#13
10月27日
「人間に紛れている…?」
クリンプトの声は明らかに驚きと動揺を隠さないでいた。大国アメリカの大統領に対して、敗戦国日本の首相が強気に交渉をできるようになったのは、GDP世界2位となった2年前からだろうか。相変わらずGDP1位のアメリカは強気な交渉で進めてくる。しかし、一昔前と違って、国力の回復によって優位な交渉を進めることができる。
「我々日本への攻撃を分析した結果です」
「なぜ、これまで開示しなかった?同盟国として状況を共有することは義務だと思うのだが」
クリンプトは冷静を保ちつつ、明らかに怒りを抑えきれない声だ。
「もちろん、共有することも考えました。ですが、アメリカには攻撃は行われていなかったんです。我々日本への攻撃は我々で処理するのが基本です」
「君たちの捜査能力で処理できると思ったのか?」
「えぇ、もちろん」
「なるほど。ではなぜ今になって我々に情報提供した?」
確実に強い語気になっている。
「もちろん、同盟国が攻撃に晒されたからです。ですが、この情報はわが国は世間には公表しません」
「公表しない…その理由は?」
「社会に混乱を来たすからです。人間の形の宇宙人がうろうろしています。政府は見分ける手段を持っていません。そんな政府発表をした瞬間に、日本は、いや世界が混乱の渦に巻き込まれる」
「…じゃあ、例の報道は否定しろと…」
「懸命なアメリカ大統領なら、そのようにした方がいいかと」
「…」
ブツっと切られた音がした。大国のトップを手玉に取るのは気持ちがいいものだ。日本がアメリカの属国であった時代は終わりを告げて、初めて同盟国として渡り合える。確かに、核の傘に守られている事実はあるが、机上の防衛力よりも現場の経済力が交渉ごとにおいては重要なのだ。さらに、相手が知らない情報を持っていれば確実に優位に進められる。まだまだ彼らが知らない情報を持っているこの状況は、明らかにこの後の優位性を示していた。ゆっくりと席に座ると、不覚にも口角が上がっていることに気づいた。モニターをつけると、アメリカ攻撃の人体爆発の記事が踊っていた。鉄の棒を触れる。
「総理、どうしましたか?」
冷静な熊倉秘書の声を聞くと、日常業務に一気に戻される。
「東洋ジャーナルの記者…呼び出してくれ」
「人体爆破を書いた記者ですか?」
「そうだ」
「圧力でしたら、呼び出さなくても、如何様にも対応できますが」
「言論統制の圧力なんて、時代錯誤だ。それに東洋ジャーナルに圧力をかけたら、そのこと自体を記事にされる。日本のジャーナリズムは健全だ」
「承知しました。すぐに官邸にお呼びします」
10月28日
「いや!お前、つまらなすぎて爆発するぞ!」
「いや、アメリカのやつ〜」
アメリカの人体爆破事件は、社会よりも恋や部活に目を輝かせる高校生のツッコミワードぐらいには、話題を席巻していた。そんなどでかい事件なんて一瞥もせずに、3人は隅っこで別の事件のチャットを探っていた。
「小生に凸するってコメントまだ消えないですよ」
焦りながら、コメントを見つめる瞼にはあぶら汗が溜まっていた。
「大丈夫だよ。だって、4日経っても誰も来なかったんだし…」
理恵は不安を抑えようとしながらも笑顔で答えていた。
「そうだよ。NUTsで叫んでるやつなんて現実じゃ何もできないから」
「…そうでしょうか」
「もうやめよ」
無理やり永愛の腕を握って、「JAM PHONE」の電源を消した。不安な空気を変えるためには、強制的な方法しか思いつかなかった。
「一旦…忘れてこ。気にしたって意味ないんだから。とりあえず昼飯食う?」
昼休みの時間が始まって20分ほどNUTsを回遊していた為、あまり時間は残っていなかったが、腹は減っていた。
「由紀夫氏の言うことも一理あります。まずは腹を満たさなければ…」
永愛はカバンの中から、異常な数の菓子パンを出してきて、口の中に放り込み始めた。バックの大きさをゆうに超えるパンの量を胃の中に入れていく姿を見ると、拍子抜けする。
「じゃ、購買行ってくる」
「あ、私も…」
一緒に廊下を歩く理恵の横顔をチラッと見ると、彼女は不安そうな表情をしていた。購買所へ続く校舎1階の廊下は、校庭で有り余る体力を使い果たそうとする男子たちを一望できた。以前なら彼らを見つめて、脳内で毒づいていたが、今はそれどころではない。この状況、2週間前では考えられないじゃないか。ありえない状況に巻き込まれたとしても、これは吊り橋効果としては十分過ぎるほどだ。この不安を払拭してあげれば、彼女の中で絶対的な存在となれるのではないか。
「あの…理恵」
「ん?」
振り返った表情が可愛すぎて、声が出なかった。
「…」
「えっと…何…あれ」
困った表情の理恵は、ゆっくりと表情が変化していく。
「なに?なんかついてた?」
「あれ…」
背後を指す理恵の指先を辿るとーーー校庭の端にある校門前に、「EVE」と書かれた街宣車が止まっていた。
街宣車の前には、緑の服を着た女性たちが群がっていた。
「…EVE」




