家一族をすべて滅ぼしたのだ。だが、王の家族だけには、生き地獄を味わせたいと、農奴へと追放したのだよ。全ての記録が消され、ルース家は歴史から消えたのだよ」
アラン王子は、足元が崩れていくような感覚にその場に座り込みそうになった。
これまでの自負や誇りのよりどころが全部、張りぼてのように軽く感じた。
しかし、ぎりぎりのところで踏みとどまろうとした。
もう230年も前の話じゃないか。
――我がビュー家がこのまま本流になればよいのだ。
この秘密は、王と赤魔女しか知らないことだ。
私がこの秘密を誰に言わなければよいのだ。
ルース家の血筋も絶えた今、何を畏れるというのだ。
……いや、待て。もしも、もしもだ。ルース家の農奴となった子孫が、もし生きていたら?
アラン王子はゆらりと赤魔女の方を見た。
「……そのルース家を農奴へ追放したのは、どこへだ?」
「十三村だ」




