第二十七話 青魔女
水の渦は徐々に小さく上へと巻き上がっていく。
渦が消え、空中に浮かんだ人物はふわりと地上に降りた。
長く青い髪、青い瞳、青いマント、青い杖。
「青魔女……ネス家の使い……」
ケイシー騎士は、驚いていた。
「噂には聞いていたが、姿を見たのは初めてだ……」
ケイシー騎士の言葉に答えることなく、
青魔女は言葉を発した。
「ネス家の当主からの伝言を伝えます」
スラリとした立ち姿、澱みのない透き通る声。
滲み出る清廉さに、その場の全員が耳を澄ました。
「ネス家は、争いを好まない。安定と繁栄を望んでいる。文化が花開く時はいつも時代が安定している時である。国を繁栄させるならば、争いは無用。国家を一つの舞台と例えるならば、脇役が主役の座を奪っては舞台はなりたたないであろう。だからこそ、ネス家は脇役の役割を誠実に行う。三家の均衡こそが国の安定。かつてのムン王国の王であった23世と同じ考えだ」
青魔女は、ちらりとショウを見て、続けた。
「ビュー家のやり方には、賛同も反対もしない。だが、これ以上近づき、我が領土を脅かすのであれば、黙ってはいない。立ち去るがよい」
青魔女は、表情を変えることなく杖を回した。
すると、杖の先からふわりと水が飛び出した。
真っすぐに柔らかくマヤの首へと絡みついた。
一瞬の出来事に、誰もが水流を目で追うことしかできなかった。
絡みついた水は首を一周するとスッと消えた。
首輪も鎖も消えていた。
マヤが大きく息をした。
肩を支えていたツキミ姫のホッとした表情に、全員が安堵した。
ショウは、真っすぐに青魔女を見ていた。
――三家の均衡。
前世でネス家の当主と交わした誓約が、
今でもネス家では継がれていることに深い畏敬の念を覚えた。
そして、胸が震えた。
ネス家の当主とこの国の将来について
熱く語り明かした日のことが蘇ってきた。
それは、ショウが前世でムン王国23世として王座に就いた日だった。
傍には、ジュリアス竜騎士と白魔女がいた。
ネス家の当主の横には、青魔女の姿があった。
青魔女の姿が、全く変わっていないことに懐かしさも覚えた。
――なんとしても、王座を奪還し、ムン王国の平安を取り戻さねば。
決意を白魔女にも伝えるかのように、
胸ポケットにそっと手を添えた。
青魔女は、気づくか気づかないかくらいのほんの小さな会釈をして、
再び、全員の顔を見た。
「もう一度言います。ネス家の領土を脅かさない限り、干渉はしない。立ち去るがよい」
ケイシー騎士は、立ち上がりながら言った。
「敵でもないが、味方でもないということか……」
ツキミ姫の傍に行き、
「妹さんの体調も気になるから一度、医者にも診せたい。ナイト街に一緒に来てもらってもいいか?」
と尋ねた。
「ありがとうございます。では、白龍でご一緒に」
ツキミ姫の言葉に、ケイシー騎士は頷いた。
傍に降りてきた白龍に、みんなが乗っている時、
ショウは、青魔女のところへ駆け寄っていった。
何かを言いたいとかではなかった。
白魔女も今は小さくなっているが、
もしかしたら青魔女に会いたいのではないかと
衝動的に走っていた。
傍に来たショウに、青魔女は素早く囁いた。
「力は他力では戻らない。その時が来るまで今は耐えるのです」
そう言うと、水の渦が巻き起こり、
青魔女の姿は消えた。
「ありがとう……」
白魔女の微かな声が胸ポケットから聞こえた。
ショウは、振り返ると急いで白龍に乗った。
思考が巡る頭と高鳴っていく胸の熱さを止められなかった。
顔に当たるぬるい風を感じながら、
あの北の冷たい風に当たりたいと思うくらいだった。
――早く、一刻も早く城に行きたい。今の状況を知りたい。
「青魔女を知っているのか?」
ケイシー騎士の問いかけに、ハッと意識が今に戻った。
答えに迷っていると
「僕、青魔女を見たのは初めてだよ!」
ケイトが話の矛先を変えてくれた。
ショウは、ずっと決めかねていることがあった。
前世での記憶をフィンリー竜騎士やケイシー騎士たちにも話すかどうか――
これから先、城に行けるチャンスがあるならば、
本来の目的を言っておく方が動きやすいのではないか。
しかし、信じてもらえなければ……
逆に、反乱分子として捕らえられるかもしれない。
話して自ら流れを作るか……
話す時が来るまで様子を見るか……
「あ!ナイト街が見えてきた」
ケイトの声に、ショウは頭を上げた。
「わぁ……綺麗だね」
全員が同じ気持ちになっていた。
白龍に乗り、空高く覗き込む地上には、
横から差し込む夕日が、ナイト街全体を覆い、
茜色に染まり、まるで宝石箱のように輝いていた。
澱みかけていた心に、
一筋の清涼な空気が吹き込んできたようでもあった。
しかし、ショウの心は直ぐに重くなった。
アラン王子、セバスティ大典守、私兵を隠している領主、魔獣の騒ぎ……
少しずつ、パズルのピースが出てきた感覚だ。
しかし、セキ村の夜襲でチラリと話には出たが、
それ以外は情報が全く入ってこない。
230年前の反乱のキーパーソンであるのは間違いないはずだ。
――赤魔女は、一体どこにいるのだ?




