第十二話 旅立ち
翌朝、いつもより早く目が覚めたケイトは身支度を整えた。
昨日の夜のうちに、準備していた荷物を持つと、ぐるりと部屋を見回した。
(8年か……)
この部屋で、サム親方の元で、暮らして8年。
ケイトは、こんな風にここを出る日が来るとは夢にも思わなかった。
いつもの他の街や村へ行く商談の旅なら、この部屋に戻ることが当たり前だった。
今回は、ここに戻る時がいつになるか分からない。
戻るかどうかさえも、イメージできない。
少し胸がギュッと締めつけられた。
――ガチャリ。
隣の部屋の扉が開く音が聞こえた。
(よし、行こう)
ケイトは、荷物を肩にかけると扉を開けた。
ショウとケイトが、二階から下りていくと、サムが待っていた。
机の上に畳んで置いていたものを二人に差し出した。
「これを持っていくといい」
「これ……一番いいコートだよ。親方、貰えないよ」
ケイトが驚いてコートを差し戻した。
軽くてしっかりした皮とフワフワの毛がフードに付いた丈夫であったかそうなコートだった。
「いいんだ。今年はいつもより寒くなるのが早い。今までしっかり働いてもらった。ボーナスとでも思ってくれ」
サムが優しく微笑みながら、二人に手渡した。
「親方、ありがとうございます」
「サムさん、ありがとうございます」
二人は、サムの気持ちと共に素直に受け取ることにした。
「あ!」
ケイトが急に大声を上げて、二階へ駆け上がっていった。
階段の途中で、
「ショウ!一緒に行くからな。先に行くなよ!」
と念を押して上がっていった。
「ケイトのことだが……」
サムが、小声で話し出したのをショウは顔と耳を傾けて聞いた。
「九年前の疫で家族を亡くしている」
ショウはピクリと反応した。
(十三番村で両親と兄を亡くしたのも、九年前の疫だった……ケイトも同じだったのか)
「ケイトの父親とは商人仲間でな。引き取って一緒に暮らしていたんだ。頼むよ。あの子のこと」
「はい。でも、私の方が、ケイトには助けられていますよ」
「そうか……」
サムは嬉しそうな、寂しそうな顔をした。
「お待たせ!」
ケイトが二階から駆け下りてきた。
「枕の下にいつも置いて寝ていたから、うっかりこれを忘れるところだった」
握りしめていた手を広げた。
深紅色のルビーが、ペンダントになっていた。
「それは?」
ショウが尋ねた。
「父さんからの旅のお土産で、唯一くれたものなんだ」
ケイトはルビーのペンダントを首につけ、服の中にしまった。
「よし!じゃぁ、行ってきます!」
ケイトは明るい声で言うと、元気よく玄関扉を開けた。
「ありがとうございました」
ショウは一礼をして、続いて出て行った。
ケイトが店の横に停めていた荷馬車に乗って来た。
ショウが荷物を荷台に置くとケイトの隣に座った。
「これも持っていけ」
サムが、食料が入っているリュックを荷台にドスンと置いた。
「よし!行ってこい!」
サムが、馬の尻をバシッと叩いた。
馬はそれに応えるかのように歩き出した。
「親方!」
ケイトは手綱を持ったまま、振り返った。
小さくなっていくサムの姿は、笑っているのか、泣いているのか分からなかった。
再び、胸がギュッと締めつけられた。
ケイトは大きく手を3回振った。
そして、前を向き手綱をしっかりと握った。
「あ……」
ショウが手のひらを上に向け、空を見上げた。
はらり、はらり……と白い小さな雪が降ってきた。
「まだ秋なのに、やけに冷え込むと思ったんだ」
「サムさんに貰ったコートが早速、活躍しそうだ」
「そうだね」
ショウとケイトは顔を見合わせて笑った。
ケイトの胸につけてあるバッジを見た。
同じバッジがサムの胸にもいつもつけてあった。
今は、同じバッジがショウの胸にもあった。
マーケット街の記章だった。
(これで、商人としてケイトと一緒に街道を堂々と進める)
そして、ケイトとサムと同じものをつけていることが、なぜか嬉しかった。
「さて、ショウ。どこに行く?」
「あぁ……」
ショウは、胸ポケットから折り畳んだ紙を出した。
ガサガサと広げると地図が描かれていた。
サムの店で見せてもらった地図を持ち運べる位の紙のサイズに、コツコツと書き写していたのだった。
ショウは、サムの言葉を思い出していた。
――城の中を目指すならなおさらだ。それから騎士の住む街へ行くといいだろう。
「騎士の住む街へ行きたい」
「よし、じゃぁ、このまま進もう」
ケイトは荷馬車を進めた。
道を進んでいくと、ケイトは荷馬車を停めた。
目の前で道が二手に分かれていた。
「ケイト?道が分からないのか?」
「いや……貿易街に行ってみないか?」
「貿易街?なんで?」
「うん……ショウ、魔獣を倒したときの記憶は思い出したか?」
――ん?そう言われてみれば、魔獣と対峙した時のことは思い出してないな。
「そういえば、まだ思い出せてない」
「そうか……貿易外は国中からいろんな人や物が集まるから、まずは情報収集に行ってもいいかなと思って」
二手に分かれる道には、それぞれ看板が立っていた。
右は、貿易街へ。
左は、ナイト街へ。
ショウが魔獣を倒して気を失っていた時、サム親方から
「魔獣を操る異国の魔術があると貿易街で聞いたことがあるんだが、ショウは関係あるのか?」
と尋ねられたことを思い出していた。




