第二話 決意
「お前こそが、この国の王となるものだ」
老人は、朝と同じことを言った。
「なぜ、そう言える?」
「230年前のことだ。このムン王国本流であったルース家は、分家だったビュー家に乗っ取られた。そして、ルース家一族は滅ぼされた。王の家族だけが、農奴へ追放されたのだ。お前がその最後の子孫だ」
「そのルース家の証が、この指輪と岩に刻まれた紋章……そういいたいのか?」
「そうだ。お前はなぜ、今でもこの岩に来るのだ?ここが先祖の墓だと……王の墓だと知っているからではないのか?」
「王の墓……?」
ショウは、目線を下に向けて、記憶を辿るよう答えた。
「両親は何も言わなかった……ただ……俺たちを連れて、満月の日に誰にも知られずここに来ていた。祖父母も、その前も、ずっと先祖がそうしてきたと」
「ルース家こそが真の王家……それを知るものは、もうこの国にはいない」
寂しさを帯びた声だった。
その声に、遠い過去への思いが初めて生まれた。
聞いたことも、見たことも、会ったこともないのに……。
「どうしてこうなったのかを知りたい……真実を知りたい」
「それには、まずここを出ることじゃな」
「……待て……お前は誰だ?なぜ、このことを知っているのだ?」
老人は、フッと笑みをこぼした。
「その猜疑心は王になった時は、プラスになるだろう……しかし、今はじゃ……今のお前に嘘を言ったとして、私に一体何の得があるというのだ。お前のその猜疑心は、心を曇らせておらぬか?」
「心を曇らせる……」
「そうじゃ、ルース家、最後の子孫であるお前が動かねば、一体誰が真実を歴史に戻すことができようか」
込み上げてくる怖れと高揚感に戸惑っていた。
岩に刻まれた紋章を見た。
そして、指輪を見つめた。
呼吸するごとに怖れが薄まり、鼓動が高鳴っていった。
手に持つ指輪をギュッと握りしめた。
顔を上げ、真っすぐに老人を見た。
「お前を信じる」
老人は、ショウの眼を確かめるように見た。
不意に何かを投げた。
ショウは飛んできた物を反射的に取った。
鉄でできた鍵だった。
「お前を鞭打った役人から拝借してやったのよ」
「ハッ!」
小気味よく笑った。
「選別に、一つ贈り物をしよう。何が良い?」
ショウはじっくりと考えた。
「……服と靴を」
老人は、白い杖をスッと回した。
空中で、綺麗な白い光が半円を描いた。
光が消えると同時に、服と靴が空中に現れた。
慌てて足を踏み出し、両手で抱えた。
目線を上げると、老人の姿は消えていた。
空を見上げた。
昨日の満月より、少し欠けていた。
抱えている服と靴の重みを感じた。
――この底辺から、這い上がっていってやろうじゃないか。
自分の意志で動きたいと、初めて思っていた。
何もかもが色鮮やかに見えた。
いつも見ている同じ景色なのに。
サワサワと小川の流れる音だけが聞こえる中、家へと帰っていた。
朝、いつものようにヒロが迎えに来た。
今日も畑作業だった。
鍬で土を耕している間ずっと考えていた。
俺たち農奴は、村からは一歩も出れない。
生涯をここで終える運命だ。
まずは『どうやってここを出るか』――だ。
俺は賭けに出ることにした。
村には、誰にでも一度だけ使うことができる掟がある。
夕刻、作業から村に戻ると、血で円を描いた石をリーダーのレオに渡した。
レオの取り巻き連中がそれを見て叫んだ。
「挑戦状だっ!」
リーダーに決闘を申し込むという挑戦状を渡したのだ。
決闘で勝つとリーダーになれる。
……もしくは望みが1つ聞き入れられる。
「今夜だ」
レオが石を握り込みながら言った。
その眼からは、もう闘志が迸っていた。
呼応するかのように、体中が熱くなっていくのが分かった。
俺は頷き、家へと戻った。
家の中で、寝床に置いてある棒を取った。
床に置いて、瓶でゴリゴリ棒をこすり鍛えた。
子供の頃から、こうして棒を鍛えてきた。
棒を見つけては、棒と棒を戦わせ、強い棒だけを残してきた。
この棒が、今この時点で最強の棒だ。
レオは、この村で一番強い。
この村では、力仕事しかない。
だから、自然と体つきも良くなるし、自ら体を鍛えているものも多い。
その連中の中で、もう5年もリーダーの座にいる。
7歳も年上で、力も強い。
筋肉のつき方も違う。
挑戦も全勝だ。
――だが、この戦いには勝たなくてはならない。
負けると、二度目のチャンスはない。
足にグッと力を入れ、立ち上がった。
棒を握りしめ、勢いよく扉を開けた。
村の真ん中には、20人ほど集まっていた。
大きく円を描くように立ち、ざわついていた。
人の間を抜け、円の真ん中へと進んでいった。
ざわつきが、ピタリと止んだ。
人がサーッと道を空けるので分かった。
(……来た)
少し生ぬるい風が抜け、初夏の香りがした。
レオは、ゆっくりと静かに円の真ん中へ歩いて来た。
左手に持つ投石器を構えた。
ルールは1つ。
どちらかが倒れるか降参するまで。
武器は自作のものを1つだけ。
夕日にかかる雲が移動した。
まるで始まりを告げるかのように、赤く空が染まっていった。
のちに『十三番村の決闘』と歴史に刻まれる戦いがはじまった。




