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月の剣:奪われた王家本流への返り咲き  作者: 伊路八


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第二十二話 ケイトの誓い

 ケイトはうつらうつらする中、記憶が頭の中を流れていた。


 宝箱の前にひざまずき、蓋を開けた。

 鱗が一つあった。

 両手で抱えるほどの大きな鱗。

 一枚の美しい鱗がオーロラのように輝いていた。

 きれいだ――。

 ケイトも、竜の鱗だと直感で分かった。

 それを手に取ろう両手で触れた瞬間、

 ブワッと古い記憶の渦に飲み込まれた。


(あ、父さんと母さん……)


 亡くなったはずの両親が、僕に笑いかけていた。

「さぁ、今日は領主様のお祝いよ。これ食べてみて。美味しい?」

 母さんが差し出すフォークに刺さったものを口にした。

 シャックリとした歯ざわりに甘かった。

「美味しい!」

「そう、よかった。果物なんて初めてよね。ケイト、全部お食べ」

 父さんも母さんも嬉しそうに僕を見ている。


(これは、九年前のあの時だ……両親の笑った顔を見たのはこれが最後だった……そうだ、この後だ……何日かして街中がおかしくなったんだ)


「父さん、母さん……?」

 真っ暗な家の中で両親は何かに怯えているようだった。

 もう何日も寝室に籠っていた。

 心配になった僕は、寝室の扉の前に行った。

「ケイト……こっちに来てはだめ」

 母さんは食事を用意する時だけ台所に来て、後は寝室に籠っていた。

 みるみる衰えていく両親の姿に、

 怖くて怖くてどうしたらいいか分からなかった。


 ギィ――


 玄関扉が静かに開く音に急いで行った。

「父さん!」

 いつの間に外に行ってたんだろう……

 そんなことは大した疑問じゃないと直ぐに分かった。


 父さんは、熱がある様子で息も苦しそうにふらついていた。


「大丈夫?」

「触るんじゃない!!!」


 支えようと傍に行こうとしたら、

 聞いたこともないような大声に足がすくんだ。


「……大丈夫だから……近くに寄るんじゃない」


 静かに言うと、寝室へ入っていった。

 小さな話し声とすすり泣きが聞こえてきた。

 良くない状況だと子供心にも分かった。

 胸がどきどきした。


「まだ、八歳よ……一人残してなんていけないわ」

「このままだとケイトにも移ってしまうかもしれない」

「治療法はないの?」

「……隔離場所へ行き、戻った者は……いないそうだ」

「そんな……」

「もうこれ以上にここには……見てくれ……」

「あぁ……こんなに速く進むなんて……」


 キィ――


 寝室の扉が少しだけ開いた。


「ケイト……」

 呼び声に、近づいて行こうとすると

「だめ!そこに居て」とたしなめられた。


「ケイト……よく聞いてちょうだい。父さんと母さんは、しばらく遠くに行かなくてはならなくなったの」

「どれくらい?」

「……」

 母さんは、涙を堪え横を向いた。

 後ろにいた父さんが答えた。

「長くなるかもしれない。食べ物は台所にあるから……ケイト、お店のサムおじさんを覚えてるか?」

「……うん」

「もし、サムおじさんが来たら、言うとおりにするんだ」

「……分かった」

「ケイト、部屋の隅に行ってくれるか?」


 僕が隅に行ったのを確認すると、ゆっくりと扉が開いた。

 父さんが、母さんを支えながら出てきた。


 直ぐにでも駆けていき、

 抱きしめてほしかったけど、

 その場から動くことができなかった。


 母さんの頭を覆う布や服の隙間から見える皮膚は、

 どこも赤くただれていた。


 初めて見るそれは、恐ろしかった。


「ケイト……ごめんね……」


 玄関を出る時、父さんと母さんと目が合った。

 いつも僕を見る優しい目だった。

 涙を堪え、笑おうとしていた。


 笑ってほしかった。

 抱きしめてほしかった。


「ケイト……」


 父さんと母さんが、最後に僕を呼んだ声だけが、僕の中に残った。

 首に下げた深紅色のペンダントをぎゅっと握りしめた。

 マーケット街では三分の一が亡くなったという九年前の疫(えやみ)。

 たった八歳の僕に何ができただろう。

 だけど、勇敢さがあれば、父さんと母さんと最後まで一緒にいられたかもしれない。


 ――もう二度と臆病にならない。やらないで後悔するなら、立ち向かう方を選ぶんだ。それが僕の誓いだ。


 頭ではなく、体の奥深いところから自然と想いが湧き上がってきた。

 ケイトは、竜の鱗を抱き上げるように取り出した。

 頬が紅潮した。


 胸に湧き上がる熱い思いとともに、ぱちりと目が開いた。


「ケイト!」

 ショウの声がすぐ傍で聞こえた。

 さっきまでの感情が生々しく胸に残っていたが、

 呼び声の方が現実だとすぐ分かった。

「ショウ……」

「あぁ……よかった。痛みはないか?」

 ベッドの上で眠っていることに気がついた。

 体を起こしたが、どこにも痛みはなかった。

「白魔女の治療は前よりも皮膚を強くしてくれる」

 ショウが、こっそりと耳元で囁いた。

 脇腹を見ると傷跡はあったが、痛みは全くなかった。

「ごめん……僕、弱いよね……でも、でもっ強くなりたいんだ」

 ショウは、ケイトの肩に手を置き、

「うん」と頷いた。


 ガチャリ――


 扉が開き、ウル騎士たちと五人の男が入ってきた。


「こちらの椅子とベッドに」

 白髪の医者は手際よく、うなだれている五人の男の処置をはじめた。


 ほどなくして、ゆっくりと医務室の扉が開いた。

 フィンリー竜騎士が入ってきた。

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