第十六話 洞窟の中
小人はくるりと振り向いて、スタスタと歩いて行った。
そのあっけなさに、
ケイトは呼び止める手を上げる間もなかった。
ショウは、小人が帰って行くのを全く気にしていないようで、
真っ暗な中、
そびえ立つ岩と岩の間に微かに見える入口らしきところを覗いていた。
「行こう」
ショウは、するりと岩と岩の間に入っていった。
ケイトも少し慌てて後をついて入っていった。
中は、漆黒の闇だった。
氷のようにヒンヤリと湿った空気が肌に当たった。
少し手を伸ばせば、
左右に手がつきそうなほどの狭い通路のようだった。
ゆっくりと足元を確かめながら進んだ。
――ザリ、ザリ。
冷たい岩の上を歩くショウとケイトの足音だけが響いていた。
ぼんやりと周囲が見えてきた。
「先に空洞がある……」
ショウの囁きに、ケイトは背中越しに前方を見た。
細い通路の先は、更に真っ暗な闇だった。
――ザリ、ザリ。
慎重に進んでいった。
通路が終わり、空洞の入口らしきところに来た。
ショウもケイトも立ち止まった。
真っ暗な目の前が、徐々に見えてきた。
高さ10mもあろうかという大きな空洞が広がっていた。
「ぅ……わぁ……」
ケイトは思わず声が出た。
「しっ……」
ショウが囁くように言った。
真っ暗闇な空洞と思っていたが、どうやら違っていた。
真っ黒い大きな塊が空洞の真ん中にドンッとあった。
それは、一定のリズムで動いていた。
「呼吸している……」
ショウが小声で言った。
暗闇に慣れた目が、それをはっきりと映し出した。
真っ黒い毛に全身が覆われた大きな何かが、
丸まって眠っているようだった。
「でかい……」
見上げるほどの巨大さにケイトが思わず言葉にした。
ショウが静かに空洞の壁際に沿って、静かに歩き出した。
ケイトも後に続いた。
眠っている巨大な何かに気づかれないよう
壁伝いに距離を保ちながら、進んでいた。
空洞の半分くらい進んだところで、ショウが立ち止った。
大きな岩がせり出していた。
ショウもケイトも顔を見合わせた。
このせり出した大きな岩沿いに進むとなると、
眠っている巨大な何かに接近する距離感だった。
ショウは息を飲みながら目を見開き、
ケイトは額から一筋の汗が流れた。
ショウは大きく深呼吸すると首を縦に振った。
ケイトも首を縦に振った。
――ザリ、ザリ。
足音を最小限に抑えながら進んだ。
慎重に、静かに、ゆっくりと……。
このせり出した大きな岩と
眠っている巨大な何かの
距離が一番、近くなった。
――ピタリ。
眠っている巨大な何かの一定のリズムの動きが止まった。
ショウとケイトの歩みも止まった。
もぞ……もぞ……。
眠っている巨大な何かが
丸めていた体を少し動かし顔を上げた。
眠たそうに目をつぶったまま、
鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。
――!!!
ショウとケイトの顔色が見る見ると青くなっていった。
心臓が、バクバクした。
顔も全身と同じ真っ黒い毛に覆われ、
頭には二本の尖った大きな角が生えていた。
カッと目を見開いた。
橙色の目に、ショウとケイトが映った。
「まずい!走れ!」
ショウが叫ぶと空洞の先へと走り出した。
ケイトも必死で走った。
――ブォォォッ!!!
巨大な何かが、叫びながら立ち上がった。
ゆうに5m以上はあろうかという巨大さだった。
暗い空洞の中でさえも、降り注ぐ影のその巨大さに恐怖した。
「大人の魔獣がいるなんて!子供の魔獣の比じゃないよ!」
ケイトが走りながら叫んだ。
「魔獣?!」
ショウがまるで初めて聞く言葉だと言うように、聞き返した。
(そうか。ショウはまだ、マーケット街での子供の魔獣とのことを思い出していないんだ)
「そうだ!あれは大人の魔獣だ!」
ケイトの声をかき消すかのように、魔獣は再び叫んだ。
――ブォォォッ!!!
空洞が軋み、パラパラと小石が落ちた。
――くらっ
(……なんだ?)
ショウは、片手で頭を押さえ、ふらついていた。
このまま、意識が薄れていきそうだった。
(しっかりするんだ。集中するんだ)
右手で棒を構え、左手で頭を押さえ、魔獣に向かった。
しかし、薄れいく意識に抗えず、背中から壁面にもたれかかった。
(だめだ……意識をしっかり持つんだ)
ふらつき倒れそうなショウを見て、
ケイトはマーケット街での出来事を思い出した。
(あの時、ショウは魔獣を操るようにコントロールしていた。でも、その時のことを覚えていないと言っていた。このままでは、どうなるか分からない。ショウは、戦えないかも……)
ケイトは剣をスラリと抜き構えた。
「俺が、戦う!」
ケイトは、魔獣を見上げた。
眠気はすっかり吹き飛んでいる橙色に光る目と合った。
ゾクリとした。
だが、逃げ道はない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ケイトが、剣を振りかざし、魔獣に向かっていった。
魔獣が、右腕をブンと一振りした。
ケイトは後ろに下がり避けた。
(くそっ、俺の剣なんて、魔獣にとったら針で突かれるようなもの。それに、一振りであの風圧……一撃でひとたまりもない)
その時、後ろからショウの声が聞こえた。
「ケイト!魔獣を殺してはいけない!」




